夏の終わり、秋の空



クーラーが壊れた教室はまるで地獄。

窓を全開にしても風通しの悪いこの教室では全く意味がない。
さっきのお昼休みの屋上の方がよっぽど居心地が良かった。

座っているだけなのに、額から、背中から、汗が滴り落ちる。

授業に集中する気にもなれなくて、先生の位置から死角なのを良いことに私は携帯電話をポケットから取り出した。


着信履歴には、まだ登録していない新しい番号が表示されている。



『ナミに一番に教えたかったんだ。』


ルフィの声を思い出すだけで、あの時と全く同じように体温が上がるのを感じる。



あんなのずるい。


あんなことを言われたら、私じゃなくても勘違いする。
良からぬ期待を膨らませてしまう。


浮かれている一方で、アイツのことだから言葉に特別な意味など無く期待するだけ無駄だとひどく落ち込んでいる自分もいる。

花火大会の日からずっと、上がったり下がったり、ふわふわと足元が定まらないような感覚が続いてた。






こんな感情を持ったのは初めてで、どうコントロールすればいいのかわからずに戸惑っていた。











結局のところ、私の集中力は5時間目も6時間目も戻ることがないまま授業が終わってしまった。



終礼が終わって帰り支度しながら考えていた。

今日こそ、サンジ君にちゃんと話そうと。
返事はいつでも良いと言ってくれたけど、物事をはっきりとさせないのは性に合わない。


サンジ君の席の方を見ると、既に帰る準備は万端で教室の出口に向かっていた。

呼び止めようと立ち上がると、いきなり後ろから腕を掴まれた。
振り返るとクラスメイトが2人、不機嫌そうな顔をしている。


「ナミ!あたし達に言うことがあるんじゃない?」
「そうだよ!秘密にするなんてひどい!」
「何で教えてくれなかったの?」
「ナミって、秘密主義者だよね。」


こちらが口を開く前に矢継ぎ早にまくしたてられて、状況についていけない。そもそも何の話をしているのかがわからない。


出口の方を見るとサンジ君はとっくに帰ってしまったようで姿は見えなかった。


サンジ君と話すのは今日は諦めるとしても、まずはこの状況から抜け出したかった。
友達にこれといった隠し事もないし、心当たりがなく、2人の顔を交互に見比べていると、とんでもない言葉が投下された。


「彼氏が出来たなら教えてくれてもいいじゃん。」

「…はっ?」



相当、間抜けな顔をしていたと思う。
あまりにも呆気にとられてしまったから、咄嗟に否定することが出来なかった。

「いつから付き合ってたの?」「うちの学校?」「どこで知り合ったの?」

何を勘違いしているのか聞く間も与えてくれずに、友達から次々と質問を浴びせられる。


「ちょっと待ってよ!全く話が見えないんだけど。」
「花火大会でデートしてるとこ見たんだからね。」
「…え…。」

やっとのことで会話を遮って訳を聞いたものの、花火大会というキーワードに動揺を隠せない。いきなり話が見えてしまった。友達が何を勘違いしているのかを。
あんな人混みの中で見つかるなんてすごい確率、などと感心している場合じゃない。


違うわよ。アイツはただの友達。


そう言おうと思った。
口を開いた瞬間、

「お!ナミだー。おーい、ナミー!」


何というタイミングの悪さだろう。
声のする方を見ると、ルフィが教室の外からこちらに向かって手を振っている。


「えー!1年生じゃん。」
「ナミの彼氏って年下なのー?」

友達が勝手に盛り上がり始める。
何人かが帰り始めているまばらな教室では声が響いてしまって、さっきまで興味を向けていなかったクラスメイト達もこちらを気ている。


話がこれ以上膨れ上がる前にと、慌ててルフィの元に駆け寄った。


「何の用?」
「あー、たまたま通りかかったらナミが見えたから。」
「…あのねぇ、用もないのに呼ばないでくれる?」


つくづく意味のない行動をするヤツだと呆れる。
人が文句を言ってもお構いなしにルフィは楽しそうに会話を続ける。

私は、背後でキャッキャッと盛り上がっている友達の声が気になってしまって、ルフィの話なんて全く頭に入ってこない。

勘違いに勘違いを重ねた友達は満足したらしく、いつの間にか帰り支度を終えていて「じゃ、また今度ゆっくり聞かせてね。」と手を振りながら、私とルフィの横を通り過ぎて帰って行ってしまった。


