「今日からここで働いてもらう。」
「ゆ、遊郭!?遊郭うぅ!?」
江戸時代全盛期。
これは下町庶民に生まれた私に起こった人生最大の不幸だ。
遊郭に貢いだ父が多額の借金を残して失踪。
借金取りの怖いお兄さん、つまりこの綺麗な顔をしているお兄さん…幸村さんだっけ?に私はむりやり連れてこられた。
壮大な建物は提灯と灯籠の光に反射して黄金色に輝いていている。
満月に見劣りしないほど、闇夜に浮かぶ遊郭は綺麗だった。
私は見たこともないような立派な建物に見入っていた。
「綺麗……」
思わずそう呟くと幸村さんはフフと笑った。
「立海遊郭。今江戸で一番の勢力を誇っている。俺はここの主人だ。」
「はあ…。」
立海遊郭、確かに有名なところだ。
近所の太郎おじさんが色々話してくれてた(お母さんは子供にそんな話を!って怒ってたけど)
立海遊郭を先導に氷帝遊郭とか青春遊郭とかが有名だって。
あとで聞いた話だけど太郎おじさんは氷帝遊郭の主人だったらしい。
どうりで氷帝遊郭について詳しく知っているはずだ。
青春遊郭は庶民向けのわりと手頃な中級遊郭だけど、何人かの花魁は江戸でも人気を争うほどだとか。
200人の遊女と盛大な規模をはかる高級遊郭氷帝の一番の花魁はとても綺麗で江戸で一番人気だとか。
太郎おじさんは立海遊郭を目の敵にしていた。
客から金をとるのがとても上手くて、裏では黒い噂が絶えない…らしい。
「立海遊郭はそこらの遊郭に負けてはいけない。これが掟だ。」
わかったね?と微笑む幸村さんに引きつった笑いを浮かべる私。
「で、でも経験ゼロの私が遊女になるなんて……!」
やっぱりできません!と言うと幸村さんは首を傾げた。
「何を言ってるんだ。」
「え?」
「こんな貧相な遊女を出したりしたら、うちが潰れてしまうよ。」
「ひ、貧相なって…!」
「言っておくが、お前が考えてる以上に雑用は厳しい仕事だよ。使えないと判断したらそこらへんの非道な女郎屋に売り払うから。」
爽やかに笑う幸村さんは目が笑っていなかった。
「お前の父親のツケ、きっちり返してもらうよ。ずいぶんとご執心だったみたいだからね。」
そう言って幸村さんはこの世のものとは思えないような恐ろしい笑顔を浮かべた。
(怖……っ!!ていうか、お父さん誰に貢いでたの!?もしかして幸村さんとか…?確かに幸村さんは女の人みたいに綺麗だけど………)
確かめるように自然と目線を幸村さんの下半身に持っていく。
「お金出せるのかい?」
「ち、違います違います!!」
こんなところでやっていけるのかな…。
お父さんどこに行ったんだろう。
私の頭にはお父さんの口癖「たるんどる!」が繰り返し響いていた。
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