「ひっくしゅっ!」

くしゃみをしてからずび、と鼻をすする。季節はすっかり冬になって毎日寒い。「ゔー」小さく唸りをあげながらパチもんだと思われるバーバリーのマフラーに顔を埋めてブレザーのポケットに両手を突っ込みながらさおとメイトまでの道のりを歩く。

少しだけ降り積もった雪が歩くたびにザック、ザックと一定のリズムを奏でるから歩く歩幅を変えたりリズムを変えたりひとりで遊んでいれば「何してるんだ?」後ろから声が聞こえた。

「リズムあそびだよ」

レンもやる?と振り返れば「遠慮しとく」と断られた。まあ、そうだと思ったけどね。リズムあそびを中断してレンに近づけばどこかに行っていたのかほっぺがすこし赤くなっていた。

「どっかに出掛けてたの?」
「ちょっとレディと冬の海にね」

いつ通りの返答に呆れたように「あー、はいはい」と言えば「まったく香穂はつれないな」と言われてしまった。

「レンはいつか刺されないように気をつけた方がいいよ。あたし嫌だよ、そんなので友達死ぬとか」
「おいおい、縁起でもないこと言わないでくれるかい」
「や、だってレンならありえそうで怖いから」
「まあ、否定はできないな」

そう言って笑うレンに呆れてちいさくため息を吐いたら「そういえばどこかに行く途中だったんじゃないのか?」なんて言われて「あ、」と思い出したようにあたしは声をあげた。

「あーやだやだ、すっかり忘れてたよ」
「香穂はもう歳か」
「失礼な!レンも同い年でしょ」
「俺は忘れっぽくないぜ」
「あ、あたしだって普段は忘れっぽくないから…っくしゅ」

またくしゃみをしてしまった。やっぱり上着着てくればよかったかも、なんて後悔していればふわりと肩に何かが掛けられた。なんだろうと手に取ってみればそれは良い素材を使っていると思われる黒いコートで、あたしはそれをかけてくれた人物を見上げた。

「…いいの?」
「俺は寒そうにしているレディを放っておけるほど薄情な奴じゃないからね」
「ありがと」

と笑えば「どういたしまして」とレンも笑う。レンのコートに袖を通してみればやっぱり大きくて世間で言う萌え袖になってしまった。長さは完璧にアウトだったのでコートのベルトで調節させてもらった。うん、なんか変。どうしたものかと顔をしかめるあたしを見ていたレンは小さくくしゃみをした。

「ご、ごめん、やっぱりレンも寒いよね、これ返すよ!」

コートを脱ごうとしたら「大丈夫」と止められてしまった。でもなんだか申し訳なくて、どうしようかと思っていたら自分の首に巻いていたマフラーの存在を思い出して、レンの名前を呼んだ。

「どうした?」
「ちょっと屈んで」

不思議そうにあたしを見ながら屈むレンに「少しはあったかいでしょ」とマフラーを巻いてやればレンは「いいのかい?」とあたしを見た。

「アイドル候補生に風邪引かれたら困るから」

そう答えるとレンはときょんとしてからくつくつと笑った。


肩に掛けられた大きなコート


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