週末降り続いた雨は、月曜日になると嘘のように晴れて、カラッとした晴天が広がっいている。
こんなに爽快な朝なのに、私の足取りは憂鬱。
学校、行きたくないな…。
何でアイツに彼女がいるって知ってから、こんなにモヤモヤするんだろう? アイツが誰と付き合っていようが私には関係ないことなのに。
でも、屋上にアイツに会うことが密かな楽しみだったのは事実で。 自分だけがアイツの特別な存在みたいに勘違いしていたことが恥ずかしい。
この前の試合、後半戦が始まる前に帰ってきちゃったけど、そういえばどうなったんだろう…? 逆転できたのかしら?
まぁ、それも、今の私にとってはどうでもいいこと。
校門に着いたところで私の足は止まっていた。
…今日はこのままサボッちゃおうかな。
生まれてこのかた「優等生」を演じてきた私にとって「サボる」という行為は魅力的に思えた。
平日の街を制服姿で歩く自分を想像して、少しドキドキする。
たまには、自分の思い通りに行動してみるのも悪くないかもしれない。
そう決意した時、
「おう、ナミ!こんなとこで何してんだ?」 「…!!」
いきなり後ろから背中を叩かれて息が止まる。 でも驚いたから、だけじゃない。
会いたくないと思っている時に限って顔を見せるなんて。 まるで図ったようなタイミングの悪さに眉をしかめた。
私を驚かせた犯人、ルフィは先程と同じ質問を繰り返す。
「こんなとこで何してんだ?」
何してるんだも何も、この時間にここにいるんだから、登校している以外にどんな答えがあると言うのだろう?
「何って、学校に来てるのよ。それ以外にどう見えるの?」 「いや、なーんか『学校行きたくねェ』って顔してるから。」 「えっ…。」 「一緒にサボるか!」
屈託の無い笑顔。
口振りからして、サボることなんてルフィにとっては大したことでもないように聞こえる。
きっと、コイツは物事の後先なんて考えたことないんだろう。 今までも、自分のやりたいように勝手気ままに振る舞ってきたに違いない。
それが、無性に腹が立った。
「サボるわけないでしょ!あんたと一緒にしないで。」 「お前、何怒ってんだ?」 「怒ってない!」
ルフィを置き去りにして校門をくぐり抜ける。
「おーい!ナミー!」
用があるなら近づいてきて話しかければいいものを、何で門のところで突っ立ったまま大声出すのよ?
登校中の生徒がみんな振り返ってるじゃない。恥ずかしい。
それすらも今の私を苛立たせるには十分だった。
歩く速度をゆるめることなく、私は校舎に向かう。 今は何を言っても喧嘩腰になりそうで、ルフィの顔を見たくなかった。
私が「話しかけないで」という空気を出していても、アイツは空気なんて読んでくれない。
さっきよりも声を張り上げて私を呼ぶ。
「ナミー!何で、この前の試合見に来なかったんだよー!約束したろー?」
その言葉に、沸騰していた頭が冷めて、いきなり冷ややかになっていく自分がいた。
私が試合を見に行ったことすら気付いていなかったんだ…。
でも、私が約束を破ったと、ルフィが思ってるなら、それでいいと思った。
「急に予定が入ったから、そっちを優先させたの。」
立ち止まって、それだけ言った。
振り返った時に見えたルフィの顔は、怒った風でも傷ついた風でもなく、ただキョトンとしていた。
その真っ黒な瞳に見つめられるのが苦手で、逃げるようにその場を離れた。
「ふーん、そっか。まぁ、いいや。また後でなー!」
背中を追ってくるルフィの声には、もう聞こえないふりをした。
あの日以来、ルフィには会っていない。
もう二週間が経った。
学年もクラスも部活も違う私達は“屋上”以外、何も繋がるものがない。私が屋上に行かなければ、彼に会うことなく毎日が変わらない速さで過ぎていく。
彼に会う前の、日常に戻っただけ。 振り回されるのは、もうたくさん。
まだ残る胸の奥でつっかえているような何かも、きっとそのうち消える。
気が重く感じるのは、空いっぱいを覆っている鈍色の厚い雲のせい。
先週から本格的に梅雨入りしたらしく、ここ最近はずっとスッキリしない天気が続いている。
「ナミさん、最近元気ないね。」
4時間目が終わって、先生が出ていくと同時にサンジ君が私の席までやって来た。
「そう?そんなこと、ないと思うけど…。」 「本当に?」 「本当よ。何にも無いわ。」 「そっか。なら、いいんだ。」
サンジ君は、私のことをすごく気にかけてくれている。でも絶対に、土足で人のプライベートに踏み込んでくるようなことはしない。 一定の距離を保ってくれる。 同い年の男の子とは思えない気の遣い方に、尊敬さえする。
…アイツとは大違いだ。
「ナミー!」
聞き間違えかと思った。
タイミングよく頭に浮かんだアイツの声が聞こえたから。
「あんの野郎…ナミさんを呼び捨てにしやがって。」
サンジ君の視線の先には、 ルフィがいた。
「おい、ナミ!」
不機嫌そうに、教室の入り口から私を呼ぶ。 突然の来訪者に、教室が少しだけざわついている。私はその空気に耐えられなくて俯いた。
「ルフィ、ナミさんに何の用だよ?」
声を低くして、サンジ君がルフィに近付いて行った。
「何だよ。サンジには関係ねェだろ?俺はナミに用があるんだ。ナミー!」
あまりの大声に、一瞬、教室が静まり返る。
そして、音を取り戻した教室内は、私とルフィとサンジ君を好奇の目で見比べている。
これ以上はルフィを無視できないと判断して、私は立ち上がったままの勢いでルフィに駆け寄る。とにかく、みんなの視線が届かないところに行きたくて、ルフィの腕を引っ張って教室から出た。
すれ違う時のサンジ君の表情が、何故か傷付いたように見えて、少しだけ気になった。
教室から離れた廊下の片隅、非常階段の前で足を止めた。
「いきなり教室に押し掛けて来て、何の用!?」
立ち止まるなり噛み付くような私の様子に、ルフィは少し怯みながらも、それでも負けじと言い返す。
「何って、お前が俺のこと避けてるからだろ!」 「はぁ?何言ってんの?自惚れないでよ。別に避けるも何も無いわよ。」 「じゃあ、何で最近屋上に来ないんだよ。」 「気分じゃないから。」 「…今日の放課後、来いよ。」 「何でよ?話があるなら今ここですれば良いじゃない。」 「約束だからな。必ず来いよ。」 「そんな一方的な約束、聞いたことないわ。」
言い合うのも馬鹿らしい。
「行くわけないでしょ。」
見つめ合う視線を逸らしながら溜め息をついた。
「待ってるから。…じゃあな!」
ルフィはそれだけ言い残すと、クルッと踵を返して離れていった。
言い逃げなんて、ずるい。
「行かないからね!」 「来るまで待ってる!」
そう叫んだ背中は、廊下を軽やかに駆け抜けて行って、曲がり角で見えなくなった。
人の都合なんて一切考えない。
何でアイツはこうも自分勝手なんだろう?
消えかかっていたはずの、心のモヤモヤとイライラが、空を覆っている雲みたいに私の中に広がっていく。
5時間目が始まる頃に、ついにポツポツと降り始めた雨は、6時間目が終わる頃にはザーザーと音を立ててどしゃ降りになっていた。
いくらなんでも、この雨の中を屋上で待ってる馬鹿はいないだろう。
このままずっと梅雨が続けばいいのに。
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