お日さま園の二人
はじめまして恋心の続きです
***
風介は人と話すことがあんまりなかったらしい。俺と会話の練習し始めの頃の風介はどもったり、途中で黙ったりした。
でも俺としては風介と話せるだけで楽しいから、そんなことは些細なことだった。
それが風介にも伝わったのか、晴矢は話しやすい、と最近はよく笑うようになった。
ある日、おやつがアイスだった。アイスは風介が大好きな菓子だ。
俺はそんなに食べたいとは思わなかったから、風介に持って行ってやろう、と思った。
たたたた、と階段を上がる。
心臓が高鳴ってるのがわかった。
風介喜んでくれっかな!
ガチャリと扉を開けて、
「風介!アイス持って来てやったぞ!」
持って来たアイスを見せびらかすと、最初の時みたいにベッドの上で体を起こしていた風介は、
「アイス…!くれるの?!」
と言って、今まで見たことがないくらいに目を輝かせた。
笑いながらベッドに近づいて、アイスを差し出す。
けど、風介はアイスを受け取らずに押し黙ってしまった。
すぐに受け取ると思ってたから、予想外の反応だ。
「晴矢はいらないの?」
風介は困ったように呟いた。
あぁ、そんなこと気にしてたのか!風介はやっぱ気を遣いすぎる奴だ。
「俺食べたいと思わなかったからいいんだ。風介が食ってくれよ。」
「そうなの?信じられない…!ふふっ、ありがとう晴矢!」
風介がにこやか笑ってから、アイスを舐め始めた。
最近はよく笑うから、耐性が付いたつもりだったが…。
くっそ、俺の顔から火が出そうだ!胸の高鳴り、なんてレベルじゃねぇ!
風介は顔が真っ赤になった俺を見て、
「晴矢、顔真っ赤!…暑いの?やっぱりアイス食べる…?」
と心底心配そうに言った。
お前の所為だよ!とはまさか言えないので、半ば八つ当たり的に差し出されたアイスを一口噛り付いた。
「甘ぇな…。」
と晴矢が呟いた。
「アイスは甘いものだよ?」
と言うと、予想以上だったんだよ、と晴矢は唸る。
ぺろり、ぺろりとアイスを舐めながら、晴矢について考察する。
晴矢は優しい。凄く、優しい。
何で晴矢は私に優しいの?とは聞けなかった。
もしかしたら、これは夢なのかもしれないって思った。夢は覚めたらお終いだ。
覚めないで、と願ってしまった。だってあまりに幸せだから。
だから、聞けなかった。その言葉が夢が覚める呪文かも、しれないから。
ある日、ベランダのガラス戸を開けた。
下で楽しそうに遊ぶ声が聞こえる。その中には、多くの子供達の声と聞き慣れた晴矢の声があった。
ぼんやりとその声を聞いていて、気付いてしまった。
晴矢、キャプテンだ…。
晴矢の出した指示に従う、子供の声。
そして、唐突にある考えが浮かんだ。
晴矢はキャプテンだから、私に優しいのかな…。
キャプテンをやるくらいだ、包容力があるのは当然だろうし、他人を気に掛けるのもきっと、当然だ。
あぁ、きっとそうだ。晴矢は元気がない他人が、放っておけないんだ。
たまたま見つけた、元気のない私が放っておけなかったんだ。だから私に優しいんだ。
もし、私が人と話せるようになったら、一階で生活するようになったら、もうこんな風に二人で話すことはなくなるのかな。
そう思ったら、悲しくなって、ぽろぽろ涙が落ちて、
「うぇっ…ふぅ…ひっく…。」
急に、一階に行くのが恐ろしくなった。今まで、その為に晴矢と練習したと言うのに。
私なんて、晴矢の特別でもなんでもないんだと、気付いてしまった。
「ごめん、晴矢…ごめんなさい。私多分…。」
降りれないよ。
美味いか?と晴矢に聞かれてびくり、と肩を揺らしてしまった。少し熱中しすぎたらしい。
「…ああ、美味しいよ。」
「そうか!」
晴矢は笑った。…きっと下の子達にも向けた笑顔だ。
晴矢の気遣いは、アイスみたいだ。
甘くて、甘くて。なのに溶けたらなくなっちゃう。
一生溶けないで、と願っても叶いはしないんだ。
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