「ねぇ、大丈夫?」
「…‥分かりません。」
いきなりのキス、しかも男から。
頭が混乱して向き合ったまま微動だにしない俺を気づかい彼は俺を心配そうに見つめてくる。
本当、この人いい男だよなぁ〜。
何か腹立つほど…‥
そんでそんないい男が可愛くも格好よくもない平凡な俺にキスしたんだよなぁ〜。
何で?
「1つ聞いてもいいですか?」
「ん?何ですか?」
「貴方は可愛いと思ったら初対面だったとしてもいきなりキスをするんですか?」
少しさげずんだように言ってやると彼は「キスしたことは怒らないんだね。」とハハハっと笑って、しかし目は笑わずに静かに言った。
「初対面の人にも、…‥ましてや君以外の人間に、俺はこんなことしませんよ。」
笑っているが笑っていない。
そんな何とも言えない表情を俺は純粋に綺麗だと思った。
不思議な時の流れ――。
森の中で抱き合う男同士の俺達は自分で思うよりもっと異様な光景なんだろうな。
「……‥俺はアンタと初対面なんですけど。」
薄々気付いていた。
この世に生を受けた瞬間の記憶。
18年間の満たされない気持ちと、何かを求める心臓。
心臓の奥深くで聞こえた声。
押さえきれない衝動に森を必死になって登っていった自分。
「うん…‥そうだね。俺とキミは初対面だ。…‥でもね、初対面じゃない。」
森の中に赤を見た瞬間に、赤に会えた歓喜でまるで赤子のように泣いた自分。
俺を見るアンタのいとおしそうな瞳。
「意味わかんねぇ………‥」
時々不安になる時があった。
自分が自分でないような、
「本当、意味わかんないよね…‥でも、俺らは初対面じゃないんだ…‥
俺と碧(アオ)は恋人だった――。」
もう笑うしかないような急な展開だな。
初対面じゃない何て意味が分からないうえに、まさかの恋人宣言だ。
「俺とアンタが恋人だって言うならアンタはおかしい。だって俺は……‥
碧(アオ)何て名前じゃない。」
ずっと感じてた違和感だ。
俺のことを心臓の奥深くから何度も呼ぶくせに…‥
俺のことをいとおしそうに見つめてくるくせに…‥
俺を抱き締めてキスをして…‥恋人だった何て言うくせに…‥
俺ではない人の名を呼ぶアンタ。
「…‥わけわかんねぇし‥…俺は…碧じゃない……アンタが呼ぶ…‥碧じゃないのに‥…ッなんで俺はっ…!!!…‥なん…で…‥
こんなにもアンタを懐かしく‥…
いとおしく感じるんだよ…‥‥」
風が木々たちを揺さぶり、木の葉が舞う。
池にある水が風の通り道を表し、のちにその風は俺達を包みこむ。
赤髪が風にそよぎ、鳥達は風にのり空高く飛び立つ。
――――フワッ…‥
風が俺達から離れる瞬間に、抱き締めている力をさらに強める彼に、ただただ俺は動けずにいたんだ――。
「ごめん…‥ごめんなさい、ごめんなさい…‥」
あの時のお前は一体誰に謝っていたのかな。
俺か…‥碧か…‥
それとも……‥
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