川の前にある少しひらけた場所に着き、叔父は俺と正面から向き合うと、腰に差していた刀を掴んだ。


「叔父さん…?」

「手間かけさせやがって。全く親が親なら子も子だな。」


叔父は人が変わったような声を出して俺を睨んだ。
叔父が他の数人に見張りを立てるように指示すると各所に散っていった。
川が流れる静かな音だけが響く人気のない空間に俺と叔父二人だけ取り残される。
叔父は刀を抜くと切っ先を俺に向けた。


「ここで死んでもらう。」

「叔父さん…っ!」


俺が愕然とした表情を浮かべると叔父は嬉しそうに顔を歪めた。


「なんで…!」

「本家の人間に生きていてもらっては困るんだよ。大人しく囲いの中にいればまだ考えてやったものを…。これからは俺が当主になる。生まれた時からずっとこの瞬間を待っていたんだ。ぬくぬくと育ったお前にはわからないだろうけどなぁ。」

「当主になるため…?そのために俺を殺すっていうのかよ…!」

「そうだ。なぁに心配いらない。お前の父親も、お前の母親も、待ってくれているさ。」

「な…………!!!」


叔父の言葉に耳を疑った。
真っ白になる頭で必死に言葉を絞り出した。


「お前が…殺したのか…!?」

「ああ、分家の全員が賛成してくれたよ。お前の母親が娼婦だった証拠もよく出来ていただろう…?」

「お前…っ!!…っ!!」


俺が叔父に掴みかかろうとするより早く叔父は刀を構えて俺に振りおろした。
半身を捻ってかわし後ろへ飛び退くと体術の構えを取った。
刃が当たったのか肩の辺りに少し血が滲んでいる。
叔父はかわされた刀を見て舌打ちをした。


「楽に死んだ方が身のためだぞ。」

「人殺しになってまで当主の座が欲しいのかよ…!?おかしいだろぃそんなの!!」

「うるさい!!俺がどんな惨めな思いをしてきたか…お前なんかにわかるか!!」

「わかりたくもねぇよ…っ。」

「与えられる物も待遇も全く違う!親から受ける愛情も周りからの優しさも、全部兄上の物だ!家族に敬語を使い、お前らのような奴にまで頭を下げなければいけない屈辱を味わい続けてきた…!兄上から遊女をめとりたいと相談された時は気が狂いそうだった…!あぁぁ俺があんなに欲しがっていた名家の当主を簡単に奪っておきながら、娼婦を我らの気高い血に混ぜようなどと戯けたことを…!!丸井の血は誰よりも高貴な物でなければいけないのに!穢らわしい!!殺してやる!本家の人間は皆死んで償え!!」

「………っ。」


狂ったように叫ぶ叔父に俺は唇を噛んだ。
名家に生まれたからこその、枷、責、憎悪、狂気が、満ち満ちてその血を黒く喰い潰していく。
かごめ かごめ 籠の中の鳥は いついつ出やる――――…?


(ちくしょう…!ちくしょう…っ!!)


叔父を見ていられなくて目を伏せると涙が頬を伝った。
叔父は刀を構え直すと地面を強く蹴って俺に向かってきた。

誰が悪かったわけでもない。
何かが間違っていたわけでもない。
名家という特殊な環境が、少しの亀裂を徐々に広げていったんだ。
俺が消えてしまえば、全て、ゼロに戻せるんだろうか。
みんなが笑っていたあの頃の丸井家に。

俺は目を伏せたまま観念したように動かなかった。


「情けない。」

「ぐあ…っ!?」

「…!!」


後ろからふわりと香の匂いが鼻をかすめ、首の後ろを猫のように掴まれて後ろへ引かれて、呆れたような幸村と目が合った。
前を見ると、矢が叔父の手に突き刺さり血が流れ落ちているのが見えた。
あまりの痛さに呻いて、叔父はよろよろと二歩三歩後ろへさがる。
俺は矢がどこから飛んできたのかわからず、周りの平屋の屋根の上を見まわしたが誰もいなかった。
茫然としていると頭の上に拳骨を落とされた。


「いってぇ!!」

「黙って見ていれば言われ放題じゃないか。男なら売られた喧嘩は買うものだ。」

「はぁ…!?ていうか、なんで幸村がいるんだよ!」

「余所者は知らないだろうけど、遊郭で帯刀は御法度なんだ。どう考えても怪しすぎる。悪いが後をつけさせてもらったよ。」

「どいつもこいつも俺を愚弄しやがって…!見張りは…!オイお前たち…!!」


叔父が声を張り上げて呼ぶが、辺りは静まっていて誰の足音もしない。
みんな頑張ってくれたみたいだねと幸村が俺の頭上で小さく呟いた言葉に驚いて幸村を見ると、幸村は笑って人差し指を口に当てた。


