雪、ひとひら3


夕方に降り始めた雪は、地面に小さな染みを作っただけですぐ止んでしまった。







部屋の時計は11時。
少し前にサンジ君から電話があったから、そろそろ迎えに来る頃。


窓の外は街頭の灯りだけでシンと静まり返っている。
分厚い雲で覆われて、星ひとつ見えない。


ふいに、締め切った窓の外から足音が聞こえた気がして、家の前の道に目をやるとこちらに歩いてくる人影が見えて、玄関に向かった。

ポケットの中の携帯電話が鳴るのと私がドアを開けたのがほぼ同時で、ドアの前に立っていたサンジ君が目を丸くして驚く。
その後、耳に当てていた携帯電話をズボンの後ろのポケットにしまうと、何故か安心したように目を細めて微笑んだ。


「お、お疲れ様。お店、忙しかった?」
「まあまあってとこかな。」
「そっか。もう少し遅くなるかと思ってた。」
「うん、もうちょい時間かかりそうだったから、閉店作業の途中で抜け出してきた。今頃、親父が怒り狂ってると思う。」
「えっ!大丈夫なの?」
「大丈夫、大丈夫。」
「本当に?」


違う。こんな話じゃなくて。


「あのね、サンジ君…」
「今日さ、バイクにしようと思ったんだけど、多分混んでて停める場所ないだろうからやめたんだ。電車でも良いかな?」
「あ、うん…私は電車でも全然大丈夫。」
「じゃあ、行こっか。」
「…うん。」


喉まで出かかった言葉を飲み込む。
いつもみたいに隣を歩けなくて、サンジ君の半歩後を付いていった。

サンジ君は今何を考えているんだろう…?







駅に着いて、電車から降りると一層気温が下がった気がする。


神社まで向かう途中でサンジ君が突然立ち止まって、振り返る。

「ナミさん、寒くない?大丈夫?」
「うん。全然大丈夫。」

無意識にすり合わせていた手をギュッと握り締めた。
裸の手がとても寒い。


「はい、これ。」

差し出されたのは猫の手袋。

「あ…あの、これは…」

話そうと思っていたことなのに、いざとなると何から話せば良いのかわからなくて口ごもる。


「手袋、俺が持ってたのに、ずっと黙っててごめん。」
「え…。」

思いがけない言葉に何も返せない。

「ナミさんはさ、ルフィと二人でいるって俺が聞いたらいい気分はしないと思って、気を遣ってくれたんだよね。」
「あ、その……。」
「…なんて、理解力のある心の広いフリしようと思ったんだけど、ダメだ。めちゃくちゃ嫉妬してる。」
「……。」
「俺、ダメだな。すげぇカッコ悪ぃ。」
「サンジ君、ごめん。…ごめんなさい。」

また歩き出したサンジ君の背中がとても小さく見えて、それ以上何も言えなかった。









傷付く恋が嫌だった。

サンジ君といれば毎日が楽しい。
そう思ってた。


なのに、結局今度は私が傷付けてる。



大切にしたいと思ったのに、いつから壊してしまったんだろう。


















神社に着いて、あまりの人だかりに驚いた。
夏祭りの時も、かなり賑やかで人で溢れていたけどその比じゃなかった。

参道から大行列で、お参りするのに1時間以上はかかるんじゃないだろうか。


「…大晦日の神社って、こんなに混んでるのね。」
「俺も、実は初めて来たからビックリ。」
「そうなの?」
「うん、ガキの頃から大晦日も働いてたしね。いつも気が付いたら年明けてた。」
「そっか。…どうしよう?並ぶ?」
「うーん、もうちょい行列が短くなるまで時間潰そうか?」



サンジ君の提案で、神社近くのカフェを探してみたけど、この時間に空いてるようなお店はどこも満員で、結局境内の中の広場で時間を潰すしかなかった。


「こんなところでごめん。」
「ううん、全然気にしないで。」
「風邪引かないでね。」


そう言って、サンジ君は自分のコートを脱いで私の肩にかけようとする。

「ダメよ。サンジ君が風邪引いちゃう。」
「俺は大丈夫。暑がりだから。」
「そんなこと言って…」
「大丈夫だから。」


無理矢理着せられたコートは温かくて、サンジ君の匂いがした。

「…ありがとう。」



境内の石段に腰掛けていると、色々なことを思い出す。

夏祭りの夜、みんなとはぐれた時にサンジ君と二人で来たあの場所。
あの時から半年も経っていないのに随分前のことのように感じる。


あの時は誰の気持ちも、自分の気持ちさえもわからなかった。
サンジ君だけが本当の気持ちを伝えてくれた。



「ナミさん、俺のこと…好き?」



一瞬、記憶の中を覗かれたのかと思った。


横に座るサンジ君の方を振り向くと、あの夜と同じようにシルエットだけが映る。
どんな表情か読み取れない。





「サンジ君、私…。」
「もうすぐ12時だね。」


サンジ君が携帯電話で時間を確認する。
それがタイムリミットを告げているように聞こえた。




『…あと、ナミさんには言っていないことがあるんです。』


今になってビビの話を思い出す。
公園でのビビは大切な思い出を語るように優しい声だった。


『ルフィさんは私の我儘を何でも聞いてくれました。
 …でも、屋上だけには連れて行ってくれなかった。』


『あそこは特別な場所だからって。』





どれだけ、すれ違えばいいんだろう。


誰かを傷付けて、自分に嘘をついて。

もう気持ちを誤魔化し続けるのは限界だ。


「私…、」
「ごめん。聞かなかったことにして。急かすつもりは無いんだ。」
「サンジ君…」
「雪、積もらなかったね。」
「サンジ君、ごめんなさいっ!」


ダメだ。

こんなところで泣くのは、ずるい。


「私、やっぱり、サンジ君と付き合えない…っ」


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