「え……でも、それじゃあナミさんは…?」
サンジ君があからさまに困った顔をする。 私も唐突過ぎるとは思ったけど、今はそれしか思い浮かばない。
「私は大丈夫よ。どうせ今日は丸一日休みだったし。その辺で適当に時間潰して帰るわ。最悪、1時間待てばバスも出るしね。」 「そんな!送ってもらうなんて悪いです!私は何とかするから大丈夫です!」
ビビが慌てて止めに入る。
「何とかするってどうするつもり?ここで電車が動くの待つだけでしょ?」 「そ、それは…。」
「ルフィも、ビビをサンジ君に送ってもらうけど良いわよね?」 「俺は別に。」
「ナミさん…。」 「サンジ君、お願い。ビビのこと送ってあげて。サンジ君も急がないと時間間に合わないでしょ?」
何とかその場を言いくるめて、ビビを送ってもらえることになったけど、サンジ君は名残惜しそうに中々出発しようとしない。
「ナミさん、とりあえず店に着いたら連絡するよ。」 「うん、気を付けて帰ってね。」 「ナミさんも何かあったら必ず連絡して。どんなことしてでも店抜け出して迎えに行くから。」 「…ん、わかった。」
「ナミさん、サンジさん、ありがとうございます。ルフィさん、ごめんなさい。先に帰りますね。」
ビビがそれぞれに丁寧に告げてからオレンジ色のヘルメットをかぶる。 その横顔がさっきまでの困り顔とは違う、ホッとしているようでどこか悲しそうに見えた気がした。
渋々その場を離れるサンジ君達の後ろ姿を見送った。
「さてと。」
駅前でボーッと突っ立ってるわけにもいかず、どこで時間を潰そうかと歩き始めると、後ろからペタペタとスニーカーを引きずる足音が付いてくる。
「お前、どこ行くんだよ。」 「どこだって良いでしょ。」
振り返りもせずに答える。 スタスタと歩みを進めながら、アイツのペースにはまらないように。
「俺も行く。」 「付いてこないでよ。」 「何でだよ。一人より二人でいた方が良いだろ?」 「良くない。」 「だから、何でだよ!」
あまりの大声に思わず立ち止まって振り返る。 真っ直ぐな瞳に負けないように、はっきりと答えた。
「サンジ君と付き合うことにしたの。だから、もう私には構わないで。」
真っ黒な瞳はぱちくりと瞬きをして、私を見つめ返す。
私の苦手な目。
ズカズカとお構いなしに人の心に踏み込んでくるあの目だ。
「お前、サンジのこと好きなのか?」 「なっ…何でアンタにそんなこと答えなきゃいけないのよ…。」 「だって、付き合うってそういうことなんだろ。それともお前、好きでも無いやつと付き合うのか?」 「…っ!すっ好きよ!当たり前じゃない!優しいし、私のこと好きって言ってくれるしっ!」 「ふーん、お前は好きって言われたら好きになるのか。ばかみたいだな。」 「はあ!?アンタに言われたくないわよ!アンタだって、ビビに好きって言われて好きになっちゃったんでしょ!」 「何だよ、それ。誰がそんなこと言ってたんだよ。」
ルフィの声がワントーン低くなる。
「別に誰でも良いじゃない。噂よ、噂。」
ルフィは何も言い返さない。 しばらく見つめ合って、先に動いたのはルフィだった。
私に近付いて手首を掴むと、そのまま歩き出す。
「行くぞ。」 「行くって、何処によ!」 「腹減った。メシ。」 「そんなのアンタ一人で行けば良いじゃない!ちょっと離してよ。離してってば!」
声を張り上げても離してくれる気配はなく、周りの視線を集めるだけで、私が観念して付いていくしかなった。
サンジ君とはまるで違う高めの体温。 掴まれた手首が火傷しそうに熱い。
駅から歩いてすぐのファミレス。 窓際のソファ席に案内されて、結局ルフィと向かい合って座っている。
お腹が空いたと言ったくせに飲み物だけで料理も頼まないし、無理矢理連れてきたくせに会話も無い。
コイツの考えてることって本当に理解出来ない。
「ほら、見てよ。アンタが馬鹿力だから痕ついちゃったじゃない!」
手首をさすりながら、グイッと前に突き出す。 実際、そんなに痛くはなかったけど、掴まれていた所がうっすらと赤くなっている。
「わりぃ。」 「わりぃって……、別に良いけど…。」
一言二言交わすと、また会話が終わる。
無言の空間の居心地の悪さに耐えかねて、視線を窓の外に移した。
不本意だけど連れてこられたこのお店は、駅の様子がよく見える位置で都合が良かった。 まだ電車は動きそうにない。
ずっと眺めていても変わらない風景に飽きてきて、また視線を室内に戻した。 店内の利き過ぎている暖房のせいで、手元のグラスが汗をかいている。
カランと氷の解ける音が聞こえた気がした。
「何で…だよ。」 「……え?」
ルフィの声に顔を上げると睨むような鋭い視線とぶつかる。
「何で、サンジなんだよ。」 「何でって…。だから、さっき言ったでしょ?」 「何を?」 「だから!サンジ君のことが、す、好きだから、付き合うの!」 「嘘だ。」 「なっ、何でアンタに嘘だとか言われなきゃならないのよ!私が誰と付き合おうがアンタには関係ないでしょ!」 「ある。」 「ない!」
気が付いたらヒートアップして大声になっていた。 ちらほらと店内の視線を感じる。
一つ、咳払いをしてから声のボリュームを下げる。
「何でそんなに突っ掛かってくんのよ?アンタにはビビっていう可愛い彼女がいるんだから、私のことなんてどうだって良いでしょ。」 「それは違うぞ、お前。」 「違うって?…どういうこと?」 「言いたくねぇ。」 「何よ、それ。人には尋問みたいなことしといて、自分は言いたくないって?そんな理屈通るとでも思ってんの?」 「ジンモン?」 「もういい。アンタと話してると疲れる。訳わかんない。」
わざとらしく大きな溜め息をついて、再び窓の外に目をやる。
何でこんな風になっちゃうんだろう?
