今日ばかりは、夜中になってもまだ通りが少しだけ活気づいている。普段ならもう真っ暗なはずの家屋の列にもまだ明かりがついているし、道にも人気が残っていて時々町の人と擦れ違う。今外に居る人達は皆どこかへ向かっている所なのだろうか。各々が寒さ対策に幾重にも服を着込んで、若干肩をそびやかしながら歩いている。アレルヤとニールは肩を並べて歩きながら、見知っている顔を見つけるたびに軽く挨拶した。アレルヤは二人で歩く所を皆に見られるのをためらうそぶりを見せていたが、ニールはそんなことはお構い無しだった。二人の間に隙間を作ってみても、その度にニールが近寄ってぴったり寄り添うような形になる。はんてん越しに肩が時折ぶつかる。色んな意味でどぎまぎしてしまう。
「なんだよ他人行儀だなあ」
「ひゃ………ニール、近いよ…!」
顔を向けてもニールの横顔がすごく近くにあるせいであまりまともに見れないけど、だけどニールにはすごく冬が似合うと思う。焦げ茶色のジャンパーを着込み、深い緑色の襟巻きをぐるぐると首に巻き付けて歩くその様子は、誰がどの角度から見ようとすごく格好いい。茶色い柔らかそうな髪の毛が冬の雪風に煽られて巻き上がる。町で見かける映画の貼紙にいる俳優さんみたいだ。冷えているせいか、高めの鼻が赤みがかっていて、白い肌にこれまた映えていて。そんなニールに比べて自分ときたら、地味な服にはんてん一つ。一人ならまだ平気なのに、恋人が隣に歩くだけで恥ずかしい。釣り合いがとれてない自分。
「だってこのほうがあったかいだろ」
「へ、変に思われるよ…」
「いいだろ今日くらい。毎日こうしてるわけじゃ無し、正月なんだから友達同士で歩いてるくらいにしか思わねえって」
気にしぃだなアレルヤは、と軽くいなしながらニールが歩く。だけどアレルヤも決して嫌な訳ではない。実はこうやって外で二人で歩くのに憧れていたので、今それが叶えられて素直に嬉しかったりもするのだ。むず痒い気持ちにきゅっと身を縮まらせてニールについていく。すると道を進むにつれ、だんだんと通りに人が増えてきた。どうしたんだろう、と向かう先を見つめると、そこには小さな古いお寺が見えた。ぴんときた。お寺があることは知っていたけど、そうか、さっきの人達はここの帰りだったのか、とアレルヤは一人で合点した。自分の家は反対方向だったから気づかなかったが、もう何年もこの近くに住んでいるのに、一人だと淋しくなるだけだから自然と来ることもなかった。きっと、毎年の夜に遠くから聞こえる鐘の音もここから生まれるのだろう。大きな鐘の近くに人が並んでいて列を成している。もしかして、一般の人も鳴らせるのかな。
「…ん、どうした?アレルヤ」
「あ、いや…そういえば、お寺にお参りしたことって無いなあと思って。連れていってもらった事も無いし…ニールはある?」
「俺も独り立ちしてからは無いかな。つーか並ぶのが面倒く…」
ニールはそういいかけて、アレルヤをちらっと見た。アレルヤの目線は町の人々の塊に注がれていて、夜の暗さに負けないくらい魅力的な瞳には紛れも無い好奇心が垣間見える。しかし唇は行きたいと言葉を紡ぐことも無い、おそらく遠慮しているのだ。寄ってみたいならそう言えばいいのに、なんでそんな表情だけするんだ。苦笑いしながらニールは立ち止まった。
「行くかあ」
「…え」
「お前のそんな顔を見て無視するわけにはいかねえだろ。行こうぜ」
唐突にぐいぐいっとアレルヤのはんてんを引っ張って、鐘を鳴らす人の行列へと向かう。ニールは自分の家への路を通りすぎて、ごった返した群れの中に飛び込んでいった。アレルヤはされるがままにニールについていく。なんとか群れの中に収まった。
「お蕎麦…遅れちゃうよ」
結局長い列に並ぶことになり、アレルヤは申し訳なさそうにニール言うと、ニールは人懐っこくにっこり笑った。
「鐘は今しか鳴らせないだろ。蕎麦は後でいいから、遠慮すんなよ」
「…ありがとう」
人がどんどん増えてきたらしく、列の後ろからぎゅうぎゅう押されはじめた。道すがらの人達はもしかしたらこの列に負けて諦めたのかも…と思うくらいだった。前へ揉まれ後ろへ揉まれ、こんなに人が密集したところへ来たことの無いアレルヤは何度も列の外へ押し出されそうになったが、その度にニールがしっかり列の中に戻してくれた。力強い大きな手でアレルヤの手を握る。温かい手。何でも包み込んでしまえそうだ。人群の中だから人目にもつかないだろうと考え、思いきってぎゅっと握り返すと、ニールは一瞬意外そうな顔をして、それからまた優しくそれを包んだ。人混みは悪いばかりでもないらしい。
(…やることは女より可愛いよなあ、ほんと…)
―――そうこうしている内に鐘打ちが始まり、一定の時間置きに鐘が鳴り出した。ゴウン……と低く唸るような音が少し遠くから聞こえる。一人につき一回しか鳴らせないらしく、始まってからは列が順調に進んで行った。30分ほど経つと、前に並んでいる人が鳴らし終わり、目の前に大きな黒い岩のような鐘が現れた。本当に大きい、吊り上がっているのが不思議なくらいだ。アレルヤはお坊さんの指示に従って、鐘を打つための太い木の棒に結んである手綱を手に取った。随分昔に運動会で使った綱みたいにしっかりしている。
「反動で鳴らしてください、棒が重いので勢いよくどうぞ」
お坊さんにそう言われたので、アレルヤは頷いて言われた通りに思い切り引っ張った。しかしそれが間違いだった。アレルヤは自分の腕力のことを頭に入れていなかった。大人二、三人が一緒くたに引っ張ったかのように軽々と木が後ろへ高く動く。うわわわ、と予想外の展開にアレルヤは慌てたがもう遅かった。その反動で強く鐘が鳴らされた。ゴウウゥゥン、と割れんばかりに鐘が唸る。それは周りにいたお坊さんや並んでいる人達があまりの五月蝿さに思わず耳を両手で塞ぐくらい、それこそ皆の煩悩が吹っ飛びそうなくらいに大きかった。








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