半年遅れですが…お誕生日おめでとうございます!
実は南涼の日に合わせたかったんですが、間に合いませんでした…。
水族館に行く二人です。
***
水面が見えない水槽の中で泳ぐ魚は飛行しているようだった。
青い光がほのかに包むばかりで薄暗い水族館の中、私は飽きを感じることもなく飛んでいく魚を眺めていた。
ゆらゆらと揺れるイソギンチャクや、ゆったりと舞うウミガメや、鋭い歯を覗かせて口を何かを待つかのようにパクパクと動かすウツボ。
同じ地球に住んでいるのにどうしてこうも生物は多様化するのだろうか。ちょっとした異次元が目の前で展開されていることに訳もなく気持ちが高揚した。
今にも額が水槽に着きそうなほどの至近距離で魚を見つめる風介に、来て正解だったなと思った。
風介から視線を横にずらして見ると、沖縄から連れられてきたらしい魚と目が合った。綺麗な尾をひらひらと、外敵が存在しない水槽の中で悠々と泳いでいる。
俺達は子供が両親に連れられて行くような場所にまるで縁がなかった。遊園地や、動物園や、博物館や、水族館。知識としてどういう場所か把握はしていても実感が湧かない場所だ。
憧れがない、と言えば嘘になる。
あるとき、風介がテレビを随分と熱心に見ていた。真剣な眼差しが何を映しているのか気になって、俺も画面を見やった。そこに映されていたのは有名なとある水族館だった。
「…風介、水族館行きたいのか。」
「ああ…行ったことないからね。魚をずっと眺められるなんて…楽しそうだろう?」
俺達は二人とも水族館に行ったことがない。そうかぁ?と否定の声を上げようとしたが、口を閉ざした。
これは風介と「初めて」を共有する絶好の機会じゃないか?
稲妻が走るように閃いて、俺は早口でまくし立てるように風介を水族館へ誘った。俺が水族館に興味を示すと思ってなかったのか、風介はきょとんとしてから、微笑みを交えて行こうと賛成した。
「初めて」を風介と共有できるのは俺だけでいい。
ほくそ笑んだ俺には気付かずに、行くのはこの水族館にしようかと風介はテレビを指さした。
このときの約束が今日実行されているのだ。電車で一時間半揺られて着いたこの水族館は海を間近に臨んだ大きなものだった。
水族館の中で見たことがないような異形の魚に、風介は目を爛々と輝かせていた。俺もこういう場所は初めてだ。同じように目を輝かせていた。が、途中から魚を見ているよりも風介を見ている方が面白いことに気付いてしまった。
今日の風介は随分と素直に感動を体現している。元々風介は魚好きだし、初めてのことにテンションが上がっていたとしてもまるで不思議ではないが、それでも随分と素直だ。
もし水族館以外の場所に行ったらどうなるのだろう。そこでもこういう反応なのか。
これは早急に風介を連れ出す計画を立てねばなるまい。他の誰にも、「初めて」をやるつもりはない。
思案顔だった俺に何考えてるの、と風介は問う。計画は明日でも立てられるし、今は水族館を楽しむべきか。
「いや、この魚捌けっかなぁと思って。」
「晴矢…それはあまりにも無粋だと思うよ…。」
「人間食わなきゃ死ぬんだぞー。」
「それはそうだけど…。」
深い溜め息を吐いた風介に、流石に言い訳としてはきつかったか、と思った。もっとましな奴を考えるべきだった。
「そんなことより晴矢、そろそろイルカショーなんだ、見に行くでしょう?」
「お、まじか。行く行く!」
熱心にパンフを眺めてたのはこのためか!イルカは風介が好きな魚…いや、水棲生物だもんな。
「イルカは捌かないでね?」
いやイルカは捌かねぇよ、と言いたいところだが言い出したのは俺だ。あー、と意味もなく声を漏らすと、冗談だよ、と風介はにんまりと笑った。
最前列に座ると、大きく透明なビニールを渡された。
「ここ…水飛沫が来るんだな…。」
「別に濡れてもいいだろう?迫力あるよきっと。」
「まあこの距離ならな…。」
イルカが泳ぐ水槽までの距離はわずか数メートル。
既に水槽を走り回るイルカを確認することができた。
BGMが変わって、空気が高揚に包まれると、イルカ達のショーは始まった。
イルカっていうのは空間把握能力が素晴らしいらしい。トレーナーの指示に従いながらプールからは出ないようなジャンプをしている。輪をくぐってバシャーンと派手に水飛沫をかけてくるのも、実は狙ってたりすんのか?
俺と風介は初めてのショーにわーわー言いながら柄にもなく全力で楽しんでしまった。
イルカショーが終わり、水族館をあらかた回り終わった俺達はこれまた柄にもなく土産屋に足を運んでいた。
男子が付けてて恥ずかしくないキーホルダーってのは案外難易度が高い。キラキラのイルカを手にとって、いやねぇわ、と思って返す。
「なんか記念になるもんって思ったけど…風介いいのあったか?」
「んー…。いっそこれにしてしまおうか?」
風介が見せてきたのはイルカのぬいぐるみのようなペンケースだった。
「それもねぇだろ…あーでも悪くないか。そこまでするといっそ清々しいくらい俺らには合わないよな。」
「ああ。全く合わないな。男子二人がこのペンケースだぞ?…シュールだ。」
くくっと風介は喉を鳴らし、赤いのと青いのを持ちながら、どうする?と聞いてきた。
「もうお前の中で答え出てるだろ?よっしゃ、買おうぜ!」
帰り道に、水族館はどうだったよ?と赤いイルカのペンケースと見つめあう風介に聞いてみた。
「うー…ん。」
「人の話を聞け!てか、お前そのイルカツボすぎだろ!」
「こんな可愛らしいペンケースを私達が使うんだぞ、面白くないわけないじゃないか!」
言葉にすると更にツボに入ったらしい風介は笑い声をあげた。
「晴矢も明日からこのペンケースだからな!…ふふ、楽しかったよ。」
あんまり綺麗に風介が微笑んだから俺は足を止めてしまった。
「あー…ならよかったわ。」
顔を逸らしつつ言うと
「それに晴矢の独占欲とやらも見てしまったしね?次はどんな『初めて』の場所に行こうか?」
バッと顔を上げると、さっきの顔とはまるで違う悪戯が成功したガキみたいな笑みを浮かべていた。
筒抜けだったのか!と絶叫すると、当たり前じゃないか何年の付き合いだと思ってるんだい、とこれまた軽やかな笑みを浮かべるのだからやはり風介は一筋縄ではいかない。
まぁそういうところが好きなんだけど。
翌日の机上には互いの色の可愛らしいイルカがいたのは言うまでもない。
20121012
以下広告