夏の夜の秘密 3


出目金のストラップには鈴が付いていて歩く度にチリンチリンと涼やかな音がする。
もうすぐあの角を曲がったら駅に着く。わざと歩みを遅めてみても、それは何の効果もない。




あっという間に、駅。



「送ってくれて、ありがとう。」
「おう。」
「あ、あの…」
「ん、何だ?」
「いや、その…。」

何だが別れ難くて話題を探そうとしたけど何も出て来なくて、しどろもどろになってしまう。
落ち着き無く視線を泳がせる私を、ルフィは急かすわけでもなくキョトンとした顔で見つめる。それが余計に気まずい。

「お!」
「えっ?」
「花火大会行きたいのか?」

私の視線の先にたまたまあった花火大会のポスター。それに気付いてルフィが聞いて来た。

「あー、うん。まぁ、そうかな…」

特に否定する理由も思いつかず、その場をうまくやり過ごしたくて私は曖昧に笑って答える。

「一緒に行くか!」




「………え?」



私は、きっと間抜けな顔をしていたと思う。

思いがけないルフィの提案に聞き返すのがやっとだった。


「何だよ、変な顔して。行きたくねぇのか?」
「い、行きたい!」


「…おもしれーヤツ。」


思わず大声になってしまった私を見て、一瞬驚いてから呆れたようにルフィが笑う。
たまに見せる大人っぽい笑い方。


「じゃあ約束な。」
「う、うん…。」






*****






ベッドの上で大きなため息をついて寝返りを打つ。



今日は1日のうちに色んなことがあり過ぎたな…。


目を閉じると今日の出来事が次々に浮かんで来る。
サンジ君のこと、ルフィのこと。



サンジ君の時は胸がホワッと暖かくなるのに、ルフィの時はギュッと締め付けられたみたいに苦しくなるのは何でだろう…。




ルフィに早く会いたいような、会いたくないような、複雑な気分。



ルフィは他に誰か誘うのかしら?


でも、もし誘わなかったら、それってまるでデートみたいじゃない?



花火大会はすごく楽しみ。

すごく楽しみだけど、すごく、憂鬱。



何でアイツのことで私だけが一喜一憂しなきゃいけないんだろう。











花火大会までの一週間ずっと同じようなことばかりを繰り返し考えていた。





お祭りの日と同じように待ち合わせは6時半に駅前。

私はこの前と同じようにルフィは遅れて来るんだろうと予想して、それでも約束の5分前には着くようにした。



意外なことにルフィは時間通りに来た。



「あら、ルフィ。今日は遅刻しなかったのね。」

準備しきれずに浮ついている心を落ち着けるように、わざと憎まれ口を叩いてみる。

「お、おう…。」

ルフィらしくない鈍い反応に首を傾げる。

「どうしたの?」
「…何か、いつもと違う。」
「え?…ああ、これ?」

私は着ていた浴衣の袖をつまんで、くるりと一周回って見せた。

お祭りの時に見た周りの女の子達の浴衣姿がすごく眩しく見えて、私も着てみたくて、実は貯めていたお小遣いから少し奮発して買ってしまった。
白地に大きく牡丹と蝶の模様が入った浴衣。
自分でも、少し私にはおしとやか過ぎるかなとも思ったけど、見つけた時はこれがすごく可愛く見えて思わず衝動買いしてしまったのだ。


折角の花火大会だし、夏しか着れるものじゃないし。
別にルフィのために着るわけじゃない。




そう言い訳つけて。


「変かしら?」
「いや、別に。変じゃねぇぞ。」
「そ、ありがと。」

予想通りの素っ気ない返事に肩の力が一気に抜けた。それと同時に少しガッカリもした。


ルフィは誰も誘わなかったみたいで、結局私とルフィの2人きり。


私が男の子と2人で出かけるなんて結構特別なことなのよ?

それともルフィにとっては、女の子と2人で出かけることは何の意味もないことなの?




花火会場に近づくにつれて増えて来る人集り。家族だったり、友達だったり、カップルだったり。



私とルフィは一体何なんだろう…?



