冬の迷い星2




気が付いた時はベッドの上で寝ていた。
 
見上げる真っ白の天井とカーテンで仕切られた狭い空間。
自分の今いる場所が学校の保健室だと理解するまでにそう時間はかからなかった。
 
 
「ナミさん、大丈夫?」

 

 

声の方に顔を向けると、心配そうにサンジ君が私を見下ろしている。

 

「ごめん、私…」

「ナミさん、気が付いた?無理して起きなくて大丈夫だよ。」


 慌てて上体を起こそうとする私をサンジ君が制止する。

 

「今、何時?」

 

寝起きの頭が漸くしっかり目覚めていくのと同時に、倒れる直前の記憶も蘇ってきた。

 

「4時だよ。」

「そ、そう…。」

 

気恥ずかしくて目を逸らしながら答えてしまう。

サンジ君に抱きしめれたまま気を失ったんだとしたら、保健室まで運んでくれたのもきっとサンジ君で、それからずっと付き添っていてくれたんだろうか。

 

 

「よ、4時!?」

 

僅かな時間差でサンジ君との会話を思い返して驚く。
確か終業式は昼前に終わって、図書室に返しに行くのもそんなに時間はかからなかったはず…。


「ごめん!そんなに寝ちゃってたの?!」

「もう、だいぶ体調は良くなったみたいだね。」


飛び起きた私を見て、サンジ君は一瞬目を丸くして驚いたものの、すぐにフッと包み込むように微笑む。

「う、うん。もう、すっかり…。ていうか!ずっと付き添ってくれてたの?」

「あー、途中腹減ってコンビニ行ったりしてたよ。」

「コンビニって…。ホントにごめんなさい。」

情けないやら申し訳ないやらで、頭が下がる。

「いや!ナミさん、そんな気にしないで!どうせヒマだったし。いや、あの、ヒマだから残ったわけじゃないんだけどさ。あ、そうそう。家の人にも先生から電話したらしいんだけど、どうしても迎えに来れないみたいで。」

「そっか。」

私がいなければ、ノジコ一人の店を空けられるわけがないのは理解してる。
むしろ、早く帰って手伝わないと。

「そろそろ、帰らないとね。」

「俺、送ってくよ。」

「ええ!そんな、ここまで付き合わせたのに悪いわよ!熱も下がったと思うし。大丈夫!」

「俺が送りたいんだ。ダメかな?」



ダメかと聞かれると断る理由もなくて。
結局、サンジ君の強引さに負けて家の前まで送ってもらうことになってしまった。








家に着く頃には5時を過ぎていて、日暮れが早いこの季節は辺りが暗くなっていた。


帰り道は、私が一方的に感じていただけかもしれないけど気まずくて、会話もあまり無かった。
でも、ひとつの決心のようなのもが頭の中でぐるぐる回っていた。




「今日はホントにごめんね。」
「そんな謝られると、ちょっと寂しいな。」
「あ、えっと、…ありがと。」
「どういたしまして。」


ニッコリ微笑むサンジ君は、いつも大人っぽいのに、少しだけ幼く見える。




私は、この笑顔を傷付けたくない。



「サンジ君。」
「ん?」
「私、サンジ君のことちゃんと考える。考えるから、だから、その…」


自分らしくないほど、声が弱々しく小さくなる。
何て伝えれば良いかわからなくて、助けを求めるようにサンジ君の顔を見上げると、固まったまま動かない。


「ねえ、聞いてる?」

目の前で手を降ると突然覚醒したかのように、サンジ君が動き出す。

「ほ、ほんとに!?ほんとに、ナミさんっ!!」

かざした手を握りしめられて思わず後退りする。

「ホントにホント!」
「ありがとう!」

大袈裟に手をブンブン振られて、私もそれに引っ張られて上下する。

「ちょっと痛いってば!」
「あああ!ごごごめん、ナミさん大丈夫??」

痛くはなかったけど、抗議の声をあげると、サンジ君は叱られた犬のようにシュンとなった。

その様子があまりにもおかしくて吹き出して笑う。サンジ君は私が怒っていないのをわかると、安心して溜め息をついてから、少しだけ真面目な顔で話を切り出した。


「あ、あのさ。」
「何?」
「明後日、何処か出掛けない?」
「うん、いいわよ。」
「じ、じゃあ、また連絡するね!行きたい所考えておいて、あっ俺が決めても良いんだけど、リクエストがあればっ!!じゃっ、ナミさん、今日は早く寝てまた熱出さないようにね!!おやすみ!!」


一気に捲し立てて、サンジ君はあっという間に走って帰っていってしまった。


「おやすみって、まだ5時なんだけど…。」







 


 家に帰ってお店を手伝おうとしたものの、体調悪いときに無理はするなとノジコに止められた。
喜ばしいことでは無いけど、幸いお店もお客さんが少なく暇をしているようだった。


部屋に入って、ベッドの上にバッグを放る。

何気なくポケットから取り出した携帯電話を見ると、着信のランプが光っている。

誰かからメール。

全く気付かなかった。誰からだろう…?


開いてみるとメールの着信時間は30分前、ちょうどサンジ君と別れた時間。
送り主は今一番見たくない名前だった。


『だいじょぶだったか』


中身はたったその一言。

大丈夫だったか?何のことだろうと、思いを巡らせてから、そういえば倒れる直前にアイツに会ってたことを思い出した。


あんな酷いことを言ったのに、一応心配してくれるのね…。


番号を交換した日から、一度も連絡したことなんて無かった。
それがこのタイミングで来るなんて。


「もしかして、漢字変換も出来ないの?」

アイツらしくて笑っちゃう。
おかしいはずなのに、画面は涙で歪んでよく見えない。











返信はしなかった。



私はもうこれ以上傷付きたくない。

それに、あんなに優しいサンジ君を傷付けちゃいけない。





これで良いの。



これで良いはずなのに、悪いことをしているみたいな罪悪感が消えないのは何でだろう…。







窓を開けると、冷たい空気で顔がぴりっとする。



冬の澄みきった空に星が瞬いている。
寒いのは好きじゃないけど、冬のこの空気が澄んだ空はすごく好き。


けれど、今日は何だか頼りなく、消え入りそうに見えた。





「サンジ君に早く会いたいな。」


不安をかき消すように呟いた言葉は、まるで他人事のように冬の空に消えて行った。



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