「親父?帰ってんの?」
襖の向こうから突然若い男の子の声が聞こえた。
「おーリョーマ!丁度いいところに来たな。ちょっとこっち来い。」
「…なに。」
けだるそうに入ってきた男の子を見て、私は「あ!」と声をあげた。
「あれ…。アンタこの間横断歩道で…。もしかしてアンタが立海の幸村さんの知り合い?」
「え…、あ!」
私は幸村先輩にもらったメモ用紙を取りだした。
そこにはお寺の名前と、知り合いの名前として“越前リョーマ”と書かれている。
“話は俺から通しておくから…”
幸村先輩の言葉を思い出した。
「なんだ知り合いか?やるじゃねぇのよリョーマ〜。」
「知り合いじゃないから。」
リョーマくんはつんと言い放って、私の南次郎さんが向い合うテーブルの横に座った。
「この間は…ありがと…。」
「いや別に。ていうか俺何もしてないし…。いっ!」
「コラ!リョーマ!女の子にはもっと優しくしろっていつも言ってんじゃねぇか。親の教育が疑われんだろうが。」
「親父が言うなよ。」
南次郎さんはリョーマくんの頭を小突き指差した。
「こいつは俺のせがれでな、リョーマっつうんだ。俺の代わりにAちゃんをばしっとエスコートするから。」
「はあ!?」
「目つきも口も悪いしAちゃんの一つ下だけど、まぁ役には立つだろ。リョーマしっかり手伝ってやれよ。じゃ、頼んだぜ。今日は駅まで送っていってやれ。」
「俺今から桃先輩と約束が…!親父!!」
南次郎さんはひらひらと手を振って鼻歌を歌いながら部屋を出て行ってしまった。
部屋にはリョーマくんと私が残され少し気まずい雰囲気が流れた。
「あの…私一人でも大丈夫だ…から…。」
リョーマくんがむすっとしたまま私を見たので語尾が小さくなった。
リョーマくんは立って無言で部屋を出て行こうとした。
私は小さく息をついた。
「……なにしてんの。」
「え?」
「駅まで行くんでしょ。」
リョーマくんはすたすたと部屋の外の縁側を歩いていく。
私は咄嗟について行った。
「リョーマくんは、中学二年生なんだ。大人っぽくみえるね。」
「…まぁね。」
リョーマくんと二人並んで、見知らぬ道を歩く。
来る時は全く周りを見てなかったので私はきょろきょろと住宅街を見た。
「リョーマくん、学校どこ?」
「青学。」
「私、引っ越す前はその辺りに住んでたよ。」
「ふーん…。今は立海ってわけ?」
「うん、幸村先輩と同じ。リョーマくん、幸村先輩の知り合いだったんだね。」
「立海はテニスの全国大会の常連校だし、去年は幸村さんと試合したから。今年の関東でも立海と当たるよ。」
「え…!リョーマくんもテニス部なの!?」
「俺がテニスやってちゃ悪い?」
「ごめん。最近知り合う人みんなテニス部だから、びっくりしちゃって。」
「ふーん。」
「私が探してる人も、テニス部だったし。」
「アンタがわざわざうちまで相談しにきたのって人探しのため?なら寺じゃなくてもっと違うとこ行った方がいいんじゃないの?」
「うん、その、でも、探してるのは、幽霊だから…。」
少し悩んで遠慮がちに言うとリョーマくんはびっくりして私の方を振り向いた。
リョーマくんの大きな吊り目が丸くなっている。
綺麗な緑色の目だった。
彼の目は、何色だったのだろう。
私はリョーマくんに小さく謝った。
リョーマくんは溜め息をついて再び歩き出した。
「そっか…あんた霊感あるんだ。」
「今はないけどね。リョーマくんはあるの?」
「あったらどうする?」
「え…、」
リョーマくんは意味有りげに私をじっと見つめた。
思わず固まった私にリョーマくんは噴き出した。
「冗談、俺には全くないんだよね。親父はすごいらしいけど。」
「う、うん。」
「時々さ、幽霊を呼び寄せる体質のやつとか、逆に幽霊が避けていくやつとかいるんだよね。俺は幽霊が避けてく方。自分の周りの悪霊とか災厄とか、そういうのを祓うらしいんだ。親父が言ってるだけで、俺は全然実感ないけど。見えないし。運は良い方だけどさ。」
「へぇ…そういうの本当にあるんだね。」
「だから親父があんたを手伝ってやれって言ったのは、多分そうだからじゃないの。」
「すごい。羨ましいな。」
「………。」
「え?なに?」
「別に…。変なやつ。」
「へ、変じゃないわよ!」
しばらく歩いて駅についた。
ここから電車に乗ればまた見慣れた街に戻れる。
私はリョーマくんにお礼を言った。
「南次郎さんにもありがとうって言っておいて。」
「うん。」
「じゃあ、本当にありがとう。私、頑張るよ!」
「…そ。」
「あ、電車来たみたい。」
私はリョーマくんに手を振って改札へ歩き出した。
これからどうすればいいのかはわかったし、南次郎さんからお守りももらった。
大丈夫、そう自分に言い聞かせて強く足を踏み出す。
「ねえ!」
「え?」
後ろから追いかけてきたリョーマくんに肩を引かれた。
「あんた名前は。」
「え…?」
「だから名前!」
「A…。」
「ケータイ。」
私がまばたきをするとリョーマくんは私の前に手を出した。
恥ずかしいのを必死に隠すようにしているのか顔が赤い。
「ケータイ!あんた鈍すぎ。メアドも知らないで、俺はどうやって手伝うわけ?」
「あ、ああ…。リョーマくん、手伝ってくれるの?」
リョーマくんは何も答えずに自分のケータイを取り出した。
私のケータイと合わせて赤外線でアドレスを送った。
「ありがとう。連絡するね。」
「…すれば。」
「うん。ありがとう。」
「A。」
「…?」
「無謀なことしないでよね。」
「うん。約束する!」
私は改札を通って駅のホームへ向かった。
間に合わなかったから一つ後の電車に乗った。
私が降りる駅の一つ手前で、電車が止まり車内に車掌のアナウンスが流れた。
前の電車が車と衝突事故を起こして立ち往生しているらしい。
電気系統を傷めて乗客は車内に閉じ込められているらしかった。
私は電車を降りて駅まで歩くことにした。
リョーマくんが呼びとめてくれなかったら私も前の電車に乗っていたのだろう。
私が闘おうとしているのは、災厄だとか人の力では抗えないような、大きなものだ。
私はそれでも、彼に手を伸ばす。
嵐の日、私の手を掴んでくれたように、今度は私が追いかける。
だから待ってて。
私の気持ちを伝えにいくから。
私はきっとそのために霊感を持って生まれて、この街に引っ越してきたのだ。
永い時を経て、彼と出会うために。
[←] | [→]