「ねえ、もし本当に、私が船を降りるって言ったら、ルフィはどうする?」 いつものように、船の縁に腰掛けて、釣れもしないのに海に釣糸を垂らしている背中に問いかけた。 …聞こえなかったのかな? そう思わせるぐらいの間が空いてから、ルフィがこっちを振り向いた。 「何でいきなりそんなこと聞くんだ?」 少し不機嫌そうに聞き返される。 私は、それに気付かないふりをして答える。 「別に。どうするのかなって、ちょっと気になっただけ。」 ルフィが、すごく怒った、って聞いたの。 音貝を聞いて勘違いしたルフィが、 仲間の強さを信じずに私がシキのところへ行ったと思ったルフィが、 すごく怒った、って聞いたの。 「おおお俺、あんなルフィ見んの初めてで、スゲー怖かったんだぞ…!」 「いやー、アイツとは付き合いの長いこの俺様でも手に終えなかったな。」 「アイツはガキなんですよ!ナミさん。」 「………。」 「純粋で真っ直ぐで、ルフィらしいじゃない?」 「まっ、バカが付くぐらい素直ってことよ!」 「それがルフィさんの魅力でもありますよねー!そんなことより、ナミさん。パンツお見せして…ガフッ!」 私だけが知らないの。 ルフィがどんな風に怒ったのか。 みんなを裏切って、 船を奪って、 アーロンのところに行った時でさえ、 怒らなかったルフィが、 私を怒るのは、どんな時なんだろう。 ずっと気になってたの。 だから、ルフィが怒ったって聞いた時は、すごくすごく嬉しかったの。 いつも私の前では、飄々として、大抵のことを笑って済ますこの男の感情を、大きく揺り動かしてみたかった。 「ねぇルフィ、どうするの?」 私は少しおかしいのかもしれない。 彼を怒らせたくて、 彼に怒って欲しくて、 わざと意地悪なことを聞いている。 「…お前、船降りたいのか?」 返ってきたのは意外な反応。 「そんなわけないじゃない。『もしも』の話よ。」 「そんな『もしも』の話はするな。」 いつもより少し低いルフィの声。 もう少し食らい付けば、ルフィが怒り出すかも。 そう思ったら益々意地悪したくなる私がいる。 「先のことはわからないじゃない?いつか、そういう時が来たらどうするの?」 「ホントに降りたくなったら、その時に言え。そしたら考える。」 「考えるって、何を?」 「お前を引き留める方法。」 そう言ったルフィの顔は、自信たっぷりで、思わず目を細めてしまうほどの眩しい笑顔。 私は、彼に怒ってもらうタイミングを完全に逃してしまった。 悔しいなぁ。 私のことで、焦ったり、怒ったり、泣いたりするルフィが見てみたいのに。 結局、私の方が彼の思い通りになってしまうんだ。 でも、何だか今、ちょっと嬉しいから、 まぁ、いっか。 |