綺麗な海の写真数枚と昔よりも、日に焼けた彼女の笑顔が写った写真が一枚入ったエアメールが久しぶりに届いた。その中から一枚だけ、気に入った写真を壁に掛けてあるコルクボードに貼り付ければコルクボードの半分はほとんど海の写真と言ってもおかしくない状態になっている。

彼女がここを旅立ってから3年が過ぎようとしていた。





「私ね、高校卒業したら海外に行くの」

そう言って先輩はカメラのシャッターをパシャリ、と押した。

「海外、に?」
「うん」
「…なんで、」
「なんでって言われるとなあ、困っちゃうんだけど…。あえて言うなら日本の海は綺麗じゃないから、かなぁ」

私、海の写真たくさん撮りたいから。そう言って笑った先輩の笑顔になにも言えなくなる。

「だからね、精市くんと会うのも多分、きっとこれが最後」

これが最後、その言葉は何かの呪文みたいに俺の体を動かなくしていく。まるで真冬の水の中に放り投げられたみたいだ。冷たくて、苦しい。

「ごめんね、精市くん」
「…」
「そんな表情、させるつもりなかったんだよ」

申し訳なさそうに眉を八の字にさせてそう言った先輩に「どんな表情してますか、俺」と聞いてみれば先輩はすっと右手を伸ばしてガラスで出来た何かを触るように優しく俺の頬に触れた。

「苦しそう。あの頃みたいな、表情してる」

あの頃、と言われて思い出すのは入院していた頃のこと。ああ、そっか、俺は先輩のこと、すごく大切だったんだ。大好きなテニスと同じくらい。俺の頬に触れる先輩の右手を自分の左手で覆うように重ねる。

「先輩の手、小さい」
「それは精市くんの手が大きいだけ」
「先輩」
「なあに?」
「写真、送って下さい。そんな頻繁じゃなくてもいいから。いろんな国の、海の写真を撮ったら、俺に送って」
「……うん、送るよ。必ず送る」

そう言って泣きそうな表情をしながら笑った先輩は、それから一ヶ月後に日本を旅立った。





コルクボードに貼らない写真を整理していると、彼女は本当に様々な国を巡っているようだ。今はどの辺りにいるのだろうか。考えようとしたけれど、やめた。どうせまた届く手紙で分かることだ。

「…先輩は、魚みたいだ」

世界中を優雅に泳いで回るたった一匹だけの、魚のように。今もどこか綺麗な海を探して泳いでいるのだろう。


さまよう魚の話
20111225//雌魚へ提出
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -