南次郎さんのアドバイスを得て、私は何をすればいいのか考えていた。

彼の生きた痕跡を見つける。
愛しい彼が、確かに存在していた証を伝って、私は必ず辿り着いてみせる。
それがどんな結果になっても、私はそれを受け入れてみせる。
おばあちゃん。ごめんね。
私は、彼に会いに行くよ。
どんなに危険でも怖くないよ。
顔も声も思い出せなくても、彼が私に会いたくないって思っていても、私の独りよがりでも、寂しい世界から引っ張り出してあげたい。私が。私が。



「赤也。」


次の日私は、私は廊下歩いていた赤也を追い掛けて声をかけた。
特徴のある黒髪、周りよりも高い身長、バランスの取れた筋肉。かっこいい背中。
赤也は相変わらず前しか見えてないけれど、周りにいる女の子たちはみんな思わず振り返る。
昔の私は、そこで赤也に話し掛けるのを諦めていた。
私がついていくのを止めたような、赤也に置いていかれたような、複雑な気分でいた。
彼だけだった。
彼だけが、私をみっともなくさせる。
なりふり構わず、周りの女の子たちなんか見えなくなって、押しのけて、彼の元に行きたくなる。


「あ、ああ。Aか。なんだよ。お前から話しかけてくるなんて珍しいじゃん。」

「う、うん。そう?」


先日、嵐みたいな日に旧校舎近くで私が倒れた後で怒鳴ったのを反省しているのか、赤也はここ数日私の様子を教室に覗きに来るくらいで他は大人しかった。
見て私が教室にいれば何も声は掛けて来なかった。
こっそり旧校舎に行ったことやお寺に相談しに行ったことは赤也には言っていない。
知ったらどうして黙ってたんだとか怒りそうな気がする。
とりあえず、私が何かに巻き込まれると一番心配してくれるのは赤也みたいだ。
休日を挟んだこともあり、相変わらず気まずい雰囲気は残っているけど、もう怒ってはいないらしい。
お互い罪悪感があるせいで、私たちの一言目には戸惑いが隠せていなかった。


「体調はもういいのかよ。」

「うん。もう大丈夫だよ。」

「こないだ倒れたばっかなんだから無理すんなって。」

「わかった。」


私が素直に頷くと赤也は優しく微笑んだ。
赤也がふとした時に見せる優しい表情。
本人が無意識に浮かべているらしいその静かな笑顔に、赤也は男の子だなぁなんて今さらながら思う。


「あのね、聞いて欲しい話があるの。赤也は嫌がるかもしれないけど、でも聞いてほしいんだ。聞いて、くれる…?」


赤也は目を見開いて必死な私を見つめた。
周りは真面目な雰囲気を醸し出している私たちを避けていく。
赤也は人目を気にせず私の頬を撫でた。
親指が私の乾いた目元をなぞる。


「泣いてんの…。A。」


私と別れてから、また大人びた赤也の表情に、私はようやくはっとした。


「な、な、泣いてないから。」

「なに赤くなってんだよ。はは、バーカ。」

「いきなり触るからびっくりしただけ!もう…。」

「そーそーちょっと落ち着けって。Aらしくないじゃん。話、俺、ちゃんと聞くから。つーかお前が話してくれんのずっと待ってたし。」

「ええっ!」

「何かあったのかって何回聞いてもお前なんも言わねぇから。俺めちゃくちゃ心配したんだからな。」

「ごめん…。」

「ありがとうは?」

「あ、ありがとう。」

「赤也くん大好きですは?」

「赤也!」

「ははは、ちぇーやっぱ駄目か。」


赤也はぱっと私の手を掴んで窓から見えるテニス部の部室を指差した。
どこから出したのか部室の鍵をちらつかせて赤也は得意げに笑った。


「次サボろうぜ。」

「えー!」

「いいっていいって。授業よりAの話のが一大事!」

「なんか微妙に間違ってるんだけど…。」


私は溜め息をついて赤也と一緒に部室に向かった。
久しぶりに入った部室は記憶とほとんど変わっていなかった。
部室の隅に変な置物が置いてあったのをなんとなく手に取った。


