text | ナノ


バレンタインの話です。
遅刻しました。

朝の紅茶と同設定。

クララの口調捏造注意。









***
ドサリ、と肩に提げていた紙袋を下ろした。花が飛ぶオレンジ色の紙袋は、恐らくこうなることを予想していた倉掛が


「貴方へのチョコレートはきっと彼の口に入るのでしょう。潰れた物が彼に渡るなんて許されませんわ。」


と叩きつけるように渡してきたものだ。


相変わらずダイヤモンドダストの奴らは風介しか見えていない。随分な物言いだな、と頭に来たが、今回ばかりはこの紙袋に頼る他なかった。




紙袋には溢れる程のチョコレートが入っている。女が本気を出すとこうなるのか、と思い知った。


包みから透けて見えるのは凝ったものばかりだ。しばらく風介が食う菓子には困らねぇな、とぼんやり思った。



バレンタインデーは日本ではチョコを渡す日、告白をする日という認識だ。が、実際はただの平日。俺は特に何も思わず、いつも通りに登校して下駄箱に詰められた箱達に閉口したのである。


授業の間の休み時間の度に呼び出されては名前も知らない女子からチョコレートを渡される。机の上に箱が積み上げられて、俺はさらに辟易した。


チョコを渡すっていうのは好意を持っているということじゃないのか?嫌がらせなのか?


それでも断らずに受け取っているのは、風介が食べたがるんだろうとわかっているからである。君のもくれよ、と朝言っていたのはこのことだろう。


しかし、知らない奴から渡されてこちらが喜ぶと思うとは、一体どんな解釈なんだ。エイリア学園の時も女子がチョコを渡してくることはあったが、皆よく知った奴らだった。


こちらでも渡してくるのはプロミネンスの奴らだけだと思っていたが…。やはりあそこは閉鎖的だったのだ。あそこの常識など通用しない。




放課後になり、机を見ると、到底手だけでは持ち帰れない量になっていた。当然、これらの為の袋なんて準備していない。潰れるが、エナメルに詰めるしかなさそうだ。


面倒だな、と思いながら箱の一つを手に取った時にガラッと勢い良く教室の扉が開けられた。目をやると倉掛が仁王立ちで俺を睨んでいる。

倉掛が俺へ向ける眼は絶対零度の冷たさだ。風介を奪った(は語弊があるが)俺が心底憎いらしい。凍地兄は敵対心も瞳に浮かぶが、倉掛の物はどこまでも冷たい。倉掛を可愛らしいと言ってのける風介は一体どこを見ているのだろうか。その形容詞が似合うような姿を俺は見たことがない。


「風介様は一体どこを見ていらっしゃるんでしょう。」


奇しくも俺が思ったことを倉掛が口にした。


「貴方のような者が彼の隣に居座るなんて、おこがましい。彼の隣にはもっと相応しい方がいらっしゃるはずですのに。」


「ハッ!じゃあお前が隣に居座ってみせればいい。俺を蹴落としてな。」


じとり、と睨めば倉掛は口元にニィと弧を描いた。


「我らダイヤモンドダストは、彼の後ろに。」




全幅の信頼を受け、彼の四肢となるために。




平然と言う倉掛はエイリア学園のクララだった。ダイヤモンドダストの奴らはあの頃と同じように今も風介に敬意を払い、ダイヤモンドダストであり続ける。

一度風介の下に入ってしまうと、出ることは出来ないんだろう。風介は、否、ガゼルはダイヤモンドダストのために躊躇なく命を落とせる程、彼もまたダイヤモンドダストを信頼していた。

強靭な信頼関係。故にダイヤモンドダストはエイリア学園内でも特に閉鎖的ではあったが。


「ダイヤモンドダストらしいな。…で、倉掛が一体何の用だ。まさか口論しに来た訳じゃねえだろ。」


そして冒頭の台詞に至る。風介の利益さえ絡めばダイヤモンドダストは恐ろしい程に協力的なのだ。

そして俺はその紙袋にチョコレートを詰めて帰路を急いだ訳である。



靴を脱ぐために玄関に置いた紙袋をもう一度掴んでリビングのドアを開けた。


「ただいまー。」


「あ、おかえり。」


先に帰っていた風介は今日手に入れたチョコを食べていた。ペリリと包みを破いたらぱくり。猛スピードでチョコは消費されている。

すげえな、と素直に感嘆してから紙袋を差し出すと、ばっ、と奪われた。反動で風介が座っていたソファが軋む。


「太るぞ。」


「その分の運動はするから大丈夫だ。」


「ふーん。」


着けていたマフラーを掛けるためにソファの後ろに回ると、


「女性が全身全霊を籠めて作り上げたチョコレートを噛み砕くなんて、ああ私はなんて酷い奴だろう!」


と芝居掛かった口調で風介は叫び、摘み上げていた俺宛てのチョコレートを口の中に放り投げた。


突然のことに風介の後ろ姿を凝視してしまうが、合点がいって、風介の髪をぐいと引いた。


「何をす…!」


上を向いた風介の唇に自分のを重ねた。


「甘…。」


「当たり前だろう。チョコを食べてるんだから。」


ふん、と鼻を鳴らす風介に笑う。随分風介らしくない嫉妬だった。


「そうだな。けど、そんな名前も知らない女子から送られた思いよか、ずっとお前の方が甘い。」


だからそんなチョコレートは噛み砕けばいい。


君は時にとんでもなく気障になるな、と逆に風介に笑われて、うっせ、とだけ返した。



「晴矢、口直しにこれをあげよう。」


「あ?」


なんだ、と聞く前にそれは口に押し込まれた。チョコレート?いや、それにしては甘くない。けれど食感は確かにチョコだ。スライスされたアーモンドも入っている。なんだこれは?と首を傾げていると


「カカオ85%の板チョコから出来てるから甘くないでしょう?」


「あー!なるほど。だから甘くないのか。…て…ん?なんで知ってんだ。まさか!」


「ははは!ホワイトデーが楽しみだね?」


今まで風介がバレンタインに乗じたことなど無いのに!一体どういう風の吹き回しだ?


「クララ達と一緒に作ることになってね、作ってみたんだ。まあ私がしたのはチョコを溶かしたくらいだがな。」


あとのチョコレートは後日に回したらしい風介はソファから立ち上がってリビングから出て行ったが、ドアを閉める時、


「ホワイトデー楽しみだね?」


と繰り返した。あーこれは何か考えなければいけないようだ。



口に残っている苦いチョコを味わいつつ俺は黙考するしかなかった。







120219



以下広告
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -