かごめ かごめ 
籠の中の鳥は いつ いつ 出やる



夜明けの晩に







【立海遊郭番外編〜椿の間〜】








「ここが……江戸の遊郭…。」

鮮やかで華やかな紅の大門を見上げて、その大きさに俺はポカンと口を開けた。
門には沢山の花が飾り付けてあり、その間で風に揺られている金色の鈴がキラキラと光っていた。
門の上にはガラスの水槽があって、門を通る人たちの頭上で小さな赤い金魚が素知らぬ顔をして泳いでいる。
門から街へと無数に伸びた紐には丸い提灯が等間隔で並んでいた。
今は昼間だが夜になるとさぞ綺麗なのだろう。

門から先は俗世とはかけ離れた別世界、踏む込めば元には戻れない場所。
俺はゴクリと喉を鳴らすと門を通ろうと足を踏み入れた。


「おいお前!」


男が怪訝な顔で俺を呼び止めた。
門横には門番所があり、門にすっかり気を取られていた俺は逃げようとしたがあっさり捕まってしまった。


「中に何の用だ。……商人でもないし、遊郭に遊びに来るにしては金を持っているようでもないし、売られるほど金に困っているような身なりでもないな…。お前、名は?どこの家の者だ。」


やばい。ここで目をつけられると後々面倒なことになる。
適当に誤魔化そうとしたが、良い言い訳が思い浮かばずモゴモゴとまごついていると、男は益々眉を吊り上げた。


「まさか盗っ人の仲間か…?」

「ち、違います!」

「往来の邪魔だ。とりあえずこっちへ来い!」

「いっ…つ!」


男が俺の襟首をひっ掴み、俺は首に走る痛みに呻いた。


(クソ…!こんなところに留まっている場合じゃないんだ。俺は、やらないといけねぇことが…!)


生まれた家の教育で、武道の心得なら多少はある。
今ここで逃げることくらいならできるはずだ。
その後面倒なことになろうとも今は今のことだけを考えるべきかもしれない。
俺が指を折り曲げて構えようとした時、後ろからやんわりと肩を引かれた。


「やぁ、昼間から賑やかだね。」


穏やかな声色に後ろからふわりと花のような香りが漂った。
振り返ると、見たこともないほど綺麗な男が煌びやかな着物を身に纏って微笑んでいた。
俺は家柄、許嫁を決めるために生まれも育ちも良い美しい女は沢山見たが、それとは丸きり違う妖艶な色香にたじろいだ。
年はほんの少し上くらいだが、世間知らずの俺とはまるで違う雰囲気が漂っている。
目の前でポカンとしている番兵も突然現れたこの男にぼんやりと見惚れていた。
それからゆっくりとそいつの名前を呼んだ。


「ゆ、幸村さん…。」

「すまない。彼は俺の客人なんだ。手違いで迎えの者がすれ違ってしまってね、この通り俺に免じて通してやってくれないかな。」

「ど、どうか私のような者に…ゆ、遊廓一の花魁の貴方が頭を下げるなど…!そんな…!本当に失礼を致しました!」


番兵の男は幸村と呼んだそいつと俺に平謝りして門番所に戻って行った。


「おいで。」


俺はとりあえず幸村という花魁について行った。
江戸の遊郭一の花魁、つまりはこの国で一番の花魁ということだ。
将軍でも花魁の気分次第で突っぱねることができるほど、その立場上の権力はまさに国を揺るがしてしまう。
こうして一人で外に出ることは珍しいどころじゃない。


「助かったぜ…。その、ありがとうございました。」


俺はぼそぼそと小声でお礼を言って幸村の顔をうかがった。
幸村はまるで大輪の花が咲くような笑顔でにっこりと笑った。


「こんなところに何をしに来たんだい?」


笑顔とは裏腹に、冷たい声に体が竦んだ。


「別に。なんだっていいだろぃ。」

「俺が質問してるんだけど、答えてくれないのかな。」


いくら人気のある花魁だからと言ってもその威圧的な言い草にむっとして俺は幸村を睨んだ。
突き刺すような視線とかち合って、俺は眉を寄せて気まずそうに目をそらした。
自分の立場がわかっているのかとそう言われた気がした。


「人を…探しに…。」

「ここで人を…?物好きだね。フフ、好いた女でも売られたのかい?」


幸村は興味なさそうに俺を見た。
顎に指をあてるだけの仕草にも洗練された優雅さがあった。


「そんなんじゃねぇよ…。」


これ以上余計な詮索をされる前に逃げようと、俺がもう一度お礼を言ってその場を去ろうとしたその時、幸村が俺の腕を掴んだ。


「ありがとう、で済む話じゃないと思うんだけど。」

「は…?」

「あそこで俺がお前を見捨てていたら、今頃は裏手のドブ川に浮かんでいたかもしれないよ。」

「な…何が言いたいんだよ…。」

「フフ…恩返しをするのが世の中の筋ってものだろう?」


幸村は細い肩を揺らして笑うと玩具を見つけてはしゃぐ子供のように俺をまじまじと見つめた。


「…って、まぁいつもの俺なら言うんだけどね。お前には何か目的があるようだから今回は見逃しておくよ。名前は?」

「………ブン太。」

「ブン太か。俺は幸村精市。先日、立海遊郭を引き継いで花魁から主人になった。」

「え…?」


花魁から遊郭の主人になるなんて話聞いたこともない。
幸村は主人が是非にと言うんでねと笑っていたが、それを聞いてああ脅したんだろうなとすぐに思った。
それでそんな高尚な花魁が一人で歩き回っているのだとわかった。


「何かあればうちの名前を出すといい。ここの住人ならそれでお前には手を出せないよ。」


幸村はそれだけ言うとひらりと踵を返した。
長屋が続く賑やかな道へと歩き出す背中に向かって、俺は最後に声をかけた。


「なんで…!」


幸村は唇を綺麗な三日月の形に歪めて笑っただけで何も言わなかった。
俺は一人道に取り残されて、しばらく茫然としていた。
大きく息を吸い込んで、釈然としない気持ちを一緒に吐き出すと俺は遊郭が立ち並ぶ町を歩いて回ることにした。




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