…早く電車動いてよ。
そんな時にタイミング良くか悪くか、テーブルの上に出していた携帯電話が鳴る。 ディスプレイにはサンジ君の名前。
「あ、もう着いたのかしら?」
「出るな。」
電話を取ろうと伸ばした手を、いきなり上から押さえ付けられた。
「今は俺と話してんだろ。電話には出るな。」
重なった掌の中で携帯電話が鳴り続けている。
握り締められた手はそんなに強い力じゃないはずなのに、金縛りにあったみたいに解くことが出来ない。
射抜くような視線が痛い。 有り得ないぐらいに心臓がバクバクして、喉の奥に声が引っ付いて出てこない。
「ちょっと…ふざけ、ないでよ…。」 「ふざけてねぇよ。」
何で?何でこんなことするの?
何で私は振りほどけないの?
ルフィが何でこんなことするのか全然わからない。
今はただこの状況から逃げ出したい。
「やだ…電話切れ、ちゃう…。」
やっと絞り出した声は、ほぼ泣き声で、顔もそうだったんだと思う。 ルフィがギョッとして手を緩めたから。
その隙に携帯電話を握り締めてルフィの手からすり抜けた。 席を立って、トイレ前の静かそうな場所に向かいながら電話に出る。
「さっ、サンジ君?」 『ナミさん、大丈夫?』 「だ、大丈夫って何が?」
何とか落ち着いて話そうとしても、まだ心臓が跳び跳ねてるみたいで、上手く話せない。
『俺、先に帰っちゃったから何してるのかなって思って。』 「あ、あー今ね、ファミレスで時間潰してるの。」 『一人で?』 「う、うん!一人。」
…咄嗟に、嘘をついてしまった。
「もう着いたの?早いわね。」 『そうかな?でも、行きよりは道が空いてたかな。』 「そうなんだ。ビビを送った後でお店は間に合った?」 『ギリギリセーフ!』 「そう、良かった。」 『そんなことより、電車まだ動いてないの?俺、やっぱり今から迎えに…』 「大丈夫!そろそろ動くと思うから。」 『なら良いんだけど…。』 「サンジ君、もう時間でしょ?お店、がんばってね。」 『…うん、わかった。また連絡するよ。』 「うん。じゃあ…またね。」
電話を切ってから、はぁと深い息が出る。
私、何やってるんだろう?サンジ君に嘘ついて。
ダメだ…。これ以上、アイツと一緒に居られない。
足早に席に戻って、その勢いのままソファに置いておいたコートを手にした。
「お前、どうしたんだよ。戻ったと思ったら…」
怪訝な目でルフィが見上げる。
「帰る!」 「まだ電車動いてねぇぞ。」 「アンタと一緒にいたくないの!だから帰る!」 「おい!」
ルフィの手はいとも簡単に私を捕らえる。
捕まれた腕を無理に振り払おうとはしなかった。 頭の中がぐちゃぐちゃで、少しでも気を抜いたら涙が出そうだ。
「離して。…お願い。」
震える声で何とか伝える。
「ナミ…。」
「…アンタといるとイライラするの。顔も見たくない。」
私の腕を掴んでいた手が離れた。
トボトボと歩いて出口に向かう。
ルフィもそれ以上引き止めようとはしなかった。
駅で20分も待っていると、電車が漸く再開した。 待っている間にルフィも来るんじゃないかと思ってたけど、会うことはなかった。 アイツもそれなりに空気は読めるらしい。
家に着いた時には既に7時近くで、長かった1日がやっと終わる気がした。
部屋に戻ると開けっ放しのカーテンから月明かりが入って、仄白く照らしている。
机の引き出しの奥から、だいぶ前に仕舞いこんだストラップを取り出した。
不細工な出目金のストラップ。
夏祭りの時に、ルフィがくれた。
『ナミに似てて可愛いと思ったんだけどな。』
何で私にこれをくれたんだろう。
何で「みんなには内緒な。」って言ったり、
何で、手を繋いだり、
何で、携帯電話を1番に教えたかったんだって嬉しそうに笑ったり、
何で「お前には関係ない。」って冷たく突き放すの?
近付いたら離れて、離れようとすれば捕まえられる。
心が迷子になりそうな、クリスマス・イブ。
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