誰もが幸せになれる恋なんてない。 必ず誰かがどこかで傷付いている。
なのに、どうして好きになってしまうんだろう。
クラスも学年も違うと、同じ学校でもなかなか会うことはない。
一年生の教室の前を通り掛かった時に覗いたりしたけど、ルフィの姿は見つからなかった。
こんな時に携帯電話なんか何の役に立つんだろう。 ただの通信手段に過ぎない。 電話やメールなんかじゃ本当のところなんて何も伝わらない。
それに今更会ってどうなるんだろう。 何を言うつもりなんだろう、私は。
ビビみたいに、傷付くのを恐れずに真正面からぶつかれるほどひた向きにもなれない。 サンジ君みたいに、誰かのために自分が傷付く方を選ぶほど優しくもなれない。
私に、誰かを大切に想うことなんて出来るのだろうか。
金曜日の五時間目が終わって、講義ルームから自分の教室に戻る。 トントントン、とリズミカルに階段を降りると少しだけ気分が上がる。
二階に着いて、廊下の角を曲がると突然後ろから声をかけられた。
「やっと見つけた。」
振り返ると、真っ黒な瞳が私だけを真っ直ぐに見ていた。
「ルフィ…。」 「お前、俺のこと避けてるだろ?いっつも教室行ってもいないしよ。」 「別に避けてなんか…、たまたま居なかっただけで。」 「そうか?ま、別に良いけどよ。」
私に会いに来ていたなんて全然知らなかった。
ルフィが一歩近づくと、私は一歩後ずさる。
「用があるなら携帯の番号知ってるでしょ?」 「あー、忘れてた。」
ルフィが二歩近づく。私は二歩後ずさる。
「お前…あっ、待てよ!」
気が付いたらルフィに背を向けて走り出していた。 顔を見ると反射的に逃げ出してしまう。
「何で逃げるんだよ!」 「アンタが追い掛けてくるからでしょ!」 「お前が逃げるからだよ!」
はっきり言って足は速い方だ。 直線距離なら負けるけど障害物競争なら私にも分がある。
休み時間の廊下、まだらにいる人の隙間を縫うようにして駆け抜ける。
ルフィも器用に付いてくる。
「追い掛けてこないでよ!」 「お前が止まれば追い掛けねぇ!」
さっきから、同じような掛け合いを繰り返して走り続ける。
最近はやけに走っている気がする。
「何やってんだ?あいつら。」 「鬼ごっこでもしてんのかよ、危ねぇな。」
周りの目線を集め始めている。
角を曲がったところで、目の前に表れた人に正面衝突しそうになり、すんでのところでかわして階段を駆け上がる。
「おい!廊下を走るな!!」 「すっすみません!」
ぶつかりそうになったのは、運悪く学年主任だったけど止まることは出来ない。
「お前!何年何組だ!止ま…れっ、うわっ!!」 「わ、わりぃ!!」
ルフィが思いっきりぶつかったらしい。 派手な音がする。
「わりぃって、何だその口の利き方!おい、お前ら!止まれ!!」 「ごめん!後でな!!」 「お前ら…!!」
先生が物凄い剣幕で怒鳴っているのが聞こえる。ルフィのせいで私まで同罪にされているようだ。最悪だ。
走って、走って、階段を掛け上がる。
この階段がどこに繋がっているかなんて、分かっていたはずなのに。 一番上まで昇ったところで行き止まりにぶつかる。
屋上に繋がる扉は今も固く閉ざされている。
「やっと捕まえた。」
階段下を見下ろすと、ルフィが口角だけ上げてニヤリと笑う。
まるで袋の鼠だ。
階段を一段一段ゆっくり上がってくるルフィを、扉を背にしてじっと見つめる。視線を反らさないように。
ゼイゼイと肩で息をしている私に比べて、ルフィは何ともないように余裕なのが悔しい。
ルフィの足が階段の真ん中で止まる。
「お前は誰のことが好きなんだ?」 「…私?…私は…。」
口ごもる私に痺れを切らして、またルフィが一段ずつ距離をつめる。
「お前がサンジのこと本気で好きならそれも仕方ねぇと思ったけど、どうやら違うみたいだしな。」
同じ最上段まで上がったルフィは、私の後ろの扉に両手をつく。 顔の真横に置かれた両手で完全に閉じ込められて、もう逃げることも、目をそらすことも出来ない。
至近距離で見詰められると何故だか呼吸もままならない。
「私は、人を好きになる資格がないの!」
たくさん傷付けたのに、サンジ君は笑って許してくれた。
でも本当にそんなことが許されるの?
「資格?バッカみてぇ。そんなの誰が決めるんだよ。」
恋愛の仕方なんて誰も教えてくれない。 何が正しいのかなんてわからない。
「ホントのこと言え。」
強がりなんて何の意味もない。 もう同じ後悔をしたくない。
「私っ、ルフィのことが好き…っ!」
ずっと閉じ込めていた言葉を伝えるのは一瞬で、緊張で声が裏返る。
カッコ悪くて最低な告白。
それでも、ルフィは目を三日月みたいに細くして、本当に嬉しそうに笑う。
その眩しい笑顔が、たまらなく
「好き。」 「うん、俺も。」
そう言ったルフィの顔から笑顔は消えていて、いつになく真剣な表情で私を見てる。
「今度は避けるなよ。」
何を?と聞き返すことは出来なかった。
目を閉じる間もなく、ルフィの唇が私の唇に優しく触れた。
ギュウッと掴まれたみたいに心臓が苦しい。
ゆっくりとルフィが離れて鼻先5センチの距離で見つめ合う。
「…2回目。」
呟いた言葉はなかなか間抜けだ。
「ん?何のことだ?」 「だからっ、初めて屋上で会った時、口と口がぶつかったのよっ!…まあ、アンタは覚えてないだろうけど…。」
最後の方の言葉は聞こえないぐらい小さくなる。
あのキスから全てが始まったような、運命的なものを感じているなんてバカげてる。 そんなロマンチックに夢見る自分がいることに驚く。
あれは、本当にただの事故。
そう言い聞かせていたら、目の前のルフィが飄々と言ってのけた。
「ああ、アレか。アレはわざとだ。」
「…はっ?」
思考回路が停止する。
…わざと。
わざと?
「……私が今まで、どれだけ悩んで…。ねえ…どういうことか説明してくれない?」
自分でも驚くほど、低い声が出る。
「え、お前…何怒って…。」
ルフィが一段ずつ階段を後ずさる。
「ちょっと!待ちなさい!」 「何で怒ってんだよ!良いじゃねぇか!」 「待ちなさい!ルフィー!!」
さっきの道を逆戻りするように追い掛ける。
「あいつら、仲良いな。」 「いつまで追いかけっこしてんだよ。」 「お前ら、走るなと何度言ったらわかるんだ!!」
コイツのせいで私まで注目の的。 こんなの今までの私だったら絶対に有り得なかった。
ルフィと一緒にいたら、きっと毎日が騒がしくて仕方ない。
色を付けて動き出した私の時間。
平穏無事な高校生活は諦めるしかないみたい。
もうすぐ、春が来る。
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