「クソッ…!役立たずが…!!」


叔父は喚き散らすと幸村と俺に再び斬りかかってきた。
その瞬間、今度は小刀がどこからともなく飛んできて叔父の足に突き刺さり血飛沫が上がった。


「ぐああぁぁ!!あ、ぁ、あし、が!」


俺は思わず目をつぶった。
叔父は地面に転がって足を押さえたままうずくまった。
絶え間なく流れる血が地面に染みを作っていく。
幸村たちが呼んだのか遠くで役人の笛が鳴り、赤い明かりが遠くに灯った。
俺は幸村から離れてふらふらと倒れている叔父の近くに寄った。


「弟たちも、殺したのか…?」

「…っく、田舎に移った…者などどうでも良い…っつ、」

「母さんはどこだ。」

「ぐ…、と…とうに川に捨てた…!はは、泥に…住まうの…がみ…身分相応だ…。」

「ブン太…。」


気遣うような幸村を止めて、俺は叔父の前に立った。
痛みに脂汗が浮かんでいる叔父の顔の真ん中から血走った目が俺を捕えた。


「丸井の家は叔父さんにやるよ。俺にはもう…籠は必要ない…。」

「………。」


ぼろぼろと涙を零す俺を叔父は虚ろな目で見て、緩慢な動作で懐からかんざしを取りだした。
しゃりん…とこの場には似合わないほど綺麗な音色が鳴った。
それはよく母親が好んでつけていた物で、椿の柄が気に入ったからと父親がプレゼントしたものだ。
叔父の手からそれを受け取ると、自然と涙が溢れてきた。


「これ…。なんで…。」


叔父は何も答えずに虚ろに痛む足を押さえるだけだった。
母親とよく似ている。髪の色も顔も表情も生温さも泣き顔も、どんな境遇にいても変わることのない気高さまで。
叔父がそんなことを考えて歯を食いしばっていることも知らずに、俺はかんざしを両手で強く握って額につけた。


「俺は…叔父さんや他の誰かがいくら罵ろうと、母であるあの人が自慢だった…。」


涙を流しながら、両親や分家や周りにそう言いたくても我慢してきた言葉を吐きだした。
母親に会って何をしたいのか、わからないままに飛び出してきた。
きっと、ただこれだけを、言いたくて俺は母親に会いに行ったんだ。
母親が泣いて俺たちに頭を下げた日、幼くて言えなかった言葉を弟たちの分まで伝えたくて。

“卑しい身分でごめんなさい”

止まることなく流れていく涙を拭いもせず、俺は役人が駆け付けるまで叔父を見ていた。
縄で縛られつれていかれる叔父の後から、椿のように赤い血の跡が点々と長く遊郭の道に続いていった。
地面に落ちても尚美しいまま散っていく、花の終わりを告げるかのように。






俺は立海遊郭に戻って、肩の治療を受けた。
ジャッカルはずっと心配してくれたし、柳は薬を煎じてくれたり、柳生は包帯をかえてくれたりした。
仁王はたまに部屋に顔を出してくれた。

刀が刺さったわけでもないのにものすごく胸が痛んだ。
過去を思い出せば温かいものばかりだったけれど、失ったものを埋めるには足りなかった。
穏やかな日の光に包まれながら、遊郭の町並みを俺は毎日ぼんやりと眺めていた。


「ブン太。傷の具合はどうだい?」


幸村が部屋に入ってきた。
幸村の肩から羽織った羽織りが開けっぱなしの窓から入ってきた風に緩やかになびいた。
相変わらず優雅で隙がない仕草で幸村は俺の前に座った。


「大丈夫。俺って天才的だから。」


大きくVサインを作ると幸村はなんだいそれと言って笑った。
あの後分家の人たちがどうなったかが聞きたくて、俺は柳にお願いして幸村を呼んでもらった。


「良い天気だね。」


散歩に行こうか。という幸村の提案に乗って、俺たちは高台にある東屋へ足を運んだ。
晴れ渡った空を眺めているとなんだか今までの大変だった出来事が全て夢だったんじゃないかと思えた。


「それで…叔父さんたちは…。」

「……詳しくはわからないけど、刑罰は軽くはないだろうね。お前の父親と母親の件についても自白したらしい。上の身分への反逆罪は重い。加えて、遊郭内へ刀を持ち込んで不正に出入りしたことも咎められる。名家だろうと、もう国は彼らを守ってはくれないだろう。」

「そっか…。」


俺は叔父の顔を思い出した。
幼い頃よく遊んでくれた優しい叔父も、狂ってしまった叔父も、両方。
叔父は憎んでいたはずの母親のかんざしを持っていた。
それだけで、叔父の心の葛藤が伝わってくるような気がした。

