冬の迷い星3


 

水族館と言えば夏のイメージがあったけど、来てみると意外と混んでいて驚いた。

 

 

 

 

 

 

学生達が冬休みに入り年末が近づいて来ると、みんな市街地に出掛けてしまうようで、住宅街の片隅にあるうちのカフェは暇な日が続いている。

だから、今日もノジコはあっさり休みをくれた。

 

けれどサンジ君は、年末こそレストランの繁忙期だからディナーが始まる夕方5時までがタイムリミット。

そんな時間に余裕もないのに、少し遠出して水族館まで行こうと提案したのはサンジ君の方だった。

 

何故か駅で待ち合わせではなく家まで迎えに行くと言われ、更に「少し遠出するから暖かい格好してね。」と付け足されて不思議に思ってはいたけど、迎えに来てくれたサンジ君を見て納得した。

 

 

「俺の都合でホントに悪いんだけど、早めに帰らないといけないから…」という理由で、約束の時間は朝の9時。

支度を終えて時計を見ると、8時50分。

 

そろそろ来る頃かと何気なく窓の外を見ていたら、バイクに乗ったサンジ君が登場した。

…免許なんていつの間に…?

 

 

そのままサンジ君を見ていると、一回家のインターホンを鳴らそうと近付いたものの、腕時計を見てからやめて、それから家の前をぐるぐる近付いては離れてを繰り返している。

何だか可笑しくて、私も声をかけずにその様子を眺めていた。

 

 

時計を見ると、8時58分。と同時に携帯電話の着信音が鳴る。

 

 

「ナッ、ナミさん?今、ちょうど着いたところでさ!少し早く着いちゃったんだけど…。大丈夫かな?」

 

噴き出しそうになるのを堪えながら何とか返事をして玄関に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バイクを走らせて1時間、意外と早く目的地に到着した。

 

 

「すっごい気持ち良かったー!バイク乗るのなんて生まれて初めて!」

 

身体中に感じた風の心地よさを思い出しながら、うーんと思いっきり伸びをする。

 

「ホントに?寒いから少し悩んだけどね。」

「うん!最高!私も免許取りたくなっちゃった。あ、コレありがとう。」

 

 

借りていたオレンジ色のヘルメットをサンジ君に手渡す。

ひと目で女の子用だとわかる可愛らしいデザイン。

わざわざ私のために用意してくれたんだろうか。

 

 

「気に入ってくれたみたいで良かった。実は後ろに誰か乗せるの初めてだから少し緊張したんだ。」

 

 

サンジ君の何気ない一言が、私の中の疑問を肯定する。

胸の奥がチクリと痛む。

 

 

バイクは寒いからと手渡された手袋。

杢グレーのモコモコの生地に、猫の刺繍とボタンのモチーフがついていてすごく可愛い。

 

この手袋は返すべきなのか、少し悩んでコートのポケットにしまった。

帰り道も使うしね…。

 

 

 

 

 

 

 

郊外にある水族館は、かなり広くてテーマごとの建物がいくつかある。

半分も廻り切らないうちに気が付けば12時を過ぎていた。

 

入ったフードコートはちょうどお昼時間ということもあって、ごった返していて店内を歩いて周ってみても2人分の席すら空いていなさそうだった。

 

「しまったな…。」

 

バツが悪そうにサンジ君が呟く。

 

「少し時間を置いてから来よっか?私はお昼まだでも大丈夫だし。」

「ホントに?でも、そろそろ空きそうな席もあるんだけどな。」

 

 

フードコートを出ようか出るまいか話している、そんな時だった。後ろから話しかけられたのは。

 

 

「あの…席探してますか?もし良ければ、半分空いてるので。」

 

 

透き通るような声に振り返って、動きが止まる。

こんな偶然ってあるのだろうか。

 

今日この日にこの水族館に来て、この広い施設の中で出くわす確率なんてどれぐらいなんだろう。

 

 

声をかけた本人も驚いて固まっているのがわかる。

 

 

「ビビ…。」

 

 

ビビと、その後ろには4人がけのテーブルに腰掛けて、ハンバーガーにかぶりついているルフィがいた。

 

 

「…ルフィじゃねぇか。すげぇ偶然だな。」

「むぉー。」

 

サンジ君の言葉に、口をもごもごさせながらルフィが答える。

 

「あっ、ナミさん達も座って下さい。席空けますから。」

 

 

固まっていたビビがはっと気付いて、荷物を移動させて席を空けてくれる。サンジ君が断ろうとしていたけど私はそのまま座らせてもらうことにした。

 

ちゃんとサンジ君と向き合うと決めたから、ルフィから逃げたくなかった。

 

 

 

 
一度、席に荷物を置いてからランチを買いに離れる。
フードコートの中でも一番列の待ち時間が短いサンドイッチ・カフェでサンジ君と一緒にランチセットを買うことにして、席に向かった。

普通に、いつも通りにしてれば良い。

 

そう言い聞かせているのに、席まで後5メートルぐらいのところで私の足が止まる。

 

 

すごく楽しそうに話しかけるビビと、口いっぱいに頬張りながら何か二言三言答えるルフィ。

またそれに反応してビビが笑う。

 

 

いいな、ビビ。

今日の服、すごく可愛い。

 

 

白いニットに、チェックのスカート。

細い足に、黒いタイツと真っ赤なパンプスが良く似合ってる。

 

私と言えば相変わらずのジーンズにネイビーの大きめのセーターで、まるで可愛げがない。


もう少し可愛らしい服にすれば良かった。

 

 

「さっさと食べて、残りの時間もたくさん周ろう。」

 

 

サンジ君の声でしばらく立ち尽くしていたことに気付く。

いけない…今日はサンジ君と思いっきり楽しむって決めたんだから!

