チリン、チリン
担任の先生が夏だからとクラスに持ってきた赤い可愛い金魚がついた風鈴が外からやってきた風になびいた。
風流だなあ、なんて思いながらもこれから秋大に向けて行う夏合宿の日割りのスケジュールを模造紙に書き写す。
西浦高校はついこの間の美丞大狭山戦で負けてしまったから。
一通り下書きを書いてふう、と一息つけばチリン、風鈴が鳴った。
綺麗な音だなあ、なんてぼんやり思っていたら「山田」後ろから今日はいないはずの、阿部の声がした。まさか、と思いつつ振り返ってみると教室の入り口には阿部がいて、わたしは思わずぱちぱちとまばたきをしてから「………阿部?」と小さく呟いてみる。
「そうだけど」
わたしの呟きが聞こえていたのか阿部は眉間にシワをぐっと寄せて答えた。わあ、なんか機嫌悪くないですか。
「どうしたの?今日は休みのはず、だよね?」
阿部の両脇にある松葉杖にちらりと目線を向けながら聞いてみれば「ああ、シガポに用があった」そうあっさりと答えた。あれ、やっぱり機嫌悪くないかも。
「先生なら数学準備室にいると思うよ?」
「知ってる。さっき行ってきたから」
「そうなの?じゃあ、教室に忘れ物でもしたの?」
阿部がどうして教室に来たのかよくわからなくてそう聞いてみたら阿部はまた眉間にシワをぐっと寄せて「山田にこれ持ってけってシガポに頼まれたんだよ」と言って差し出されたのはわたしの好きなスポーツ飲料だった。
「わ、ありがとう!」
「おー」
なんだか少し照れたように答える阿部に首をかしげながらもごくり、と一口飲めばひんやりとしたスポーツ飲料が体を駆け巡る、そんな感じがした。
「ふはー、生き返る…」
「大袈裟だろ」
「そんなことないよ!ここ、風通しはいいけど暑いし!」
ありがとう!笑顔でもう一度言えば阿部は「気にすんな」と呟いてふいっとわたしから目線をはずしてしまった。どうしたの、そう聞こうと思って口を開こうとしたらタイミングよく携帯のバイブ音が教室に響く。わたしのはグラウンドにあるバックの中だから鳴るはずないし…、目の前の阿部を見ればちょうど携帯を開いたところだった。
「………もしもし。あ?ああ、終わったけど。ん、わかった、今いく」
そう言って携帯を切った阿部は「じゃあ、俺帰るから」とわたしに告げる。
「あ、うん。これ、届けてくれてありがとう。無理しないでしっかり治してね?」
「わかってる」
「ならいいけど。じゃあ、次は合宿で、だよね」
「そうだな」
「完治した阿部を待ってるからね」
「おお」
「じゃあ、またね」
そう言ってヒラヒラと手を振れば阿部も「ん、じゃあ」と片手を上げてぐるりとわたしに背中を向けた。遠くなっていく阿部の後ろ姿を見ながらわたしも清書頑張ろう、と改めて気合いをいれたらチリン、風鈴が鳴った。
一つの終わりと二つの始まり
「あっ、先生、差し入れありがとうございました!」
「差し入れ?」
「あれっ、阿部が先生からの差し入れだってこれくれたんですけど…」
「俺は頼んでないぞ?」
「え、!」
わたしがあわてて阿部に連絡したのはそれからすぐのことだった。