フォール・カラーズ2


1年に1回、2日間だけの文化祭は見慣れたはずの校舎を非日常に変える。


生徒達の家族、卒業生はもちろん他校の生徒達も遊びに来るから不思議な空間に感じる。


みんながはしゃぐ中、裏方に徹したのは余計なことを考えたくなかったから。



クラスでの出し物は結局無難なカフェに落ち着いた。
カフェと言ってもドリンクと簡単なお貸しを提供するだけで、体のいいたまり場のようなものだ。
店員役はクラスメイト達にローテーションで任せて、私はステージの後片付けや中夜祭の準備に追われていた。
委員会の中でも、一番面倒くさいこの役回りを買って出ようとする人達はいなかったからちょうど良かった。

「サンジ君も付き合わせちゃって、ごめんね。」

私に付き合ってサンジ君も裏方に回る羽目になったのに嫌な顔一つせずに働いてくれていた。

「良いんだ。俺も文化祭で校内回ったりすんのは面倒くさいし、こうしてナミさんと2人でいられることが幸せだから。」

何の恥ずかしげもなく、サラッとサンジ君はそんな気障なことを言ってのける。
嫌な気はしないし少しだけ嬉しくも思う。

それなのに、サンジ君みたいに素直に自分の気持ちが言えたらどんなに良いだろうと妙な嫉妬も芽生えてくる。


「今年さ、先生達が打ち上げ花火仕掛けてるの知ってる?」
サンジ君は作業する手を止めずに話題を切り出した。
「え、全然知らない!本当に?」
「スゲー小さいけど、中夜祭の最後に花火やるんだって。」
「何でそんなこと知ってるの?」
「この前、職員室に寄ったときエースが電話で交渉しててさ。問い詰めたらあっさり白状したよ。」
「へぇ、そうなんだ。…見たいなぁ。」


エースというのは私達の担任の先生で、先生と言っても歳が近いこともあってみんなのお兄ちゃんのような存在だ。

男気があって頼れる一面、たまにドジをすることもある。だからこそ人気があって生徒達からの人望も厚い。




「誰にも言うなって口止めされてたんだけどね。花火の時間だけ抜け出して見に行かない?」
「うん!見たい。」

何も期待していなかった文化祭だったけれど、少しだけ楽しみが出来た。




中夜祭が始まって、ステージではみんなが歌を歌ったり、ダンスをしたりと思い思いに楽しんでいた。
前の出番の人の片付けと、次の出番の人の準備と忙しく意外に充実していてあっという間に時間は過ぎた。


