「元希さっきからそわそわし過ぎ」

苦笑気味に言えば元希はグローブの手入れをしていた手を止めてあたしを見て叫ぶ。

「べ、別にそわそわなんかしてねえ!」
「そう?ならいいけど…さっきから手、真っ黒だよ?」

そう言えば「は?…あ、げっ!」なんて元希の声とバタバタと走る足音にあたしはつい声をあげて笑ってしまう。昨日は元希の両親に挨拶をしに行って緊張したあたしだけれど今日はその逆で、元希があたしの両親に会う日だ。

「なあ、」
「なあに?」
「お前ん家のお袋さんと親父さんいつ来るんだっけ?」
「ええと、14時に空港に着くはずの飛行機だからもうすぐ来るんじゃないかな?」

そう言って読んでいた雑誌を捲ればタイミングよくインターホンが鳴った。

「ほらね」

笑って答えると「おじゃまするわよー!ほら、あなたも早く!」「だったらお前も荷物持ってくれないか!」「あら、力仕事は男仕事でしょう?」なんて数年振りに聞くお母さんとお父さんの声がした。

「久し振りねえ、千紗」
「お母さんも久し振り。パリは楽しかった?」
「楽しかったわよ!あっちの人ってばみんなイケメンでお母さん困っちゃったわー」

にこやかに話すお母さんに笑いながらも「長旅で疲れたでしょ、今お茶入れるね」と言って座るように促せば「そうするわ」と軽やかな足取りでソファーに向かった。キッチンでやかんを火にかけてから玄関の方に向かうとお父さんと元希が荷物をふたりが寝泊まりをする部屋に運んでいた。あたしがここから居なくなるとここはお母さんとお父さんの家になるのだ。

「お父さん、疲れたでしょ?座って休んでなよ」

あとは元希がやってくれるから。と言えば元希の顔が歪んだ。そんな事に気付いていないお父さんは「千紗も母さんに似たかなあ」と呟きながらリビングへと向かっていく。

「じゃあ、元希、よろしくね」
「へいへい」

元希の返事を聞いてからあたしはまたキッチンに戻ればちょうどよくシュンシュン鳴ったからあたしはそのままお茶を淹れてこのあいだもらったお茶請けと一緒にリビングでくつろいでいる両親へと持っていった。



:::



それは夕飯を食べ終えて休憩をしてる時だ。

「元希くん」

お父さんが元希を呼んだ。
あたしはすっかり冷めてしまったお茶でも新しく淹れてこようかと立ち上がれば「千紗も座りなさい」とお父さんに言われたので大人しく元希の隣に腰を下ろす。反対側にはあたしの両親が座っている。

「元希くん。結婚式まではもう日にちがないが確認させてくれ」
「はい?」
「本当にうちの娘でいいのか?元希くんくらいいい男なら娘みたいにちんちくりんじゃなくてもっといい人がいただろうに」

そう言うお父さんの言葉にあたしはついつい転びそうになる。自分の娘をちんちくりん呼ばわりするとは失礼な!

するとあたしの隣から小さいけれど笑い声が聞こえて「どうしたの?」と聞いてみれば元希は「昨日うちの親も千紗に言ってたの思い出した」と笑っていた。あ、確かに言われたかも、と昨日のことを思い出していたら元希は笑うのをやめて「義父さん」とあたしのお父さんを呼んだ。

「俺、昔からかなり自己中心的で、野球が生活の中で一番です。それは今でも変わってません。でも、そんな俺を千紗は我が儘言わずに黙って俺のことを支えてくれた。そんな支えがあったから今の俺がいるんです。俺には千紗が必要なんです。俺は千紗だから結婚したいと思ったんです」

そう言った元希の言葉にお母さんはあらまあ、と言わんばかりの表情で口を手で隠していたしお父さんも笑顔だった。あたしは恥ずかしさで頬に熱をおびる。

「いやあ、元希くんにそう言ってもらえて千紗も幸せだなあ、うん安心したよ。なあ、千織」
「ええ、そうね」
「元希くん」
「はい」
「娘を、よろしくお願いします」

なんて言ってお父さんは頭を下げた。その姿に吃驚していたら元希も「こちらこそよろしくお願いします」と頭を下げるからあたしも「お父さんもお母さんもありがとう」と頭を下げた。


素敵な夜じゃないかしら


◎主人公の両親は海外を転々としていたり
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