湿っぽい話を吹き飛ばすように、俺は背伸びをして肩の力を抜いた。
そう言えばさ、と言うと幸村は俺の方を見た。


「お家の取り壊しが決まったんだ。丸井家は名家の列から外される。財産も宝物も、全部取り上げられるだろうし。でも、それで良かったと思ってるよ。」


後悔がないと言えば嘘になる。
でも、もう悲劇を生まなくて済むと思うと悪い気はしなかった。
幸村は軽く笑う俺に苦笑のような笑顔を浮かべてから、いつもの幸村の顔に戻った。


「背負うものがなくなって良かったじゃないか。」

「あのなぁ…そういうことを言うなよ。」

「フフ。」

「……幸村にも、みんなにも、大きな借りができたな。ありがとう。」

「ああ、ブン太の命を助けるのは二度目だね。」


俺は黙って笑顔の幸村から目をそらした。


「傷が治ったらどうするんだい?」

「…………。」

「母親と父親の後を追うとか、考えてないだろうね?」

「考えてねぇよ。」

「俺は…ブン太の今の笑顔を見ていると、居た堪れない気分になるよ。」

「考えすぎだっつの…。」


俺が黙ると沈黙が流れた。

何かが虚しい。
虚ろに空いた心の穴からすすり泣くような声が聞こえる。
いっそ死んでしまおうかと思うほど俺は弱くはないつもりだけど、今はただ時間が流れて早く思い出になることを願った。
幸村が俺の頭を撫でた。
俺は反発する元気もなくてただそのままにしていた。
ぽつりと水滴が手に落ち、俺は泣いていることにようやく気付いて、そんな鈍い自分に呆れて笑った。


「好きなだけうちに居ればいい。遊郭は決して良いところではないけれど、みんな何かあってここへ集まった同じ仲間だ。誰かのために身を売ったり、生きていくためだったり、何かを求めていたり、どうしようもなくなった時にここに辿り着く。それでも、ここにいるとなぜか、全てを受け入れて笑えるようになるんだ。自分だけが不幸なんじゃなくて、平等にみんな何かを抱えているからなのかもしれない。幸せになるために醜く足掻いて、図太く生きている。生きていればいつかお前にとっての幸せもやってくるだろう。こんな町にも、朝日が昇るように。」

「……、………。」

「ああ…そうだ。帰りに甘味処へ寄って行こうか。フフ。」

「……、……、…。」

「お団子を買って庭でみんなで食べよう。柳が点てる抹茶は美味しいんだ。」

「……………西洋の菓子がいい…。」

「フフ…仕方ないなぁ。」








かごめ かごめ 籠の中の鳥は

いつ いつ 出やる 夜明けの晩に

鶴と亀が すべった


後ろの正面 だあれ?










「だから!!それじゃ駄目だっつってんだろぃ!新作の意味わかってんのかよ!」

「そう言われましても予算が…。」

「それをなんとかするのが卸売の仕事だろ!今度のお菓子には猪口齢糖が要るんだよ!さっさと外国船に交渉しに行け!」

「は、はいぃ!」

「オイオイ…ブン太…。いくらなんでも可哀想じゃないか…?」

「ジャッカルは黙ってろぃ。」


そう言って八つ当たりよろしくジャッカルを殴るとジャッカルは涙目になって店の中に戻っていった。
クスクスと笑う声が聞こえて振り向くと、鮮やかな柄の着物に西洋の日傘を差したAが笑っていた。
頭には大きなリボンが乗っている。
Aにはとてもよく似合っていた。


「相変わらずだねー。」

「よおA!お前も相変わらず奇抜な格好してんなぁ。」

「天下の呉服問屋の看板娘にそんなこと言う!?私は日本一の流行発信源なんだからね!」

「はいはい。嘘だって。似合ってる。可愛い。」

「馬鹿にすんな!」


Aはむっとして俺を叩いた。
俺は笑いながらAをからかった。


遊郭を全部焼き尽くすような火事があった後、俺はジャッカルと長屋の中に甘味処を作った。
つい最近のれんをかけたばかりだが、なかなか順調で徐々に客足が増えてきている。
同じ長屋には俺とジャッカル以外に、柳や仁王、柳生も住んでいた。
柳の部屋は長屋の狭い部屋に入りきれない書物に埋もれていて、たまに雪崩が起きる音が聞こえてくる。
仁王はふらふらと帰ってこないことも少なくない。
柳生はそんな仁王を叱ったり、俺の部屋が汚いと叱ったり、隣の家のジャッカルの鼻歌がうるさいと叱ったりしている。
柳と仁王と柳生の三人は質屋を営んでいて忙しいようだけど、たまに店を手伝ってくれたりもした。
幸村は怪我の養生のために違う場所にいて、俺は自分の店のお菓子を手土産に時々遊びに行くけど、恋人と過ごす時間が減るとか邪魔だとか不満ばかり漏らしている。