 

 

「あ、う…うん。そうね!」

 

 

笑顔をつくってみたけど、うまく笑えているか自信は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

席に戻ったものの、はっきり言って会話が盛り上がらない。

全くの見ず知らずの人たちが隣にいるなら、気にせずにサンジ君とだけ話してれば良いのだけど、なまじ知り合いだから存在を無視することも出来ずに何とか共通の話題を見つけようとする。それはビビも同じみたいだった。

 

 

「え、えっと、今日はサッカー部お休みだったんですか?」

「そう。冬休みの活動は明日から。」

「あ、じゃあバスケ部と同じですね!ね、ルフィさん?」

「ん。」

 

「そういえば、冬の水族館って始めて来たんですけど、すごく混んでるんですね。」

「私も思った!夏しか人気ないのかと思ってたわ。」

「でも、この水族館は冬だけの人気のイベントがあるんだよ。」

「えっ、そうなの?サンジ君、イベントって何?」

「それは見てからのお楽しみ。」

「へえ…そんなのあるんですね。ルフィさん、知ってました?」

「んー…。」

 

私達が会話をしていてもルフィは1人むすっとしていて参加しようとしない。

ビビが何とかその場を繋げようと気を遣ってくれているのに、何だか…すごく態度悪くない?

 

人に気を遣うような性格じゃないことは前々から知っていたけど、段々ムカついてきた。

 

 

「アンタねぇ、ビビが話しかけてるのにさっきから何なのよ!その態度!」

 

サンジ君とビビがぎょっとした顔で私を見てくるけど、そんなのは気にしない。

 

「なんだよ。ちゃんと返事してるだろ。」

「返事?あれのどこがちゃんとしてるっていうのよ?」

「うるせーなー。お前、怒りっぽいぞ。」

「先に態度悪くしたのはそっちでしょ!何がそんなに不満なのよ。」

「何って…。」

 

一瞬口ごもって、ルフィがサンジ君と私の顔を見比べる。

 

「あー、そう。私が2人っきりの邪魔したから不快なのね。」

「は?お前、何言って…」

「もう失礼するわよ!サンジ君、行きましょ!!」

 

残り半分のサンドイッチを無理やり口に詰め込んで立ち上がる。

 

そのままの勢いでフードコートを飛び出してきた私をサンジ君が慌てて追いかけてきた。

 

 

「ナミさん!コート忘れてるよ。」

「…サンジ君、私最低ね。」

 

ふわっと肩にかけられたコートの重み。

冷静に戻ると、なんてことしてしまったんだろうと後悔の念が押し寄せてきた。

 

「あの後、絶対ビビが気まずいわよね?どうしよう、本当に最悪なことしちゃった。」

「んー、きっと大丈夫だよ。」

「そう思う?」

「うん、ナミさんが言わなくても、ルフィのあの態度じゃビビちゃんに失礼だ。きっと今頃反省して機嫌なおしてるよ。」

 「そうだと良いけど…。」

「大丈夫。」

 

 

 

不思議とサンジ君には人を安心させる空気がある。

サンジ君に大丈夫だと言われると、そんな気がしてくる。
一緒にいるとホッとする。


ルフィとは、最近は顔を合わせてもケンカをするだけだ。一方的に私が勝手にイライラをぶつけてるからなんだけど。



どんどん関係がギクシャクしていく…。







やだな…またサンジ君とルフィを比べてる…。




私は今はただ目の前のサンジ君を信じていればいい。ただそれだけ。









その後の時間は、すごくすごく楽しかった。
サンジ君はどの魚を見ても美味そうだとか、どんな料理に合うだとかそんな話ばかりするし、私も小学生の時の遠足以来の水族館を満喫していた。






そろそろタイムリミットが近付く。
サンジ君のお店のディナーに間に合うように帰るには遅くても3時半頃にはここを出ないといけない。
時刻は2時50分。



サンジ君が最後にと案内してくれたのは、冬限定のプラネタリウム。
お昼に言っていた人気のイベントというのは、ここのことらしい。



プラネタリウムと言っても着席して観賞するものではなくて、建物の中全体がスクリーンのようになっている。


一歩踏み入れると壁も、床も、天井も、星空の中にいるみたい。


「わあ、すごい…。」
「気に入ってくれた?ホントはイルミネーションとか一緒に見に行きたかったんだけど、クソ親父が休みくれなくてさ。ごめん…。」
「ううん、全然!忙しいのに、連れてきてくれてありがとう。わっ…」
「おっと。」


