残夏



こんなに長く感じた夏休みは、人生初め
て。



私は毎年の夏休みをどうやって過ごしてき
たのかわからないほど暇を持て余してい
た。


あの花火大会以来、ルフィと会うこともな
ければ連絡すらとっていない。
ルフィが携帯電話を持っていないのもある
けど、第一、連絡をとってどうしようと言
うのだろう?



「会いたい」なんて気軽に言えない。



私たちは、そんな関係じゃない。








部活で学校に行くたびに、グラウンドから
対角線上の体育館を盗み見るのがいつの間
にか癖になっていた。


バスケットボールの弾む音と掛け声が聞こ
えるだけで舞い上がってるなんて、相当重
症だ。


自分が自分じゃないみたい。


「ナミさん、大丈夫?」

「えっ…なっ何?」


後ろから突然声を掛けられて、思わず声が
上ずってしまう。

振り返るとサンジ君が立っていた。体育館
を見ていたことに気づかれたかもしれない
と思うと、かなり気まずい。


「そんなところにずっといると熱中症で倒
れちゃうよ。」


言われてみると、降り注ぐ日差しから私を隠してくれるものは何もなかった。
木陰にいたはずなのに太陽の位置が変わっ
ていることに気づかないほどボーッとして
たらしい。


「あ、ありがとう。」

「はい、休憩。」

サンジ君から冷えたスポーツドリンクを手
渡される。

「水分補給忘れないで。」

相変わらず気が利く。
気が聞くし、優しい。

関心を超えて、尊敬の眼差しを向けてしま
うわ。




『あいつのことが気になる?』



そういえば…と、お祭りの夜ことを思い出
す。

『あいつ』って誰のことだろう?

…なんて、考えるまでもない。

察しのいいサンジ君のことだから、私自身
が気づくよりも先に私の気持ちに気付いて
いたのかもしれない。

でも、そんな風に仄めかしたのは、あの時
の1回限りで、それ以来は一切問い詰める
ようなことはしてこない。
あの告白以来も、全く態度を変えずに私に
接してくれることに感謝をしていた


私は曖昧にしたまま、まだ何の返事もして
いないのに。


…ちゃんと言わなきゃ。


「あのね、サンジ君…。後で、」

「おーい、サンジー。」


ウソップが嬉しそうに駆け寄ってきて、そのままの勢いでサンジ君の肩に腕を回す。


「何だよ、ウソップ。ナミさんとの二人っ
きりの邪魔すんじゃねぇよ。」
「いーこと思い付いた。」
「抱きつくんじゃねぇ!暑苦しい!俺に
抱きついていいのはレディ限定だ。」
「いいから聞けって。すげー作戦思い付い
たんだよ。」
「そう言ってロクな作戦だった試しが無い
けどな。」

ウソップに促されるままに、サンジ君が
チームメイト達の方に連れて行かれそうに
なる。


「あ…。」

「そういや、ナミさん、何か言いかけてな
かった?」

「んー、何でもないわ。」

振り向いたサンジ君に、ヒラヒラと手を
振ってこたえた。
「後で話す時間ある?」なんて第三者がい
る前では切り出しづらい。


今日は夏休み最後の部活だから、この機を
逃してしまうと、サンジ君と話せないまま
新学期を迎えることになる。



でも、話すタイミングを逃したことに少し
安心している自分もいた。











夏休みが明けて、初めての金曜日。

4時間目が終わると、私はろくにお弁当も
食べずに教室を飛び出していた。

急いで向かう先は決まっている。

もつれそうになる足で、何とか堪えながら
屋上へ向かう階段を駆け上がる。



2階から一気に駆け上がったものだから、
息切れはしてるし汗ばんでしまっていた。


呼吸を整えて、屋上の重い扉を引く。





澄み切った空の青よりも先に、目に飛び込
んできたのは、フェンスから景色を見渡し
ているあの後姿。



久しぶり。


元気だった?



夏休み何してた?




