エイリア学園崩壊後
基本設定は「凍てつく氷と雪」です
***
「そうだ、花見に行こう!」
ゲームに夢中だった晴矢が突然、立ち上がって叫んだ。
「古都に連れて行くつもりか?」
晴矢の部屋のベッドで寛いでいた私はそう返して、また視線を雑誌に戻す。あ、ここのスパイク格好良い。
「いや、そう言えば花見行ってねぇな今年って思った」
「そうだね…」
昔は春になればお日さま園で花見をしていた。エイリア学園の時はそうはいかなかったが、今年の私達は日本人だ。桜を尊ぶ心を思い出している。
「風介、桜好きだろ?」
「そうだね、…好きだよ」
「じゃあ、行こうぜ!」
ゲームのセーブが終わったのか、晴矢は外出の準備を始める
私もベッドから立ち上がり準備を始めた
「分かった。なら私はヒロトとリュウジと治を呼んでくるよ」
「うえっ!?」
心底驚いたように晴矢が依然としてゲームの方を向いていた視線をこちらに寄越した
「え、皆で行くんだろう?」
予想外の反応に私もつい、動きを止めてしまった
晴矢はすっと息を吸って真剣な表情で告げた
「風介さん、これはデートの誘いです」
…どうやら、私の認識は違っていた様だ。ストレートな言葉に少々、赤面する
「なら、先に言えばいいだろう…ッ!!」
「風介が照れてるー!」
「五月蝿い、照れてない!」
語尾を荒めて言うが、それでも晴矢は楽しそうに笑っていた。
「食い物は屋台で買えばいいだろうし。風介が上着羽織れば完璧!」
「…上着は無くても大丈夫だ」
「ばーか、寒かったらどうすんだよ。風邪引くぞ!暑かったらバッグに入れればいいだろ?」
そういう気遣いがくすぐったいくて、心地よい、なんてことはきっと晴矢は知らないのだ。私ははにかみながら晴矢にも上着を勧めて、麗らかな春の日差しへ飛び出した
***
河川敷には満開の桜が咲き誇っていた。桜の色と青空の色の組み合わせが美しい
人がちらほらと居る道を手を繋いで歩く。何か言った訳でも言われた訳でもない。だが、自然に繋がった。強く握れば握り返される。…ああ、くすぐったい。
冬から春になる独特の浮き足だった雰囲気に飲まれたのか、私が乙女思考なのか。分からないけど、私ははにかんだ表情を崩すことはなかった
河川敷をほぼ歩いた時、晴矢がまた突然に話しだす。彼はいつだって唐突だ
「風介、あっちの裏山行こうぜ。あんまり知られてねぇ、花見の穴場があるんだ」
「へぇ、そうなのか。なら行ってみようか」
グイグイと引っ張られて、あまり近づかない裏山を登って、その穴場に着いた。
「綺麗…!」
そこには息を飲む程の美しい桜が一本、どんっと厳格な雰囲気を漂わせていた。河川敷に生えていた桜の太さとは比べものにならない。樹齢100年は悠に越えているのではないだろうか。…いっそ神々しくすらある。
「な。風介ならそう言うと思った。でけぇよな」
「ああ。近づいていいだろうか」
「は?…いいんじゃねぇの。誰の物でもないんだしよー」
「そうか…」
ゆっくりと、神に叱られない様に近づいていく。下に生える草を踏む度に鳴るかさかさという音にすら心臓が高鳴る。真に美しいというのはこの桜の事だ。
幹に近づくと遠くの後ろにいた、晴矢が叫びながら聞いてきた
「なあ!風介はなんで!桜が好きなんだ!?」
あまり考えた事がなかったが、そう言えば何故だろう
そして腑に落ちる解答を発見して、晴矢の方を向いて私も叫んだ
「淡くて!綺麗で!儚くて!
(人を殺さないからね)」
淡くて、綺麗で、儚い雪は、
人を殺すと言うのにね
途中から聞こえなくなった返答に晴矢は訝しんでいたが、何でもないように笑って、また桜の方を向いた。
その瞬間、強い風が吹き抜けて、花弁がざぁと音を立てて舞った
桜吹雪だ
薄いピンクが視界全てを覆う。あの雪崩を思い出して少し悲しくなって、俯く。
「風介!」
鋭く叫び、晴矢が私の手を引いた。
いつの間にか、真後ろに居たのだ。驚くのも無理はないと思う
「え、晴矢?」
「…風介、消えんなよ。勝手に、居なくなるなよ。絶対に。お前の居場所は俺の隣だかんな」
真剣な表情に少し怒りが見え隠れする。何に怒ったのかはわからないが、とりあえず
「私は消えないよ、ここにいる。晴矢の隣にずっと、居るよ」
少しプロポーズの様だな、と気恥ずかしくなりながら、晴矢に引かれて裏山を下る。
振り返って見た桜は、少し優しくなった様に見えた。
110412
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