茫然と立ち尽くす私を余所に、何故かルフィが「おう!またなー。」だなんて、知り合いでもないのに手を振って応えている。







改めて、厄介なヤツを好きになってしまったものだと思い知らされた。








案の定、次の週にはクラス中どころか学年中、学校中に噂が広まっていた。
私とルフィが付き合っていると。

中学生の時にルフィと同じ学区だった友達の話では、どうやらアイツはそれなりに有名だったらしく、ファンの女の子もいたとか。

先輩、後輩問わず何人からも告白されていたにも関わらず断り続けている。


そんな絵に描いたような人気者の話を聞かされて、気持ちが暗く重く沈んでいくのを感じる。
私も、その他大勢のうちの一人に過ぎないと言い聞かされているようだ。


沈んでいく私とは裏腹に噂は尾ひれがついて広がっていく。


1年生と2年生が付き合ってるなんて大して珍しいことでもないだろうに、廊下を歩いているだけで見知らぬ下級生に「ほら、あの人だよ。」等と囁かれる始末だ。
まるで後ろ指をさされているようで気分が悪い。そもそも、私とルフィは付き合ってもいないのに。



そのうち飽きて噂もなくなるとは思うけれど、ルフィの前でいつも通り振る舞える自信がない。
ルフィだって、ここまで広がっているなら噂を耳にしているだろうし。





今日は部活もないし、授業が終わったらさっさと帰ってしまおう。
そそくさと逃げるようにして下駄箱に向かうと、見たことのある後姿がいた。


水色のウェーブのかかった長い髪。



「…ビビ。」

聞かなくても、ビビが私を待っていたんだとわかった。


「ナミさん。聞きたいことがあるんですけど、時間大丈夫ですか?」


芯の強そうな瞳。
断れるわけがなかった。




人目を避けて、下駄箱近くの教科準備室がたまたま空いていたので場所を移した。

私が扉を閉め切るのと同時に、ビビが待ち切れなかったと言わんばかりに切り出した。


「ナミさん、ルフィさんと付き合ってるってホントですか?」


質問は予想通りのものだった。


「…付き合ってないわ。ただの噂よ。」


今まで、友達に聞かれる度に何度も繰り返してきたのに、喉の奥にひっついた言葉を剥がすようにヒリヒリと痛む。


「本当ですか?」
「ええ、本当よ。」


ビビの顔がパッと明るくなる。

「良かったぁ…。」

呟いてから、しまったと言うように口元を押さえる。


ビビは耳まで真っ赤に染めて、小さく小さく告げた。


「私、ルフィさんのことが好きなんです。中学生の時から、ずっと。」


驚きはしなかった。
やっぱりそうだったかと、やけに冷静に納得していた。

すごく遠いところから景色を眺めているような客観的な自分がいる。


「本当のことが聞けてよかったです。ありがとうございます。」と、丁寧にお辞儀をしてビビは準備室を後にした。


背筋を伸ばして綺麗に歩く後ろ姿に、嫉妬や妬みなんていう感情は向けられなかった。



「協力してくださいね。」等ということは言わなかった。

「誰にも言わないで下さいね。」と私を疑うこともしなかった。




私が出会うずっと前からルフィのことを知っている。




ルフィの携帯電話に最初に登録されたかったからって、それが一体何なのだろう。





ビビが去って行って暫く経ってから、漸く私も教室を後にした。

足が重くて引きずるようにして、トボトボと校門に向かう。





地面ばかり見ていたから、すぐに人影には気がつかなかった。



「今日はよく会うなー。あ、でも学校の中だから当たり前か。」


「ルフィ…。」


いつもの笑顔に、何故だか泣きたくなった。






私と同じこの気持ちを、ビビはどれほどの時間、胸に秘めてきたんだろう。







2人の間に吹く風が、夏から秋に変わる匂いがした。









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