チラチラと腕時計を見直すこと3回。さっきから一向に時間は進まない。
もしかしたら壊れているのかもしれないと思って、駅の時計に目をやるけど、駅の時計の針も変わらず5時58分を指していた。
家に居ても落ち着かなくて、待ち合わせ時間より30分も早く来てしまった。 部屋に閉じ籠っているよりも人混みを眺めている方が気が紛れると思ったから。
『明日。6時半。駅前。』
昨日のルフィの言葉を思い出す。
思い出すだけで何故か胸の奥が少しだけチクチクする。
ルフィは“みんな”と言ったけど、一体誰が来るんだろう? 共通の知り合いも多くは無いし限られてくるけれど。
「ナミさん!来てくれたんだね!」
待ち合わせ時間の15分前に到着した一人目はサンジ君だった。
私は一人目が自分の知り合いだったことに安心して溜め息をもらす。
「サンジ君…。」 「ナミさん何分前から来てたの?待たせてごめんね!俺としたことがレディを待たせるなんて最低だー!」 「おい、サンジうるせェぞ。恥ずかしいから少し静かにしてくれよ。」
聞き慣れた声に振り向くとウソップが立っていた。 その隣には、見たことの無い男の子と、
あの子がいた。
バスケ部の練習試合で見た水色の長い髪の、あの子。
驚き過ぎて何も言えないでいる私に気付くと、勘違いしたウソップが紹介をしてくれた。
「何だよ、ナミ。お前、人見知りするようなヤツだったか?こっちはチョッパーで、こっちはビビ。チョッパーと俺とルフィは同じ中学校だったんだよ。な?」「お、おう。」
チョッパーという子は、そう答えるとすぐに目線を逸らしてしまった。無愛想というよりはかなりの照れ屋みたいだ。 何だか可愛い…。
そして、ビビ、と紹介された子は「はじめまして、ビビです。」と透き通るような声で快活に発音した。
第一印象だけで育ちの良さが伺える。
きっと、誰かのことを羨んだり嫉妬したりしたことなんてないんだろうな。
そんなことさえ思わせる可憐な雰囲気の子だった。
「…それにしても、ルフィのヤツ遅ェな。」
時計の針は既に6時50分。 痺れを切らして呟いたのはサンジ君だった。 ルフィは携帯電話を持っていないらしく連絡も取れずにどうしたものかと二の足を踏んでいると呑気な声がやって来た。
「おー、みんな早ェな。もう集まってたのか?」
ルフィは悪びれもせずのんびりと歩いてきた。
「オメーが遅いんだよ。何してたんだ?」 「いやー、悪ぃ悪ぃ。ボーッとしてた。」 「もっとマシな言い訳思い付かねーのか?」 「細けーことは気にすんなよ。そんなことより早く行こうぜ。」 「お前が言うな!」
…呆れた。
自由気ままな子だとは思っていたけど、ここまでズボラで時間にルーズだとは思わなかった。 それでも、他のみんなはいつも通りのことみたいだし、それで友達がいなくならないのだから得な性格よね…。
お祭りをやっている神社までの道のりを、私は何故だかみんなより少し離れて後ろを歩いていた。
見慣れた顔もあるし、気後れしているわけではないのに。
あの子と…ビビと普通に会話できる自信が無かった。
「どうしたんだ?ナミ、元気ねェのか?」
知らず知らずの内に俯いていた視線を上げると、前を歩いていたはずのルフィがいつの間にか隣にいた。
「そんなことないわ。すっごい元気!」
声が上擦りそうになるのを深呼吸して落ち着けてから、ニッコリ笑顔を作って答えた。せっかくのお祭りなのに、空気を悪くしたくなかったから。
「そっか。なら、良いんだけどよ。…今日、来てくれてありがとな。」 「えっ…。」 「お前、最近俺のこと避けてたろ?何か怒らすようなことしちまったかなーって思って。」 「ううん、そんな…全然怒るなんて…。」 「ホントか?」 「うん、本当に。」 「ホントにホント?」 「本当に本当。」 「よかったぁ。」
ルフィは大袈裟にため息をついてみせた。
「俺、知らないうちに人のこと怒らせちまうからさ。せっかくナミと友達になれたのに嫌われちまったら寂しーもんな!」
久しぶりに見れたあの眩しい笑顔。
嬉しいはずなのに、ルフィの言葉の何かが胸につっかえたように飲み込めないのはどうしてなんだろう?