夜空の中を歩いているみたいな不思議な空間で、足元がよく見えずに転びそうになる。



「足元、危ないから気を付けて。」


差し出された掌を掴むのに躊躇ったのは、多分気のせいで。

思っていたより体温の低いサンジ君の冷たい手に驚いただけ。











プラネタリウムは部屋を進むごとにテーマが分かれていて、春夏秋冬の空を表している。

星座を授業で習ったことはあったけど、試験が終わったらすっかり忘れてしまっていた。
どれがどの星座かなんてまるでわからなかったけど、幻想的な空間は気分を高揚させてくれた。





最後の部屋は冬の空。

「そろそろかな。」

わずかな光を頼りにサンジ君が腕時計を確認する。
急がないと帰る時間に間に合わないのかも、そう思った時だった。



「あっ…!」


流れ星がひとつ、ふたつ。
数えようとした時には降り注ぐような流星群。


レプリカの星空だけど、私は確かに感動していた。





「1日に2回、決まった時間に流星群が見れるんだ。願い事し放題だよ。」
「し放題って。」
「タダだからしないと損だよ。俺はたくさんしようっと。」

そう言うとサンジ君は大袈裟にお祈りのポーズをとる。

いつもふざけているみたいで、本当は色んなことを考えてくれている。


「…ありがとう。」


「ん?今、何か言った?」
「ううん、何でもない。」


願い事か…。

何をお願いしよう。


私の、今一番欲しいものは…。












私もサンジ君の真似をして手を合わせてみたけど、何も浮かんでこなかった。
















サンジ君が隣で「くそー、まだ帰りたくねぇ」とか「あいつら、俺いなくて仕込み間に合うかな?」とか色々忙しく愚痴りながら、私達は駐車場へ向かっている。

まだ3時半前で、私も帰っても暇だなと、コートのポケットに手を入れて中の物を思い出した。



「あっ、あの!サンジ君。」

いきなり立ち止まった私に驚いてサンジ君も足を止める。


「これって…。」

ポケットから取り出したのは今朝手渡された手袋。

「ああ、それは貰ってくれると嬉しいな。俺からのクリスマスプレゼント。」
「え…今日って…あっ!あー!!」


今日ってもしかして12月24日!?
やだ、私すっかり忘れてた…。

イベント事には割りと無頓着な方だと自分でも自覚していたけど。

まさか、こんな日を忘れるなんて。
どおりでカップルが多いわけか、と。


「やっぱりね。誘った時の反応で忘れてるんだろうなとは思ってたけど。」
「どうしよう…。私、最悪。…プレゼントなんて用意してない…。」
「そ、そんな!プレゼントなんて要らないよ。お、お、俺は!ナミさんと今日1日過ごせただけで、もう充分…!」


サンジ君の顔が真っ赤になってる。


どんな気持ちでこの手袋を選んでくれたんだろう。



「ごめんね。…ありがとう。手袋、大切にする。」
「じゃ、じゃ、しゃあ、帰ろっかなー!」


ますます顔を真っ赤にさせて、サンジ君がぎこちなくバイクに向かう。





誰かに想われるのは、なんて心地が良いんだろう。

ぬるま湯に浸かっているみたいで、そこから出ることができない。



安心感か、優越感か…。












行き道と同じように、私はバイクの後ろに跨がってサンジ君の腰に手を回す。

これからも、こうしてデートを重ねて、同じ時間を過ごして、私はきっとサンジ君を好きになる。大丈夫。




「しっかり掴まっててね。」
「うん。」


回した腕に力を込めた。















駅前を通り掛かると混雑していて人だかりが出来ていた。


何かあったんだろうか?


そんな中に、困った様子のヒビとルフィを見つけた。


「サンジ君、止まって!」




バイクから降りて、ヒビ達に近付く。
話を聞く前に周りの人達の様子で状況を理解することが出来た。


どうやら隣の駅で線路内の立ち入り、怪我人が出たかどうかまではわからないけど、線路内の点検で運転は見合わせ中、復旧の目処は立っていないという。



「ビビ、大丈夫?」
「あ、ナミさん…。どうしましょう…。今日は大切な用事があって、絶対に5時までに帰るよう父に言われているんです。今からじゃ、迎えに来てもらっても間に合わないし…。」

ビビが困り果てて呟く。

「そんなもん仕方ねーだろ。電車止まっちまったんだしよ。この辺は他の電車も走ってねーし。」
「アンタね、ビビが困ってるのにそんな言い方…!」
「な、ナミさん!良いんです。私が無理を言って、ここに来たので。」


咄嗟に感情的になってしまう私をビビが止めに入る。


しまった。こんなところでルフィとケンカしたって、何の解決にもならないのに…。


この近くを通っているバスも1時間に1本しかないし。
それにここで一緒に時間を潰すわけにもいかない。



サンジ君が申し訳なさそうにチラチラと腕時計を確認しているのがわかる。
サンジ君だって、お店に間に合うように帰らないといけないのに。



…あ、そっか。



解決する方法がひとつだけある。



「サンジ君、ビビのことを送ってあげて。」



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