「長い間、遊郭にいてくれてありがとう。今日からは好きなことをして、好きな人と結ばれて、自由に生きてくれ。」


火事の後に、幸村がみんなにそう告げた。
幸村は自分の都合でみんなを遊郭に囲ったことに責任を感じていたけど、みんなはそれを笑って吹き飛ばした。
そこに幸村の都合があったとしても、幸村には返しきれないほどの恩がある。

遊郭で働いていた頃は、長いようで短かった。

あの日母親の消息を追って、遊郭に来て、幸村やみんなに助けてもらって、あの場所を居場所に選んだことに後悔はしていない。
遊郭ってつまりはそういう場所で、良い仕事だとはやっぱり思えないし、辛いことも沢山あったし、嫌な客の相手もしなくちゃいけなかったし、出て行きたいと思うことだってなかったわけじゃないけど、立海遊郭にいた時間は確実に俺の心を埋めていったと思う。
上様の遠い親戚の派手な美人が俺のお得意様で、名家にいた頃より遊郭にいた時の方が実質的地位が高かったってのも今では笑い話だ。

俺は立海遊郭が好きだし、幸村やみんなには感謝している。
誰かが助けてくれなかったら、俺はあの夜か、丸井家の籠の中で、惨めに死んでいただろうから。
今ここでこうして笑うこともなかったと思うから。


「声がすると思ったら、やはりAだったか。」

「こんにちは蓮二さん!散歩ですか?」

「ああ。お茶請けを買いに。」

「ブン太のお菓子美味しいですからね。」


親しげな二人の様子に俺はむっと顔をしかめた。
Aの呉服問屋は立海遊郭によく専属の問屋として着物や小物を卸しに来ていた。
再会した時のAの顔は忘れられない。
あんなに明るくて無茶ばっかりするAがこんなに泣くこともあるんだなと思った。
俺のAに対する想いが幸村にバレてから、幸村の計らいで俺はAとよく会っては話をすることができた。
Aが好きなのか友達として好きなのか曖昧なまま、遊郭で働いていた時は少しだけ後ろめたさもあったが、今はその時の蓄えで好きなことをすることもできるし、世間知らずでもなくなったから結果的には良かったと思っている。

Aの問屋は立海遊郭の専属になる前から柳が贔屓にしていた店だったらしい。
あの柳が、質も対応も他の店とは比べ物にならない。と褒めていたくらいだから本当に凄いとは思うけど、二人が親しげにしていると複雑な気持ちになってくる。
おろおろと店の中から様子をうかがっていたジャッカルにまた八つ当たりすると柳はため息をついた。
俺は店の中に入ると、先日できたばかりでまだ誰にも食べさせていないお菓子をAに渡すために取りだしてきた。

こうしてまず誰よりも先にAに食べてもらおうと俺が躍起になっていることにAはいつ気付いてくれるだろう。

丸井の家に閉じ込められていた時、こうやって元気を分けてもらっていたように、俺はAに沢山のお菓子を渡した。
俺の手元にあるお菓子を見ると、Aはぱあっと顔を明るくした。
椿をイメージした甘いお菓子だ。

わが運命は君の手中にあり。















最後の一文は赤い椿の花言葉の一つです。

立海遊郭の番外編でした。
ブン太が仲間になった話です。
ブン太より幸村が出過ぎてるような気がすry

幸村は本当はすごく優しいけど、自分の野望を叶えるためなら淡々と人を利用して、でも実はその人のこともきちんと考えていて、最終的に全部丸く収めて自分も得をする………優しい鬼畜キャラです(長い)

幸村ヒロインの結婚する約束と一城のお姫様になりたいっていう夢を平民が叶えるためには、特殊な環境にある遊郭で城と富と名誉を築くしかなかったというのが幸村の野望で、立海のメンバーはそのために幸村が集めた人たちです。
公式でも幸村にはみんな色々と騙されてる気がする(^///^)


時代背景や設定が滅茶苦茶でも萌えればそれでいいや!\(^o^)/と思っている駄目なオタク。
歴史的事実を無視して都合よく書いています。


普段書いてる小説とは毛色が違うので所々残念ですが、書きたかった話なので満足です。
立海愛だけは詰めました!!!
愛情はいいので文才が詰まって欲しかったです^^

夢サイトなのに糖分低め、しかも暗くてすみませんでしたorz
かごめの童謡の意味と一緒に、雰囲気だけでも味わってくれたら幸いです。
実際の歌の解釈は様々ですが、遊郭に売られた人を表す童謡でもあるらしいです。



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