考え事をして下を向いていた所為で通りすがりの人と肩がぶつかる。
「あっ、」と驚いて後ろに倒れるのを何とか堪えたものの、前から後ろから人の波に押されて一気に広がるルフィとの距離。



やだ、この前みたいにはぐれちゃう。
今、ルフィとはぐれたら、本当にひとりぼっちになっちゃう。


一瞬で不安が頭いっぱいに広がって泣きそうになった次の瞬間、いきなり強い力で引き戻された。



「危ねーな。フラフラどっか行きやがって。」
「ご、ごめん。ありがと…。」


ルフィが少し乱暴に私の手を引っ張ったまま歩き出す。


「なーんか、その格好だといつものナミじゃないみたいで調子狂うんだよな。」
「何よ!悪かったわね。似合わないのに浴衣なんか着て来ちゃって。」
「ちげーよ。何か見てて危なっかしいんだよ。」
「変だって言いたいんでしょ?」
「すげー可愛いって思ったんだぞ、俺は。」
「…そっちこそ、いつものルフィじゃないみたいで調子が狂うわ。女の子にお世辞言えるようになったのね。」
「お世辞じゃねーよ。本当に思ってるぞ。」
「あっそ。」



本当に、調子が狂う。



耳まで熱くて繋いだ手から熱が伝わりそうで、恥ずかしくて手を離したいけど、離れないようにと指先にそっと力を込めた。









花火会場から少し離れた橋の上なら少しは空いているだろうと思っていてけど甘かった。

見渡す限りの人、人、人で、ゆっくり見物という雰囲気でも無さそうだ。
それでも始まると、すぐ花火に夢中になってそれほどは人ごみも気にならなかった。
ただ低いところで打ち上がる花火は前の人の頭に隠れてよく見えない。少しだけ背伸びをしてみたり、前の人達の隙間から覗き込んでみたりしている私にルフィが気付いた。

「見えないのか?」
「ちょっとね。」
「それなら早く言えよ。」


何かいい方法あるの?と聞く前に私の体は宙に浮いていた。

ルフィが私の膝の裏に腕を回して肩の高さまで持ち上げていたのだ。


「ちょ、ちょっと下ろして!」
「何でだよ?見やすいだろ?」
「やだやだやだ!バカバカバカ!早く下ろして!」
「そんなに嫌か?いい考えだと思ったんだけどなー。」

ルフィは文句を言いながらも渋々下ろしてくれた。

本当に信じられない。赤ん坊や動物じゃあるまいし、公衆の面前で抱き上げるなんて。

そういえば、コイツはそういうヤツだったわ。人との距離感をわかってないし、女の子の扱い方を知らないのよね。他の子にも普通にこういうことをしちゃうのかしら?

そう思うと、少しだけ………ううん、すごく、嫌な気分がした。




少し騒いでしまったせいで、人目が気になって私は残りの時間は花火どころではなかった。



花火大会が終わって帰るときも「はぐれたら危ないから」と当たり前のように手を繋いでくるルフィに戸惑ったけど私は黙って握り返した。



今日の私はすごく変だ。


楽しいのに苦しくて、嬉しいのにズキズキする。

正反対の心が同時にある。






手を繋いでいてもルフィの考えていることが何もわからなくて、何故だか苦しくて切なくて泣きそうになる。私はルフィの半歩後を遅れて歩く。


お昼休みの屋上ではいつもどんなことを話していたのが思い出せないほど話題が出て来ない。何を話せばいいのかわからなくて、心臓のドキドキとストラップの鈴の音だけがやけに耳につく。







駅に着くとあっさりと手が離された。

いきなり空っぽになった掌が寂しくて、私はギュッと片手を握りしめる。


「じゃあな。」
「じゃあね。」
「またな。」
「うん、またね。」
「気ィつけて帰れよ。」
「ルフィもね。」
「おう。」


同じような短い言葉を繰り返しただけで、ルフィと別れた。




私はその場から離れられなくて走り去って行くルフィの背中をずっと見ていた。

見えなくなるで、ずっとずっと。




今まで何度同じ気持ちでルフィの背中を見てきたんだろう。




どうして、今まで気付かなかったんだろう。




気付かないフリをしていただけかもしれない。










私、ルフィのことが好き。





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