朝の紅茶と同設定
ケーキ案の緩募ご協力ありがとうございました。
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一人で帰宅している途中、寄り道をして近くにある喫茶店に向かうと、私の見たことのないケーキが並んでいたので吸い寄せられるように店内に入ってしまった。
晴矢は甘い物が苦手だ。その彼の前で甘い香りの強いケーキを食べるのは流石に心が痛むのでできる限り控えていた。他の人と比べれば食べているけれど。
が、今は私一人だ。気兼ねする必要はない。
「すみません、これとこれとこれ、下さい。」
今日もこの喫茶店は込みあっていた。どうやらガラス張りの道路側しか空いていないようだ。この付近に住む同級生は居ないし…いいか。見られる可能性は少ないだろう。大人しくそこへ座った。
最初にチーズケーキを食べることにする。
フォークがするり、と入っていく。ぱくん、と口に放り込むとなめらかな舌触りを感じることが出来た。ふわ、と広がる濃厚なチーズの香り、とけていくムース、下に敷かれたクッキー生地のサクサク感…!全く異なる感触が、見事に調和している。うっとりと瞼を閉じて味わってしまった。
ぺちぺちと締まりのない顔を叩いてみるが、また一口味わうとふにゃふにゃと笑ってしまう。今食べているケーキが格別だから、仕方ないのだけれど。
幸せごとチーズケーキを噛みしめたら、次のモンブランにフォークを入れた。
少し大きめにすくい取って、美しい黄色に輝くマロンにマロンクリームを少しつけて、ぱくり。
タルト生地はチーズケーキの物とは違い、しっとりとしていた。ケーキごとに生地も違うものを使っているのか!細かい技が光っている。クリームには重すぎない確かな甘さがあるが、マロンの風味を覆い隠してしまうことはなかった。惜しいことをした、今はマロンの旬を過ぎた冬だ。旬に食べればさらに深い味わいを食すことが出来たはずだ。
きっとこのモンブランは旬の秋から店頭に並んでいただろう。気付くのが遅かった。こまめに確認する必要があるな…。
最近は晴矢と寄り道をせずに帰るばかりだった。たまには一人で帰るのも悪くない。
また晴矢を置いて帰ろう、と勝手に決心してショートケーキを引き寄せた。
ショートケーキは単純であるからこそ、作り手の技術を浮き彫りにさせるケーキだ。
ぱくん、ぱくん。ここのショートケーキは、生クリームはべったりと甘すぎる、ということがなくさっぱりとした上品な味。スポンジはふんわりとしていて固くなく、ほのかに甘い。そしてショートケーキのメインである苺は、他では見たことがないような大粒で甘酸っぱく、生クリームとスポンジによく合う。
甘さではなく、苺本来の味を存分に生かしている。…美味しい!
他の人よりケーキを食していると自負しているが、ここのような高い技術を持つ店と巡り合うのは珍しい。
そう裕福ではない我が家の財政だが、このケーキを食べるためなら節約も楽しく出来そうだ。
鼻歌まじりにケーキを堪能していると、向かいの椅子がギィと引かれた。
何事だ、と目線を上げるとぶすりと不機嫌そうな晴矢が目に飛び込んで来た。
「は、るや…?」
あれ、今日の彼は体育委員会で遅れるはずだ。私は待ってろよ、と言ってきた晴矢を何となく置いて来たのだ。
ガタンと椅子に座りじろりと私を睨み付けながら晴矢は
「待ってろって言ったじゃねぇか。」
と吐き捨てた。黙って聞いていると、
「今回のは俺に非はねぇよな。お前の気まぐれ、だろ。」
と続けた。頷くとはあ、と溜め息を吐いて頭を小突かれた。
「猫みてえな奴だなやっぱ…。一口くれよ」
私の食べかけのケーキを指す晴矢に、一番甘さが強くなかったショートケーキを一口分すくって差し出した。
あーんとフォークに噛み付いて、あ、うめぇと晴矢は呟いた。そうだろうと深く頷いて紅茶を啜る。
晴矢は、どうせ長居するつもりだろ、食い終わったら帰るぞ、と言ってコーヒーを頼んだ。付き合ってくれるらしい。
なんだ気にしなくても晴矢は喫茶店に居るくらいならどうってことないのか。気遣って損した。
男子高校生が二人で喫茶店に居るという絵面は少々恥ずかしいが、晴矢が不機嫌になるよりはましかもしれない。夕食抜きにされずに済むし。
じゃあ今度は晴矢も誘うよ、と言えば、ああそうしとけ、と笑われた。
111229
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