***
出来ました、とアイキューが呼ぶので、寝室から出てリビングのテーブルに向かう。
ふと下を見ると私の服は農耕に適した動きやすい服になっていた。着替えさせられたらしい。
椅子に腰掛けると、ことり、と木製の皿に盛られた料理が私の前に置かれた。
「パンとクリームシチューです。」
昨日の余り物なんですが、とアイキューは苦笑している。
「本当は豪華な食事などが出せたらいいんですが…」
「そう気に掛けないでくれ。…今まで、食事というものを経験したことがないから、よく分からないんだが…美味しそう、だと思うよ?」
そしてまた私の腹部がぐぅと鳴った。
「ふふっ、ありがとうございます。…え、上界の方は食事を召し上がらないんですか?」
不思議そうに首を傾けアイキューは尋ねてきた。
「ああ。…私は落ちたことで少し特殊な存在になってしまったから、食事が必要になるんだと思う。」
「へぇ…。あ、じゃあ食べ方とかわかりますか?」
「すまない、自信はないな。」
「えっと、まずですね…。」
アイキューに食事の手解きを受けて、試してみようとそろそろとスプーンを掴む。
シチューを掬って、ぱくりと口にした。
ふわり、と香る風味に感嘆する。きっとこれが、美味しい、だ。
一口大にちぎるらしいのでそれに従って、焼きたてのパンも食べてみる。
素朴な小麦の味。農耕国の恩恵を存分に活かした食べ物だ。
私はいつの間にか、食べることに夢中になっていた。
「どうです?お口に合いましたか?」
出された食事をぺろりと平らげてしまった頃にアイキューが聞いてきた。
「とても美味しかったよ…!地界の者はこんなに素晴らしいことをしていたのか…!」
「食事も確かに素晴らしいとは思います。しかし、それだけがここの良さではないですよ?」
アイキューは心底おかしそうに微笑んでいる。
「ほぉ…!他に人間はどんなことをするんだい?」
「それは、見て頂くのが一番ですよ!いつまでこちらに居られるんです?」
その言葉は少しだけ、私の心を刺した。いつまでかは、神すら知らない。
「多分、長い間地界に居ることになるな…。」
「なら、是非ここに、アザレアに住んでください!」
きらきらと輝く瞳はまるで子供だ。…いや、アイキューはまだ子供か。
「君が、アザレアの人々が良ければ、是非。」
そう笑うと、アイキューはやった!と小さく叫んで家を飛び出した。予想外の行動にあっけに取られていると、家の辺りが急に騒がしくなった。
私は、何が起きているのか全く把握出来ずにぼんやりと椅子に座ったままでいた。
ばたばたとアイキューが家の中に駆け戻って来て、私の腕を少し引いて、
「ガゼル様、皆が挨拶したいと申しているので、表に出て下さいませんか!」
と言う。腕を引いている自身には気付いていないらしい。体が先走っているよ、アイキュー、と薄く笑って頷いた。
「もちろん構わないよ。」
アイキューの家から出ると、多くの人が先程のアイキューのような瞳で私を見た。
「しばらくこちらで世話になりたい。無論、反対意見があれば…」
「そんなことあり得ません!」
「そうですよ、ずっといらしてください!」
「ようこそアザレアへ!」
「凄い…綺麗…!天使様を直接見れるなんて!」
人々が一斉に話しだすので一つ一つを正しく聞き取れたかは定かではないが、どうやら歓迎はされているらしい。
こうして私は、アザレア国に受け入れられたのだった。
02:歓迎されました。
110705
以下広告