どれも違うような気がして、何て声をかければいいのかわからず、一歩一歩近づいていく。



心臓がドキドキうるさいのは、さっき走っ
たせいだけじゃない。



深呼吸して落ち着いてから声をかけようと
している私の状況なんて、アイツは読んで
はくれない。



「おー!ナミー!」


振り返った時の、久しぶりのあの眩しい笑
顔に、ほんの一瞬だけど私は確かに心臓が
止まったと思う。


「ルッ、」


声が喉に貼りついたみたいに、上手く音が
出せない。



焼けた肌も、


短く切った髪も、



背も…伸びたかもしれない。



1か月前までは中学生のあどけなさが残っ
ていたのに、これは反則。



いつもの笑顔を見たら緊張が解けて、心臓
のドキドキもおさまるかと思ってたのに増
してく一方だ。


「…焼け過ぎじゃない?」

頭の中で準備していたことなんて全部吹き
飛んでしまって、代わりに可愛げのない言
葉が勝手に口から出る。

「そうなんだよー。俺、一週間海に行って
てよー。背中も肩も痛ェんだよ。」
「一週間も?旅行?」

ルフィと同じようにフェンスを背凭れにし
て隣に並ぶ。

「バイト。毎年、知り合いの海の家手伝い
に行ってるんだよ。ゾロとサンジと3人
で。あいつら、ケンカばっかするから大変でさー。」
「ふ、ふーん。」


何だか面白くない。

幼馴染3人が海でバイトしただけの話。
そこに私がいないのは当たり前なのに、嫉
妬してる。

別に一緒にバイトしたかったわけじゃない
けど、一言教えてくれても良かったんじゃない?


1日ぐらい遊びに………顔を見に行きたかっ
た。


サンジ君もそんな話は少しもしてくれな
かった。
自分勝手な八つ当たりをぶつける。


「じゃーん!」

能天気なルフィの効果音とともに目の前に差し出されたのは新品の携帯電話。

「どうしたの?」
「バイト代で買ったんだ。部活の奴らに、
ケータイ無いと不便だって怒られてよ。」
「部活の奴ら、ね…。」
「ん?何か言ったか?」
「別に。」

まさか私と連絡を取りたいから携帯電話を
買っただなんて思ってもいないけど、夏休
みは幼馴染と過ごして、携帯電話は部活の
仲間のためだなんて、そんなのちっとも面
白くない。

まるで私は蚊帳の外。

それに部活ってことは、もちろんマネー
ジャーのビビも含まれているはず。

いきなり頭の中にモヤモヤが広がってき
た。
さっきまで浮かれていた自分なんてとうに
消えていた。




「変な顔。」

「失礼ね!変な顔なんかしてないわよ。」


至近距離でルフィに顔をのぞき込まれて、
反射的に顔を逸らしてしまう。

「ん。」

「え?」

何かを手渡されて、手の中のものを確認す
るとルフィの携帯電話。

「これをどうしろと?」

「俺、使い方よくわかんねぇんだよ。お前
の番号入れといてくれ。」

「し、仕方ないわね。」



…こいつ、私の番号をさらっと聞いてくるなんて、なかなかやるわね。
私は、本当に仲の良い友達としか番号交換
しないんだからね。

ぶつぶつ文句を言いながら操作をしている
と、不思議なことに気づく。

「あんた、まだ誰も登録してないの?」

アドレス帳にはキレイさっぱり一人も登録
されていない。

「面倒くさいのはわかるけど、買った意味
がないでしょ?」

はい、と登録し終わった携帯電話をルフィ
に手渡す。

「そうなんだけどよ。お、かかった、か
かった!」

初めての携帯電話がそんなに嬉しいのか、
キラキラと目を輝かせている。

スカートのポケットの中の携帯電話がバイ
ブで着信を告げる。

「何してんだよ。早く出ろよー。」

携帯電話を耳に押し当てたまま、ルフィが
こちらを睨んでくる。

「何してんだって…」

それはこっちのセリフ。
携帯電話のそもそもの使い道を理解してな
いんじゃないかと不安になるわ。

渋々、ポケットから取り出して電話に出
る。

「…はい。」
「お!ナミかー?俺だー!」
「そりゃわかるわよ。」
「そうか?ケータイって、すげーなー。」
「電話代がもったいないわ。何やってん
の?」

この半径1メートル以内で、ずいぶんとお
かしな光景だと思う。

「もう切るわよ。」

「俺さー、ケータイ買ったら1番にナミに
教えたかったんだ。
だから他のやつらには内緒にしてた!」



携帯電話を通して耳に貼りついた声が、言
葉が、一気に体温を上昇させる。





今年の最高温度を更新した。







まだまだ暑い、9月。



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