「嫌いになんか、ならないわよ…。」
独り言のように小さく呟いた言葉は、ルフィの次の歓声で掻き消された。
「おおー!人がいっぱいいんなー!負けねェぞー!」
神社に到着した途端に、ルフィはまるで子供みたいにはしゃいで人混みの中に飛び込んでいった。私もみんなも後を追っていく。
「負けねェって…アイツは何と競争してんだ?」 「ノリだろ、ノリ。」 「よくあそこまでテンション上げられるよな。」 「テンション高ェのはいつもだろ。騒ぐ理由が欲しいだけで。」 「違いねェな。」
サンジ君とウソップのテンポのいい会話を耳にしながら私も気分が高まるのを感じていた。
実を言うと夏祭りに来たのは生まれて初めてだった。 小さい時、まだ母親が元気だった頃も仕事が忙しくて、お祭りに連れていって欲しいとはとてもお願いできるような環境ではなかったし、物心がついて一人で行動できる範囲が広がった頃にはすっかり興味が無くなっていた。人混みなんて疲れるだけだと思っていた。
「いやー!イイねイイね、見渡す限りの浴衣レディ達!まるで天国のようだ!」
サンジ君の声に反応して辺りを見回すと確かに浴衣姿の女の子達で溢れかえっていた。
「お前はホントに節操が無いというか…」 「ウソップ!お前はそれでも健全な男か!なぁ、ルフィ?お前も男ならわかるだろ?」 「んん、動きづらそうだよなー。」 「…お前に聞いた俺がバカだった。」
サンジ君は大袈裟に肩をすくめてため息をついているのに、ルフィは相変わらずのマイペースで興味はもう周りの屋台に移っていた。
浴衣なんて思い付きもしなかった。ルフィも口ではああ言っているけど、男の子はみんな浴衣好きなのかな。
「浴衣…着てくれば良かった…。」
心の中を読まれたのかと思って、ハッとして横を見ると、ビビも無意識で独り言を漏らしてしまったというように慌ててモゴモゴしている。
「私もそう思ってたとこ。」
素直に口から出た。
安心したように、照れながら笑うビビはやっぱり女の子らしくて可愛かった。
「おーい!こっちで勝負しようぜ!」
ルフィはあっちに行ったりこっちに行ったり目まぐるしく興味を移して、今度は射的に目をつけたようだ。
男の子達が射的に集まると、必然的に私はビビと二人きりになる。
「ふふふ。ルフィさんって本当に見てて楽しいですよね。」
何を話そうか言葉を探していると、先に口を開いたのはビビの方だった。
「うん…飽きないヤツよね。」
私はどんな顔で話せばいいのかわからなくて、曖昧に笑って返事をする。
「ナミさん、一年生の間で有名なんですよ。」 「え……?」 「去年の学校説明会に、お手伝いで来てましたよね?その頃からキレイな人だなって…すごい目立ってて。 入学して、部活動をするつもりはなかったんですけど…グラウンドを通りかかる度にサッカー部を見ていたら、サッカーしてる男の達よりもナミさんの方が気になって。…ナミさんに憧れて、ちょうどバスケ部でマネージャーを募集してたから入ったんです。
私以外にも、ナミさんファン多いんですよ。」
「あ、ありがとう…なのかな?」
「うふふ。」
ビビは、優しくふわりと笑う。
こんな風に、照れもなく相手のこと素直に褒めることができるのって、すごい才能だと思う。お世辞っぽくも嫌味っぽくも無い。
ビビって子を何となくだけど、わかった気がした。
すごく良い子なのに、勝手なイメージで苦手意識を持っていた自分が恥ずかしい。
それに、バスケ部のマネージャーだったんだ…。
あの試合の時にいた理由も納得できる。
そっか…そうだったんだ。
「あれっ!?ルフィのヤツがいねェぞ?」
ウソップの声で辺りを見回すと、ついさっきまではしゃいでいたルフィの姿はどこにもなかった。
「あのヤロー…また自分勝手にどっか行きやがって。」
腕時計の針は既に8時近くを指していて、神社には更に人が溢れ返っていた。こんなところではぐれたら見つけるのはかなり大変そう。むしろ無理なんじゃないかと不意に不安になる。
「あ!ビビもいねーぞ!」
チョッパーが泣きそうな声を上げた。
「何ぃ!ビビちゃんがいねェだと!?」 「オレ、ビビ達探してくる!」 「チョッパー待てよ!お前だけじゃ無理だって!」 「お、おいウソップ!」
サンジ君が呼び止めるのも虚しく、あっという間にチョッパーとウソップはいなくなってしまった。
「あいつら…余計に面倒くせェことになっちまったじゃねーか。」
サンジ君が呆れて呟く。私も一瞬の出来事に呆気にとられてただ立ち尽くしていた。
「ナミさん、俺達もはぐれたらシャレにならない。とりあえず人混みから外れよう。」
私はサンジ君に腕を引かれるがままに、屋台のひしめき合う参道から離れて裏庭のような少し開けた場所に出た。
石段を見つけると、サンジ君は羽織っていたシャツを敷いて私が断る間もなく少し強引に、その上に座らせた。ありがとう、とお礼を言おうとする前に何処かへ行ったかと思ったら今度は飲み物を買って帰ってきた。
サンジ君って男の子なんだなぁ…。
今更だけどつくづく思う。
さっきも私の腕を掴んだ手が思っていたよりも大きくて驚いた。背も私が見上げるぐらい高い。私も女の子にしてはかなり背が高い方だと思うけど。
いつもふざけてるのに、いざという時は本当に頼りになる。優しいし、すごく気が利くし。
アイツには、こんな気遣い絶対無理なんだろうな。
そういえばアイツは今何処にいるんだろう。 ビビと一緒にいるのかな?
ルフィとビビが二人っきりでいるのを想像しただけで胸の奥がずっしりと沈んだように重い。
何で、こんな…。
「…ナミさん、退屈?」 「えっ…。」 「俺、ダメだなぁ。レディを退屈させちゃうなんて。」 「違うの。ごめんね、少しボーッとしちゃって…」
サンジ君が隣にいるのに一人で考え込んでしまっていたことに気が付いて慌てて否定する。
「アイツのことが気になる?」
「………え……?」
「俺さ、ナミさんのこと好きなんだ。」
思いがけないサンジ君からの告白。
今まで告白めいたことをされたことは何度かある。でも今回のが冗談じゃないってことは声のトーンでわかる。
向こうの方がやけに賑やかに見えるお祭りの灯りを背にしてサンジ君の顔がよく見えない。
私は、どんな顔をしてる?
風に吹かれたサンジ君のサラサラの髪が乱れて、シルエットが少しだけ誰かに似て見えた。
私は、今、同じ言葉を誰に言ってもらいたいって思った?
心がザワザワして落ち着かない、
お祭りの夜。
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