text | ナノ


本命は甘くないの前日談。


南涼・ヒトクラ・ネパリオ要素含みます。


少し長め。







***
「風介様、バレンタインのチョコを作るのでいらっしゃいませんか?」


図書室で本を読んでいたら、クララが静かにやって来て、こう聞いてきた。


「バレンタイン?そうかもうそんな時期か。今度の日曜日かい?」


「ええ。瞳子さんにお日さま園のキッチンをお借りしました。風介様は自身の眼で工程を見たお菓子の方がお好きでしょう?」


「ああ。」


それがどんな工程で作られたか見た方が美味しく感じる、というのは私の持論だ。ポン、と出された物も美味しいだろうが、この部分にああいう技法が!と分かっているだけで見る目が変わる。

それに彼女達の技術は高い。菓子好きとしては見ているだけで楽しいのだ。ダイヤモンドダストの頃から彼女達がお菓子を作る時にはその作業を眺めるのが恒例になっている。


「今回も愛と由紀と一緒だろう?」


「はい。時間は後程メールでお知らせしますわ。失礼しました。」

ぺこり、と頭を下げてクララは退出した。彼女は今尚私を敬うべきキャプテンとして扱う。エイリア学園と今を分けずに冷静に見定めてそうしているのだろう。


日曜日が楽しみだなと笑って、読んでいたミステリーに目を戻した。





材料から甘い匂いが漂うキッチンにはクララ・由紀・愛そして何故か私も立たされていた。いつもなら私は見ているだけだ。


「クララ、私も手伝うようなことがあるのかい?」


「今回は数が多いので。」


最近は友チョコが流行ってるんです、とクララは言う。なるほど今回はダイヤモンドダストメンバー以外にもチョコを配るのか。


「そうか、なら手伝おう。私は何をすればいいんだ?」


「風介様は板チョコを湯煎してください。由紀と愛はチョコを型に流してチョコペンで飾り付けて。」


「はーい!」


クララの的確な指示が飛ぶ。お菓子作りは彼女が一番得意だからだ。


大きなボールにお湯を入れて、一回り小さなボールを浮かべる。


「どれを溶かすんだ?」


「こちらですわ。」


小さな片手鍋を準備しながらも、クララはバン、と板チョコをカウンターに置いた。


「じ、10枚もか…。」


10枚も重なった板チョコは相当な厚さだった。私がこの枚数を買ってきたら確実に晴矢に怒られるだろう。


10枚を一度に溶かすにはボールが小さいので、まず5枚をパキンパキンと割って入れた。


形が無くなるまでゴムベラで交ぜれば、あっという間にチョコは溶けた。ダイニングテーブルにいる由紀と愛に渡すと、二人掛かりで型に流していく。


型に流している間、私はボールがないので後ろのコンロで作業するクララを眺めることにした。


片手鍋に少量の水を入れて、砂糖を加える。ぐるぐる回すと砂糖は溶けて香ばしい匂いが立ち込めた。


「キャラメル?」


「アーモンドに絡ませるんですの。」


「ほう…。」


クララは私を見て少し笑った。


「本当に風介様はお菓子がお好きなんですね。花が飛んでいるようですわ。」


普段は心情を察せるようなことなさらないのに、とクララはくすくすと笑う。

無自覚だっただけに驚いてクララの顔をまじまじと見つめたが、反論できずにまたキャラメルに視線を戻した。


「わかりやすいかい…?」


「お菓子に関してはとても。」


短所にはなりませんから御気になさらず、とクララは続けて片手鍋にスライスアーモンドを加えた。

薄いベージュのアーモンドがキャラメルによって光沢を持ちはじめる。そこにバターをたっぷりと入れて手早くかき回すとさらに香ばしさが増えた。

片手鍋の中身をクッキングシートの敷かれた皿に薄く延ばせば、キャラメルアーモンドの出来上がり。ギラギラと光るアーモンドはチョコなんて無くてもそれだけで充分美味しそうだ。


「由紀、愛!これ型に入れて!」


「わあ!流石クララね!」


「美味しそう!」


きゃっきゃっと由紀と愛がアーモンドを受け取って、流し込んだチョコに入れていく。面白い食感になるだろうな。




残りの5枚も同じように溶かした。これで私の仕事は終わりか。


由紀と愛を見ると、固まってきたチョコに白いチョコペンで飾り付けている。白い丸や花が飛ぶチョコは一色だけのものより美味しそうに見えた。


「あ、風介チョコ溶けたの?じゃあちょうだい!」


愛が満面の笑みで言う。なるほど修司が手放したくないわけだ。悪い虫がいつ付いてもおかしくない。


「じゃあ私がチョコペンやるから由紀、型に入れてもらっていい?」


「はいはい。」


一つ下の愛はダイヤモンドダスト全員から妹のように大切にされている。今の由紀の表情は姉の顔だった。それを眺める私の顔は兄のものに近いだろう。



ほとんどの行程を終えてあとはラッピングだけか、と思っていると

「風介にとっておきのチョコを溶かして欲しいの!」


そう由紀は言って、あるチョコを渡してきた。


「ん…?構わないけど…。」


先程使ったボールに入れようと包装紙を破いてみる。そこから現れたのは


「く、黒い…!」



真っ黒な物質だった。




「カカオ85%チョコですわ。」


「苦いチョコレートなの!」


「そんなものがどうして必要なんだい?」


およそチョコレートには見えないそれを眺めながら訊ねると愛がニヤッと笑って、


「本命は甘くない!だよ!」


とCMのフレーズを真似た。


「じゃあ君達の本命チョコはこれで…?」


「ええ!」


本命チョコを受け取るだろう男子陣に少しばかり同情を覚えたが、彼女達の本命ならばきっと越えられるだろうと思った。ダイヤモンドダスト女子陣の目は節穴ではない。




苦味を放ちながら溶けていくチョコレートにやはりこれを越えるのは無理かもしれないな、と考えを改めさせられた。遊び心が過ぎているようだ…。


「く、クララ…これは…。」


「予想以上に苦そうですわね。」


ふふふ!と実に愉快そうにクララは笑った。この時点で本命の男子が苦味に悶えることが確定したわけである。同情より憐れみに近い感情のまま愛と由紀に渡すと、てきぱきと黒い85%チョコレートは型に流され飾られて、美味しそうな本命チョコが完成した。


「はい、出来上がりですわ。ラッピングは私達がやりますから、風介様は器材を洗ってください。」





水に浸けてあった器材を洗い終える頃にはチョコレートは全て可愛らしいラッピングに包まれていた。


「あとは渡すだけだね。誰に渡すかは聞かない方がいいかい?」


「あら、風介様に隠すような事ではないですわ。私は厚石茂人に。」


「わ、私は…夏彦に渡そうと思う…。」


「んー。作ったはいいけど渡す相手いないなぁ!今年もお兄ちゃんに渡すよ!」


被害者三名に心中で止められなかったことを詫びつつテーブルを見やると、ラッピングされていない黒い本命チョコが一つ余っていた。四個目は必要ないはずだ。


「ん?これは誰宛てだい?」


「それは風介様にお渡ししますわ。」


「南雲に渡すか渡さないか、は風介に任せるね!」


「でも風介苦いもの苦手だから渡さないとゴミ箱行きだけどね?」


彼女達なりの気遣いらしい。任せる、なんて言いながら渡す以外の道を無くしてくるのも彼女達らしい。


「はぁ…わかったよ。君達には適わないね。渡せばいいんだろう?」


同性同士の恋愛関係は世間に認められたものではない。…気持ち悪がられてもおかしくない。それなのに彼女達は私の思いこそが重要だ、と受け入れてくれた。それがどれほど難しいことか、よくわかっているつもりだ。

クララは同性ということより相手が南雲晴矢だという点をあまり快く思ってはいなかったが、こうやって気遣ってくれるということは案外随分と前から私達のことを認めていたのかもしれない。


「ふふ、ありがとう。行事に乗じてみるのも悪くないかもね。」


と笑えば、そうそうと彼女達も笑った。








この二日後、晴矢のように苦味に耐性があるわけではない三名から悲鳴が上がったのはまた別の話。



120331


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