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 ――性同一性障害


 脳の作りが体の性と異なる性を持って生まれてくる先天性の障害である。
 最近では有名になってきてはいるが、まだ理解を得られるまではいっていないのが現状である。

 宇佐美はこの障害を抱えて生まれてきたのだ。
 自覚をしたのは小学生の高学年のときであった。
 中学生のとき、病院でもそれだと診断され、両親の理解も得た宇佐美は自分の障害を受け入れ生きてきた。
 第二次成長に悩まされたときもあった。
 中学校では不安しかなかった。
 自分を受け止めるには早すぎたし、自分のちょっとした行動が変に思われていないか考えるだけで一日が終わっていた。
 だから、入学当初から優しく、短い付き合いながらも信頼していた台には話した。
 ずっと思っていたのだ。
 相談できる友達がいればと。
 もしもの時に助けてくれるような……
 台も最初は戸惑い、関係も疎遠になりかけたが、紆余曲折あったものの今は宇佐美をまっすぐ見てくれるようになった。
 それから二人は親友としてスタートしたのだ。

 そんな宇佐美だが、障害を持っていることはまだ台にしか言ったことがない。
 この学校でも、今まで生きてきた中でも、同性と付き合ったことはないから、ホモだと言われるようなことはしていないはずなのに。

 なのに、この張り紙は宇佐美のことをホモだと囃し立てているのだ。

「誰だよ、こんなことしたやつ……剥がすぞ」

 言うが早いか。
 台は少々乱雑に張り紙を剥がしていく。

「……うん」

 宇佐美もそれに続きゆっくりと張り紙に手を伸ばす。
 怒りよりも先に恐怖に襲われ上手く手指が動かなかった。

 きっと何人もの人がこの張り紙を見たのだろう。
 考えられるだけでもこの体育館に朝練に来ていたバスケ部は見ているだろう。
 もしかしたら、張り紙はここだけじゃないかもしれない。

 その思いが浮かんだ瞬間、宇佐美は本格的に体の震えを止めることができなくなった。

 張り紙を剥がしたあと、宇佐美は一人で教室にいくのが怖くなった。
 他のところにも張り紙があるのではないかと思ってしまってからその事しか頭になかった。
 そんな姿を見て、気を利かせた台が朝練をやめて一緒に教室に行ってくれることになった。
 だが、台が着替えにいってる数分間にも事件は起きた。

 台が去っていってから強くなった好奇と嫌悪の目。
 剥がしている間も朝練をしていた人たちから晒されていたことは晒されていたが、一人になった瞬間、バスケ部だろう、男子が数人近づいてきた。
 同学年なのかも先輩なのかもわからない。
 この二条宮高校は一学年6クラスの大規模高校。
 入学して3ヶ月の宇佐美にはクラスメートと教師を覚えるのに精一杯だ。

 ともかく、近づいてきた彼らが嫌な目をして口元に笑みを浮かべてこっちに来るのを黙ってみているしかなかったのだ。

「ねぇ、ねぇ。君さあ本当にホモなの?」

 一人が聞いてくる。
 確信しているのにわざと聞いていることがありありと分かる。
 何も言えなくて、うつむくとさらに違う人に質問される。

「じゃあ、坂井と付き合ってるの?」

 とっさに首を振る。
 これ以上、台を巻き込んじゃダメだと思っての行動だったが、そのせいで、反応しなかった最初の質問を肯定ととらえられてしまった。

「おいおい、じゃあホモは本当かよ……」

「やっぱホモかよ!!」

 一人がわざと大きな声で言った。
 体育館にいた人全員がこっちを向いてヒソヒソと何かを言ったり笑ったりしている。

「ウサ!!……ちょ、先輩どいてください」

 台が来た。
 走ったのだろう、ぜぇぜぇと荒い息を吐いて、ブレザーもカーディガンも着てない。
 相当焦って着替えたのだろう、よくみると靴下も学校指定のものに変えてない。
 やっと、先輩たちはにやにやしながら退いてくれた。
 台に腕を引っ張られ、体育館を後にする。

「ごめんね。台……巻き込んじゃった」

「別にいいよ。ウサの親友になったときから覚悟してたから」

 普段は小さな背中が、今日は大きく見えた。



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