フォール・カラーズ3




どれほどの時間が過ぎたのだろうか。



とても長い時間にも感じたし、一瞬だったようにも思う。



きつく抱き締められていた腕は、思いのほか簡単に解かれた。

「…帰ろうか?もう暗いし、送るよ。」
「あ、で…でも、まだ片付けとか残ってるし…。」


サンジ君の顔をまともに見ることができなくて、俯いたまましどろもどろに話す。
自分でも驚くほど動揺していた。


「委員会の奴らには上手く言っとくから。」
「でも…。」
「大丈夫。荷物取ってくるから、ここで待ってて。」


私の言葉を遮るようにして、サンジ君は教室を後にした。







また一人きりになった教室は冷え切っていて空気が冷たい。
なのに、顔が火照ったみたいに熱くて、心臓の音がやけにうるさいのはさっき走った所為だけじゃない。





















2人で並んで歩く帰り道。
いつもならサンジ君はあれこれと話題を振ってくれて話が尽きることはないのに、今日は何も言わない。ただ沈黙だけが流れていた。

サンジ君と2人きりでいて、気まずいと思ったことは無かったから、今までサンジ君がいかに気を遣ってくれていたかが身に沁みてわかった。

ただ、合わせてくれる歩幅は心地よくて、並んだつま先を見つめながら歩いた。






駅に着くと、突然サンジ君は思いつめたような顔で口を開く。

「ナ、ナミさん!」
「な、何?」

あまりの勢いに私もつられて声が上ずる。

「今度の休み!」
「や、休み?」
「どっか遊びに行かない?」

何事かと身構えていたら、そんなことかと肩の力が抜ける。

「…うん、良いけど。」
「ほ、本当に?本当に!?」
「本当よ。」
「よっしゃー!」
「ちょ、ちょっと!声大きいわよ!」

大袈裟にガッツポースをつけて叫ぶものだから、周りの人達がじろじろろこちらを見てくる。

「もう!恥ずかしいから静かにして!」
「ありがとう!ナミさん!約束だよ!」
「わかった、わかった。わかったから落ち着いて。」

完全に周りの目なんてお構いなしで、サンジ君は今にも飛び跳ねそうなほどはしゃいでいる。
何とか抑えようと、サンジ君の両手を掴んでその場に留めさせた。

「…でも、どこに連れて行ってくれるの?」
「ナミさんの行きたい所なら何処へでも!」


行きたい所を考えておいてとウィンクして、サンジ君は電車が来るからと私の背中を押して改札をくぐらせた。
振り返ると、両手をブンブン振って見送りをしてくれている。
私も手を振り返してからホームに駆け足で向かうと、階段の途中まで聞こえてくるほどの大声で「やったぞー!」とサンジ君が叫んでいるのが聞こえてきた。

私の方が恥ずかしくなって、顔が真っ赤になっているのが頬の熱さでわかった。



電車に飛び乗って一息つくと、何故か今更、抱きしめられた時のサンジ君の香りが甦ってきた。




私とは全然違う。






男の人の、香り。
















文化祭の振り替え休日は雲一つ無い快晴。


サンジ君には遊園地に連れてってとお願いしていたから、この上ない絶好のお天気。
新しく出来たアトラクションにも興味があったし、何よりも気分がスカッとするようなことがしたかった。


待ち合わせの駅に5分前に着くとサンジ君は既に待っていて、私を見るなり「本当に来てくれたんだね。」と泣きそうなほど感動をしてくれた。
そういえば学校の用事や部活以外で外で2人きりで会うのは初めてだということに気付いて、新鮮だった。

私は、遊園地だし思いっきり動けるようにと、ネルシャツにジーンズというかなりラフな服装だったのだけれど、サンジ君は「可愛い、可愛い」と大絶賛で、通りすがる人達が振り返るほどしつこかったので、頬を抓ってようやく黙らせた。
