「ナミさん、そろそろだ。このステージが終わったら抜け出そう。」


サンジ君が腕時計を見ながらタイミングを見計らっている。
私も、ただ花火を見るだけなのにドキドキと心臓が高鳴っていた。





「よし、行こう。」

サンジ君は花火がどこで打ち上がるかも聞いていたらしく、1番いい場所で見ようと私の腕を引っ張って駆け足になる。
校舎に入って、2階の渡り廊下。そこがベストらしい。




校庭全体を見渡せる場所に着いて、一息つくと突然照明が消えて真っ暗になった。

状況が理解出来ずに校庭に集まっている大勢の生徒達がざわめきだす。



次の瞬間、校庭のフェンスの向こうから打ち上げ花火が上がった。



それは、とても小さなものだったけれど、生徒達がサプライズで感激するには十分すぎるものだった。





「おー、先生達も頑張ってんなぁ。たーまやー。」



サンジ君が隣で軽快な掛け声をあげる。

まるで夏の日に戻ったみたいだ。





「サプライズで花火なんて、思いつきが安直だな。」

「本当ね。でも、私は花火好きだから嬉しいわ。」





サンジ君の方を向くと、風で煽られたボサボサ髪のシルエットと薄明かりにぼんやりと浮かぶ輪郭。

お互いの表情までは読み取れない距離感。



あの夏祭りの夜とそっくりなシチュエーションだった。






それなのに、花火の煌きはまた別の夜を私に思い出させた。







ルフィと2人、手を繋いで歩いた帰り道。







あの夜に戻れたらどんなに良いだろう。



あの時に私が素直に気持ちを伝えていたら、今と何かは違っていたのだろうか。





あの時は、繋いだ手から心の何処かも繋がっているような気がしたのに。

ルフィの気持ちが私に向いてくれているような、そんな錯覚さえしたのに。





どんなに願っても、あの瞬間が戻ってくることは二度と無い。







「ナミさん、寒くない?大丈夫?」





サンジ君が羽織っていたブレザーを脱いで、私の肩にかけてくれる。



「…ありがとう。」



サンジ君といると暖かい。



包む空気が穏やかで安心する。




けれど、







今、隣にいるのがルフィだったら良いのに。





私はそんなひどいことばかり考えているような嫌な人間だから、サンジ君に好きになってもらう資格なんて本当は無いんだ。







「でも、大丈夫だから。」


かけてくれたブレザーを、サンジ君の肩にかけなおした。




「そっか、寒くなったら言ってね。」

「うん、ありがとう。」








サンジ君は頭が良いから、私の考えていることも全てお見通しのようなそんな気がする。

それでもサンジ君はきっと許してくれる。




サンジ君が作り出してくれる空気は暖かくて居心地が良いのに、少しだけ苦しい。
































「花火、終わっちゃったね…。」




15分程度の小さな小さな花火大会は終わってしまった。

照明が点き始めて中夜際も終わりを告げる。





「さーて、帰るか!…と言いたいところだけど後片付けが残ってんだよなぁ。」



サンジ君がオーバーリアクションで残念がる。でも何処か楽しそうで、私もつられて笑顔になる。



「そうね。張り切って、早く終わらせましょ!」









下駄箱で外履きに履き替えていると、ペタペタと上履きを引きずりながら歩く音ともう1人楽しそうに話しながら歩いてくる音が聞こえた。







「ナミ。…サンジ。」





名前を呼ばれて振り返ると、音の主はルフィとビビだった。







ずっと頭の中に浮かんでは打ち消していた想像が、現実として目の前に現れた。

一々確認し無くても、今日一日中ずっと2人で回っていたことぐらいわかる。






「2人、付き合ってたんだ…。」



口の中がカラカラに乾いて、 独り言のように勝手に口から言葉がこぼれる。




「やだわ、私全然知らなかった!サンジ君も知らなかったわよね?」

「ナミさん…。」




話すことなんて何も無いのに、口が止まらない。

サンジ君の困った表情にも気付かないふりをした。



「幼馴染にも言ってないなて水臭いんじゃない?私も一応『友達』なんだから教えてくれれば良かったのに。」

「ナミさん…。ナミさん、あのね…。」



申し訳なさそうに口を開いたビビを制止したのは、信じられないぐらい冷たいルフィの声。






「お前には関係ない。」





耳を疑うような拒絶だった。けれど、ルフィが低くはっきりと言った。




「テメェ…ナミさんに向かって何だその口の利き方は…。」

「サンジ君、やめて!」




ルフィの胸ぐらを掴みにかかったサンジ君を止める。





「ルフィの言う通りよ。私には全く関係ないことだわ。あんたが誰と付き合おうが何しようが私に一々報告する必要なんて無いし。私だって、そんなのどうでも良いし知りたくも無い!」





言うだけ言い切って、その場から逃げた。






履きかけた外履きを脱ぎ捨てて校舎内に逆戻りした。

行き着く場所に選択肢なんて無くて、自分の教室に駆け込む。







喉の奥が痛くて苦しくて、涙が後から後から溢れてきてどうすることも出来ない。





私は何を勘違いしていたんだろう。





ビビに「ルフィのことが好き」だと打ち明けられたときも、心の何処かでは自分のことを選んでくれるんじゃないかと自惚れていた。

恥ずかしくて苦しくて、真っ暗な教室の中でこのまま暗闇に溶けて消えてしまいたい。

その場でしゃがみこんで蹲っていれば本当に消えられる気がした。





扉が開く音と同時に明かりが点く。





「ナミさん。」





サンジ君がいつもより低い声で私を呼んだ。

ルフィが追いかけてきてくれる訳も無いのに、この期に及んで期待していた自分が心底嫌になる。



慌てて目元をゴシゴシと乱暴に擦ったけれど、サンジ君には泣いていたことなんて隠せないだろうし、諦めてそのままのひどい顔で振り向く。





「変なとこ見られちゃったわね。サンジ君にも嫌な思いさせてごめんね。」



精一杯の作り笑いをしてみせたけど、サンジ君の表情は固く怒っているみたいだった。

怖い顔のままで、サンジ君が一歩一歩近づいて来る。





「…サンジ君?」

「俺は、今まではナミさんの気持ちが一番大切だと思ってた。」





私は何故かその場から動けずに、近づいて来るサンジ君をただぼんやりと見つめていた。



サンジ君の大きな手が私の腕を掴む。

思っていたよりも強い力に顔をしかめたけど、サンジ君は緩めてくれない。




「でも、間違ってたみたいだ。俺だったら、そんな風にナミさんを泣かせたりしない。そんな悲しい思いさせない。」




強い引力に抵抗は出来なかった。












生まれて初めて、男の人に抱き締められた。












空気の冷たい教室が秋の終わりを告げていた。







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