『返事はいつでもいいよ。』
サンジ君はそう言った。
幸い今日から夏休みなわけだしサッカー部の練習が始まるまでは一週間あるから、それまでは顔を合わせることもないけど、どんな顔をして会えばいいのかわからなくて困る。
「ふぅ…。」
家に帰って来て1人、自分の部屋でため息をつく。 さっきまで外にいたのに蛍光灯の明かりの下の方が暗く感じるのは何でだろう?
あんな風に真剣に告白されたのは初めてで、すごく驚いたし、嬉しくなかったと言ったら嘘になる。 断ることができなかったのも事実。
サンジ君を傷つけたくないとかそんな理由じゃなくて自分の気持ちがよくわからなかったのだ。
サンジ君と話している最中にアイツの顔がふいに過って頭が混乱した。
*****
何も言えなくて黙り込んでいる私を誘導するようにサンジ君は優しい口調で話を続けた。
「俺のこと嫌い?」 「嫌いじゃないわ。」 「じゃあ前向きに考えて欲しいな。」 「でも…。」 「答えは急がなくていいよ。」 「……。」 「今まで俺をそういう対象として考えてなかったでしょ?だから、これからはそういう対象として見てくれたら嬉しい。」
サンジ君の真っすぐな視線が痛くて俯くと、同じぐらいのタイミングで携帯電話の着信音が鳴った。 どうやら音の出どころはサンジ君のようで、サンジ君は面倒臭そうにポケットから取り出すとディズプレイに表示された名前を睨みつけてから電話に出た。
「おー、ウソップ。今どこだ?ああ、あー…わかった。ん?ナミさん?ナミさんも一緒だよ。」
別に2人でいてやましいことなんか何もないのに、ウソップに知られたことに動揺する。
サンジ君は電話をしながらも私から視線を逸らさない。
「わかった、わかった。一回切るぞ?後でな。」
向こうが話しているのを遮るかのようにサンジ君は捲し立てて、パタンと二つ折りの携帯電話を閉じる。
「あいつら、やっとケータイ持ってること思い出したか。」 「あ…。」
確かに、はぐれた時にすぐ電話で連絡を取り合えば良かったのに思いつきもしなかった。 でもサンジ君は最初から気付いていたみたいだ。
じゃあ、何で…。
「ナミさんと少しでも2人きりで居たかったから。」
私の表情だけで全てを察したサンジ君がイタズラっぽくウィンクをする。 そんなサンジ君を少しだけ可愛いと思ってしまった。
*****
サンジ君はずるい。
そんな風にされたら断れないじゃない。
ううん、ずるいのは私。 私は色んなことから逃げてる気がする。
何にも考えたくなくて、机から離れてそのままベッドに倒れ込む。その拍子にベッドに投げ出してあった携帯電話がゴトッと音を立てて床に落ちる。
慌てて拾い上げると、不細工な出目金のストラップと目と目が合った。
「これのどこが私に似てるのよ…。」
文句を言っても何も言い返して来ない出目金を睨みつけて、人差し指でピンと軽く弾いた。
*****
「お前ら勝手にいなくなるなよ!心配したんだぞ!」
みんなと合流するとルフィは少しご機嫌斜めのようだった。 ウソップが宥めようとしても子供みたいに頬を膨らませて聞こうとしない。
結局、ルフィ1人がふて腐れたまま帰ることになってしまった。
神社から出るとみんな帰り道の方向はバラバラで、私だけ駅に向かおうとしたら「途中まで送る」と言ってくれた。
驚いたことにサンジ君よりも先にルフィが。
サンジ君が「俺が」と言いかける前にルフィはさっさと歩き出した。
「ナミ、行くぞ。」 「は、はい!」
ルフィの強い口調に少し気圧されて私は小走りで追いかける。
「サンジ君、ありがとう!みんな、またね!」
振り返って、目が合った時のサンジ君が笑顔で手を振ってくれて安心した。
ルフィが送ってくれると言い出したものの2人の間に何も会話が無くて空気が重い。ルフィは決して歩調は早くはないけど、私は隣に並べずに2、3歩後をついていく。
せっかく仲直りできたのに、2人で歩いているのに、心は沈んでいく一方で泣きたくなってきた。
「あ、あのね…ルフィ。みんな勝手にいなくなったわけじゃないのよ。」
思い切って、背中に話しかけた。ルフィは何も言わない。
「ねえ、聞いてるのっ!?…ぶっ。」
追いつこうと足を速めた途端にルフィが急に立ち止まるものだから、私は思いっきりルフィの背中に顔をぶつけてしまった。
「ちょっと!いきなり止まらないでよ!」 「ん。」
ルフィは振り返るとポケットから何かを取り出して拳を私の前に突き出す。
受け取れという意味だと理解して掌を差し出すと、コロンと落とされたのは出目金のストラップ。
この不細工なストラップが一体どうしたというのだろう?
私は首を傾げてルフィを見つめ返す。
「それ、ナミに似てるだろ?さっきみんな探してる時、屋台で売ってるの見つけたんだ。」 「なっ、似てないわよ!これのどこが!?」 「だってお前怒ってるとこういう顔するぞー?」 「ひどい!こんな顔してないわよ!」 「そうかぁ?ナミに似てて可愛いと思ったんだけどな。」 「………えっ?」 「それ、やるよ。あ!でも買ったのナミにだけだから、みんなには内緒な。」 「あ…ありがとう。」 「おう!」
ルフィの笑顔はやっぱり眩しくて、私は目を細める。
また駅に向かって歩き出すけど、さっきとは違う理由で私はルフィの隣に行けない。
ただ頬が少し熱いのを感じながら、ずっとこの夜風に当たっていたいと思った。
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