「ナ、ナミさん……そろそろ休憩をしませんか…?」

朝から立て続けに絶叫系マシーンを4つ乗ったところで、サンジ君が悲鳴を上げる。

「サンジ君ったら、男の子のくせにだらしないわね。もう降参?」

そうは言ったものの、腕時計を見るともうお昼近くだったので休憩を取ることにしてあげた。

サンジ君は「ちょっと、待ってて。」とレストスペースに私を残して離れていく。
それから5分もしないうちに何か紙袋を持って戻ってきた。そういえば、遊園地に着いてすぐロッカーに荷物を預けていたことを思い出した。

その紙袋は何だろうと見つめていると、サンジ君は少しだけもったいぶって「ナミさんに、俺の特技を披露しようと思ってね。」と中身を取り出した。


紙袋から出てきたのは、3段のランチボックス。


「え、まさか…。」
「じゃーん。お弁当をね、作って来たんだ。」


蓋を開けると、サンドイッチに色とりどりのおかず。まるでカフェのショーケースを見ているようだ。どれをとっても美味しそうなのは勿論、まるで売り物のように彩り鮮やか。同い年の男の子が作ったとはとても思えない。

「これ、全部サンジ君が作ったの?」

私は信じられなくて、お弁当とサンジ君を交互に見比べる。


「まあね。でも、評価は食べて味を確かめてからにして欲しいな。」

サンジ君は紙袋からフォークとナプキンを取り出して、テーブルの上にセッティングをしていく。ただのレストスペースが一気にカフェのテラス席になる。

キレイに盛り付けられた完成品を壊してしまうような感じで気が引けるけど、フォークで一口、恐る恐る口に運んだ。

「んー!美味しい!」

サンジ君が自信たっぷりに言うだけあって、本当に美味しい。
私も家のカフェを手伝ってはいるけれど、料理全般はノジコに任せっきりで、どちらかと言えば苦手な方。
女としての立場が無いけど、嫉妬なんて出来ないレベルだった。


「すごーい!サンジ君、プロみたい!お店開けるわよ!」
「あれ?俺言ってなかったっけ?親父がレストランやってるんだよ。」
「えー!全然知らなかった…。じゃあ跡継ぎ?すごい!」
「そんな跡継ぎなんて良いものじゃないよ。タダで雇える雑用係みたいなもん。」

サンジ君はそう言って話を切り上げて、家のことをあまり話そうとはしなかった。
何となくだけど、お父さんと仲が悪いのかなと、そう思った。


そう言えば、私は学校以外でのサンジ君のことを全然知らない。

仲の良いクラスメイト、同じ部活、ただそれだけ。
サンジ君も同じように私のことを全部は知らないはず。


なのに、何で私のことが好きなんだろう。




考え事をしてボーっとしていたらしく、サンジ君が心配そうに覗き込む?

「ナミさん、苦しかったら無理して食べなくて良いよ。多めに作りすぎたかな?」
「えっ、…あ、全然大丈夫!美味しいからまだまだ食べれちゃう!」


食べかけのサンドイッチを頬張ると、サンジ君はとても嬉しそうに微笑んだ。


サンジ君が嬉しそうにすると、心の奥がチクリと痛む。








その理由を私は知ってる。





















お昼を食べ終わった後も、私のリクエストでジェットコースターにフリーフォールと絶叫系マシーンの連続に付き合ってもらった。
私はかなり満足して発散できたけど、サンジ君は目に見えて疲れ果てていた。

「ナ、ナミさん…そろそろ休憩を…。」
「また休憩?もう仕方ないわね。あっ、じゃあ…。」

ちょうど近くにあった観覧車を指差して、乗ろうと思ったけどすぐやめた。

あまりにもシチュエーションに意識させられてしまいそうで。


「んー…やっぱりいいわ!どこかで休憩しましょ。」

くるりと向きを変えて、観覧車から離れようとした私の手首を突然サンジ君が掴む。

「いや、乗ろう。」

そのまま私を引っ張ってグングン進み、断る理由が見つからないまま観覧車に乗せられてしまった。


向かい合って座ると、サンジ君は少しだけバツが悪そうな顔をしている。


「あー!ごめん!俺、ホント最低だ。でも、すっげー嬉しい!今死んでも良いぐらい幸せだ!」

大袈裟に頭を掻き毟って葛藤する姿が何だか可笑しくて、思わず噴き出してしまった。


サンジ君と一緒にいると楽しい。
嫌なことなんて全部忘れられるぐらい今日一日がすごく楽しかった。

窓の外に見える景色が夕日に染められていて、とても充実した1日を過ごしたような、そんな暖かい気持ちになれた。


「今日はありがと。」

ちょうど観覧車が頂上に着くとき、 自分でも珍しいぐらい素直に言葉が出た。
私の言葉にサンジ君は驚いたように目を丸くして動きが止まる。

「ちょっと、どうしたの?」

首をかしげて顔を覗き込むと、サンジ君は狭いゴンドラの中でいきなり立ち上がった。
そして立ち上がったと同時にゴンっと鈍い音がして天井に頭をぶつける。

「いってぇ!」
「ちょ、ちょっと!大丈夫?」
「だ、だめだ!ナミさん!」
「何が?どうしたの?」
「その可愛さは犯罪級だ!眩しすぎて俺には耐えられない…!」
「もう、何バカなこと言ってんの?ぶつけたところ大丈夫?」
「全っ然大丈夫!」

サンジ君は相当痛いだろうに、涙目のくせして親指を立てて決めポーズを取るものだからまた噴き出して笑ってしまった。




結局、私が心配してたような雰囲気にはならなかった。
サンジくんはいつも以上にふざけて、私もいつも以上に笑った。



サンジ君との遊園地は本当に楽しくて、あっという間に一日が終わった。
日が暮れて、辺りはすっかり暗くなっていた。


サンジ君は家の前まで送ると言ってくれたけど、そんなに遅い時間でも無いから大丈夫と断って駅で別れた。
一人電車の中で揺られながら、周りを見渡すと意外にカップルの多さに気付く。

楽しそうに話していたり、口喧嘩をしていたり、肩にもたれ掛かって眠っていたり。



純粋に羨ましいなと思う。

別にモテたいわけじゃない。
好きな人に好きになって欲しいだけ。


みんなはどうやって、そのたった一人を見つけたのだろう。




私には気が遠くなるほど難しいことに思えた。
















「ただいまー。」
「おかえりー!今日のデートはどうだったの?」

家に帰ると、ノジコが興味津々というように駆け寄ってきた。

「そんなんじゃないってば。クラスの子と出かけただけだし。」
「ふーん、つまんないの。」
「つまらなくて悪かったわね。」
「あんたね、そんな可愛げ無いといつまで経っても彼氏出来ないわよ。」
「もう、うるさいな。余計なお世話です!」
「あれれ?怒っちゃった。」

ノジコの最後の言葉は聞こえないふりをして部屋に入った。

自分だって好きでこんな可愛げのない性格になったわけじゃない。
もっと素直で可愛い女の子になれたら良いのに、と何度思ったことか。


バッグをベッドの上に放ると、思っていたより力が入っていたらしく中身が飛び出してしまった。

その中の携帯電話に目が止まる。
ルフィからもらった出目金のストラップ。

拾い上げて手早くストラップを外すと、引き出しの一番奥に仕舞い込んだ。
どうしても捨てる気にはなれなかった。














休み明けの学校はすっかり装飾が取り外されていて、あの非日常だった文化祭の空間は面影も残っていなかった。


昼休みになって、久しぶりに屋上に足を向けた。
もう何週間近づいていないのだろう。

あの屋上からの景色が見たくなった。








少しだけ弾んで向かう足は屋上に繋がる階段の下で止まった。


階段の上の扉を見上げると『立入禁止』の札と共にご丁寧に錠まで掛けられていた。







私とルフィを繋ぐものは、もう何も無くなった。



そんな風に言われてる気がした。








窓の外から見える校庭の木々は葉を落として寒々しくなっている。














季節は12月を迎えようとしていた。


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