未来設定
オリジナルキャラが出てきます
職業捏造注意
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「南雲くん!」
くるりと振り返ると、石川さんがスーパーの袋を提げながらにこやかに手を振っていた。
袋からゴボウが覗いているところが日本だな、と思う。ゴボウを食べるのは日本くらいだ。
石川さんは隣に住む、世話好きな既婚女性だ。10歳程度石川さんの方が年上で、今年7歳になる息子の祐樹がいる。祐樹はやんちゃなサッカー少年だ。たまに河川敷で彼のサッカーの練習に付き合うこともある。
「久しぶりねぇ。最近居なかったでしょう。仕事関係?」
私の後ろにあるキャリーバッグを見ながら石川さんが問う。
私が今何の仕事に就いているのか、と問われると返答に困る。一番近い表現はクリエイターだろうか。写真を撮ったり、作曲したり、作詞したり、絵を描いたり…。どれも一流とは到底言えないが、買ってくれる物好きがいるのは事実だ。
まあ大黒柱は晴矢だし、私の収入なんて彼に比べれば微々たるものなのだが。
「はい、写真を撮りにスペインの方に行ってました。」
「スペイン?情熱の国か、いいわね!…あ、時間があったら祐樹の相手してあげて?祐樹、南雲くんとサッカーするの好きなのよー!」
「ふふ、そうなんですか?今回は一週間しか日本にいないので…できるかな…。」
「またスペイン行くの?大変ね…!できればでいいのよー。」
「今は本拠地があちらなんで…。」
「?…ふーん?あ、長く引き止めてごめんなさいね!また余り物もらってくれる?」
「いいですよ。石川さん料理上手ですし。」
「ありがとー。南雲くんはいい子ね!じゃ!」
またひらひらと手を振ると、石川さんは家の中に戻った。私も戻ろう、我が家に。
我が家の表札には「南雲」と彫られている。私の名字は今も変わらず涼野だが。
南雲晴矢はリーガ・エスパニョーラでプレーするサッカー選手である。すれ違う少年たちが「南雲かっけぇよな!」と盛り上がるのを聞いては密かに誇らしく思う日々だ。高校卒業からJリーガーとして活躍し、最近海外移籍をした。
スペインという国は晴矢によく合っていた。
サッカーリーグのレベルが高いという点、情熱の国という点、晴矢が元々日本人らしからぬ派手な顔立ちである点。
さらにスペインの国旗が晴矢の髪色と瞳の色に合致していて、私は密かにこの国しかないな、と思っている。
私は涼野風介だ。南雲姓になったことはない。ただ、表札は南雲、である。ローンのほとんどは晴矢の収入から支払われているから、と南雲涼野で連名にするのは気が引けたからだ。周りにとやかく言われるのは苦手なのだ。
石川さんにも南雲で通している。南雲の家に涼野が住んでいる、という状況を説明することに抵抗を感じた。
一度、晴矢に南雲にならないか、と言われたことがあったが、私は断った。涼野という姓に思い入れがある。さらに日本では同性結婚は確立していない。同姓になるには養子縁組つまり晴矢と戸籍上、親子になる必要がある。…勘弁してほしい。
晴矢もそう言うと思った、と納得していた。少し残念そうではあったが。
晴矢は長期間滞在ビザを取得して、スペインで生活している。私もいつもは晴矢と共にスペインにいるのだが、ビザを取得していないので3ヶ月が最長滞在期間なのだ。ビザを取得するのは少々骨がいるので3ヶ月に一回は必ず帰国するというスタイルをとっている。
スペインに戻るまでに持っていけそうな日本食を詰め込もう。たまに晴矢が恋しがっているから。
ヨーロッパ中で撮った写真を発注先に渡した後、はぁ、と溜め息が漏れた。自分の作品に評価がつけられるかと思うとやはり緊張してしまう。
とにかく、日本での仕事は終わった。あとはスペインに戻るまで自由だ。
きっとこの時間なら河川敷に祐樹がいるだろうと思い、私は足を向けた。
案の定祐樹はサッカーの練習をしていた。今日は一人らしい。土手の上から「祐樹!」と叫ぶと、振り向いて目を見開いてから、顔をにこやかに綻ばせた。少年らしい可愛らしい反応だな。笑顔が石川さんそっくりだ。流石親子。
微笑みながら土手を下ると、祐樹が走り寄ってきた。
「兄ちゃん!久しぶりじゃん!!」
「ん、久しぶり祐樹。練習してた?」
ぽんぽんと頭を撫でてやると祐樹はくすぐったそうに身をよじった。
「もっちろん!上手くなりてぇもん!兄ちゃん、サッカーやろうぜ!!」
奇しくもその言葉は、私をマスターランクから引きずり落とした円堂守のもので。思わず吹き出してしまった。肩を揺らす私に祐樹はきょとんとしている。
「懐かしいものを聞いたよ…。ああ、やろう。サッカー。」
随分と落ち着いた気持ちでボールを追えるようになったものだ。これこそが本当のサッカーなのだろう。
晴矢が見たら怒るだろうが、久しぶりのサッカーはとても楽しくて。
またサッカーやりたいな、と思った。
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