「これ何のお土産?」

「知らね。もうすぐ大会だからってあいつが置いてった。魔除けのなんか。」

「まよけ…。」


思わずあだ名が悪魔だった赤也を見つめた。
一瞬後輩たちの嫌がらせかと思った。
赤也な気付いていないようで首を傾げている。
あいつ、とは多分赤也の元カノの後輩だろう。
色素の薄い茶色の髪が綺麗なすごく可愛かったけど、やっぱりかなり変わった子みたいだ。
でもテニス部の健闘を祈ってわざわざ持ってくるくらいだから多分、基本的には良い子なんだろう。
魔除けの置物の周りには他にも小さなものがいくつか置いてあった。
古そうな折り鶴もあった。


「なんか飲む?あ、ジュース見っけ。しい太のか。じゃあいいや飲んで。」

「浦山くん怒らないの?」

「多分。」


久々に名前を聞いたテニス部の後輩は赤也を尊敬してやまない男の子だ。
私と赤也は部室の椅子に座って、ジュースの缶を開けた。


「それで、話なんだけど。」

「うん。」

「信じられないかもしれないけど…。」

「信じるよ。」

「赤也…。」

「信じる。」


赤也の真面目な瞳に背中を押されて、私は赤也に今までのことを話した。
赤也と別れて屋上で彼に出会ったこと、彼が赤也を知っていたこと、赤也を後輩だと言っていたこと、私の霊感のこと、嵐の日のこと、彼が消えてしまったこと。
私は彼を、見つけたいこと。
途中何度も言葉が上手く出なかった。
また付き合おうと言ってくれる赤也に好きな人の相談をする罪悪感にも押し潰されそうになったけれど、赤也は私が話を止めるたびに続きを促した。
彼は、赤也にとっても大切な先輩なんだ。
私はしっかりと赤也に話を伝えた。
赤也は大げさにリアクションを取りながら真剣に聞いてくれた。


「げえぇ、なんか寒くなってきた…。」

「怪談話してるわけじゃないんだけど。」

「お前怖くねぇの?」

「怖かったよ!」

「なんかもうむしろAが怖くなってきた。あ!まさか俺の後ろなんか憑いてたりしないよな?」

「今は霊感ないから…。あ、でも。」

「な、なんだよ!?」

「守護霊とかは、誰でもいるから多分赤也にもいると思う。」

「うっわ無理無理まじ怖ぇぇ!!」


赤也は真っ青になって自分の肩や背後を払っていた。


「せっかく守ってくれてるのに。」

「ナンマイダナンマイダ。ぜってぇ死んだばーちゃんだ。死んだら俺に取り憑いてやるって言ってたし。」


赤也はものすごく必死に拝んでいた。


「でさ、赤也、ちょっと前に私になんとか先輩のこと知ってるのかって聞いたじゃない?その人について知りたいの。」

「え?聞いたっけ。」

「聞いたよ。私の様子が変だって言ってたとき。」

「幸村部長じゃなくて?」

「もっと前の話。」

「ごめん。覚えてない…。てか名前は?」

「覚えてない…。」

「じゃ、特徴とか。」

「お、覚えてない。」

「……………幻覚とか夢じゃなくて?」

「ちゃんと現実だってば!」

「悪ィ。怒んなよ。まじで信じてるって。ていうか、俺の先輩って何の?テニス部かもわかんねぇんだろ?」

「うーん…。でも親しそうな感じはしたよ。テニス部のような気はする…。私の勘だけど。」


赤也や幸村先輩、柳生先輩、それにリョーマくん。
みんなテニス部だった。彼に関わって以来、不自然なくらいテニス部が私の周りに集まっている。
少なくとも、それは彼に関係しているはずだ。


「あー写真あったかな。」


赤也は部室の棚から埃がかかったアルバムを持ってきた。
赤也が中学一年生の時、二年生の時の部員の集合写真を見せてもらった。


「この中にいる?」

「うーん……。ちょっと、わからないかも。」


立海のテニス部員は少なくない。
この中で覚えていない顔を探すのは難しかった。


「あー…他に何かねぇの?特徴とか、なんで死んだとか。」

「あ……、噂、なら。」

「噂?」

「うん。私も詳しくは知らないんだけど、旧校舎の……生徒が屋上から飛び降りた…?って噂。」


赤也は飲んでいた缶を落とした。
ほとんど飲み終わっていたようで零れはしなかったが、机にいかにも合成着色料のような色がついた液体が散った。
赤也は机に手をついて私の方に詰め寄った。


「あか、赤也…?」

「仁王先輩のこと言ってんのかよ!?」


赤也はガタガタと机にぶつかりながら私の隣に回り込んで肩を掴み揺らした。
赤也の必死さに気圧されて私は考えがまとまらない。


「に、おう…?」

「そう!!それ!!仁王先輩!!におうまさはる!!銀色の髪で、この辺まで長くて、この辺りにホクロがあって、変な方言で胡散臭い感じの!!ほらここ!写真にも写ってるだろ!柳生先輩の隣!」

「わ、かんな、…覚えてないよ!でも、噂の人がその人なら、多分その人だと思う…。」


赤也はようやく私の肩から手を放した。
放心している様子で両手で頭をかきむしった。


「………まじかよ…!」


赤也は信じられないような顔をして私を見た。


「つか、仁王先輩死んでないし。」

「……………………………………………え?」


私はしばらくぽかんとした後に、思い切り叫んだ。


「ええええええ!!!!!あ、やっぱり人違い……?」

「や、多分合ってる。」

「なんで赤也がわかるのよ。」

「そっか。そっか…仁王先輩………。屋上にいたのか…。」


赤也は呟いて私の手を取った。


「頼む。A!仁王先輩を助けてくれ。うまく言えねーけど、先輩たちもテニス部も、仁王先輩の事件から、なんか…変わったんだ…。」


赤也の痛々しい声が耳に響いた。
それは多分、悲しい、思い出。


「仁王先輩、今でも入院してる。ずっと目覚ましてないんだ…。」

「……!!」


私にはない、赤也の強さが好きだった。

私が立海に来た時、赤也の立海での地位はすでに揺るがないものになっていた。
全国区のテニス部を束ねる特別な存在。名誉も実力もあって、何ものにも負けない強い瞳は迷いなく真っ直ぐ先を見つめている。
赤也は明るい笑顔で、私に話しかけに来た。


“なぁ、ユーレイ見えるって本当?”


もしかしたら、少し期待をしていたのかもしれない。
病院という現実での最も有力な仁王先輩を助ける方法が手詰まりになって、何でもいいから、霊感とか占いとかそんな曖昧なものでも、仁王先輩を助ける方法を、探していた

のかもしれない。
先輩たちは全員高校に行ってしまって、赤也は部長で頼られる立場で、変なところで意地を張るから弱いところは誰にも見せない強さが染みついていた。
外から来たばかりで、何も知らなかった私にだけは、甘えることができたのかもしれない。


「私も助けたい…。まだ生きてるなら、尚更、戻れる可能性があるなら…!」


私も強く共感すると、赤也は私の手を強く握った。
赤也はありがとうと何度も繰り返した。
それから私たちは授業をサボって何時間も仁王先輩の話を聞いた。
赤也は面白おかしく仁王先輩のことを喋った。

気付けば授業は終わっていて、放課後部活が始まる前に私たちはこっそり部室を抜け出した。
校舎に荷物を取りに戻る。
赤也とは靴箱で別れた。
別れ際に、赤也が泣きそうな顔で笑った。


「俺、Aと仁王先輩を引き合わせるために、Aに会ったのかもしんねーな。だからさ、しばらくは友達でいようぜ。Aと話すの、やっぱ楽しいんだ。」


心臓をぎゅうっと掴まれたような気分になった。
そんなに悲しいことを、そんなに簡単に言ってしまえる赤也は、やっぱりすごく強いんだろう。
私だったら、それが本当でも嘘でも、認めたくないと思うから。
私はそんな赤也に、きちんとした笑顔で頷けただろうか。





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