「なぁ、ユーレイ見えるって本当?」


初めて赤也が話しかけてきたのはそんな内容だった。
誰から聞いてきたのかよくわからないけど、転校してきてしばらくはそんな噂がちょっとだけ流れていたらしい。
中途半端な時期に引っ越してきたからとか、多くを語らない性格だからとか、まぁそんなことからくだらない噂が膨らんでいったんだろう。
教室中から飛んでくる羨望の視線に赤也が人気者であることをすぐに悟った。
関わらないで欲しい…という私の願いも虚しく、赤也は私の前の席に座って、目を輝かせながら私の返事を待っていた。


「あはは、見えるわけないって。」

「だよな〜!でも実はちょっと期待してたんだけど。」

「見えたら怖いよ。私そういうの苦手なんだ。」

「ま、俺はユーレイより高校の先輩たちの方がよっぽど怖ぇけど。」


赤也は明るく笑ってケータイを取り出した。


「なーなーメアド交換しようぜ!」

「あ、うん。」


それから段々仲良くなって、赤也を知っていって、それなりの段階を踏んで、私たちはやがて付き合うようになった。

甘酸っぱい、熟れすぎた野苺のような、私たちには不釣り合いの恋。

三ヶ月ほど付き合ったのに、キスすらろくにしなかった。
それでも私たちは、お互いを大切に思っていた。
要は友達以上恋人未満にしかなれないくせに、妙に居心地が良かったもんだから恋人になる約束で先走ってしまって、私たちは宙ぶらりんになっていたのだ。

それが終わるのは自然なことで。
赤也には好きな子ができたと言われた。
それと同時にテニス部のマネージャーも辞めた。
真面目に学生をやるのも休止した。
空になった心がいつになったら元に戻るのかはわからなかったけど、赤也のことを忘れるまではと一人延々とぼーっとする時間を増やした。

そんな時、私は旧校舎の屋上で、仁王雅治に出会った。


「俺はお前さんにしか見えん。」

「仁王…」

「悪いが赤也とは別れてもらうぜよ。」


私は立海に転校してきて二度目の恋に落ちた。

平穏を望む私はどこかへ行ってしまったのだろうか。
仁王に言われてからようやく私は信じたくない事実を目の当たりにした。
目の前にいる赤也の怪訝な顔を見て、仁王が言っていることが真実なのだとわかった。

仁王は幽霊だ。
この学校の地縛霊。

好きになった、なんて言えるわけない。
言っていいわけない。
生きてる人間と死んだ人間が互いに直接干渉していいわけがない。
それを仁王はあっさり越えてしまった。






ジリジリと激しい蝉時雨が頭に痛い。
暑さを主張するかのような音の洪水に私はうんざりと肩を下げる。
堪えきれずに額から噴き出す汗を拭おうと手をあげると、それより早くゾワリと冷気が這い上がった。


「ひいっ!!!」


私が両手で自分を抱き締めて悲鳴をあげると、その元凶となった仁王雅治はお腹を抱えて笑った。


「どうじゃ。涼しいか。」

「気持ち悪い!」


仁王は胡散臭い笑顔を浮かべて、つい先ほど私の首筋に触れた右手をひらりと振ってみせた。
ただいるだけでは普通の人間にしか見えない。
整った顔と印象の強い銀色の髪、飄々としていて普通の人とは違うオーラがあるけど、それはきっと仁王が仁王だからだ。
ただ一つ、この猛暑の中、セーターにブレザーという格好で汗一つかくどころか薄ら寒い気さえしてくる。
その違和感が私に現実を突きつけていた。


「昨日は赤也に何でもないって無理矢理ごまかして振り切って帰っちゃったし…今日会ったら絶対何か言われるよ…。」

「赤也は諦め悪いからな。」

「はあ…徹底的に避けるしかないか。」

「そうじゃそうじゃ。もう赤也とは会わんでいい。」

「ああもう!誰のせいだと思ってんの。」


仁王が目を丸くして自分を指差し、こてんと首を傾けたので、私はため息をついた。


「仁王って地縛霊じゃないの?」

「そうじゃ。」

「なんで昨日は学校の外にいたの?あの後は気付いたら消えてたし…。」

「どうも覚えがある場所には行けるみたいじゃのう。今までこの旧校舎から出ようと思ったことがないんじゃ。昨日も気付いたら前にお前さんと赤也がおって…よくわからん。お前さんに呼ばれた感じがしたんじゃけど…呼んだじゃろ?」

「呼んでない呼んでない。」

「ナイスタイミングじゃ。お前さんも赤也最高に面白い顔をしとった。ははは!」

「笑い事じゃない!…ていうかさ、」

「ん?」

「なんで赤也のこと知ってんの?」

「見て思い出したんじゃけど…あれは確か後輩やった。」

「後輩…?」

「多分。」

「多分?」


仁王は珍しく煮え切らない顔をしてポツンと呟いた。


「…生きてた時の記憶がないんじゃ。言われたり見たりすれば思い出したりするみたいなんじゃけど。…本当になんもわからん。すまん。」


仁王は最初に会った時と同じように、寂しそうな顔をして笑った。
思わず仁王のブレザーを引っ張ると仁王は私を抱き寄せた。
頭の上で仁王が私の名前を愛おしむようにゆったりと呼んだ。
ぎゅうと心臓を掴まれた気分になって、私は仁王のブレザーに顔をくっつけてごまかした。

こんなにあったかいのに、仁王は本当はここにはいない。
そう思うと私はやるせなくて目を閉じた。
傍から見れば私は間抜けにも一人で突っ立っているのだろうか。眉間に皺を寄せた顔で。

私は仁王の何を知ってるんだろう。
答えは、何も知らない、だ。
きっと仁王は詮索されるのを嫌うだろうし、私も仁王のことを知りたいとは思うけど仁王の嫌がることはしたくない。

赤也に聞けば仁王のことがわかるかもしれない。
でも仁王はそれを望むだろうか。
自分がどう生きたかを知れば、自分がどう死んだかも知ってしまうのに。






「やっと!見つけた!」


放課後、職員室から出るとがっつり赤也が私の肩を掴んだ。
大分探し回ったのか赤也の息が切れている。


「ゲ、赤也…。」

「てめぇ…」

「うわぁごめん!つい!…あれ、赤也、部活は?」

「今はみんな自主トレ中。後で行くからいい。」

「………。それで、何?」


赤也が私の腕を掴んでいるから逃げられないことを悟って、私は今日1日赤也を避けまくっていた間に考えていた言い訳をぐるぐると頭の中で回した。
諦めは悪いけど、赤也は単純だから言いくるめるのはそう難しくない。
そこが可愛いところでもある。


「あのさ、」

「…うん。」

「お前仁王先輩のこと知ってんの?」

「……え?」


予想外の質問に私は目を丸くした。
てっきり昨日の挙動不審はなんだとか、ヨリを戻す話はどうなったんだとか、そういうことを言われると思っていた。
赤也は真剣な目で私を真正面から見つめた。


「昨日、屋上で仁王って名前言ってたし…、最近お前なんか変だし…。お前が転校してきた時、霊感あるとかなんとか言われてたじゃん。ただの噂って知ってるけど、もしかしたら、どうなのかなーと思って…。」

「……………。」


頭に仁王の顔が浮かんだ。
赤也が仁王先輩と呼んだことから話は明白だった。
仁王と赤也は知り合いなのだ。


「ううん……知らない。」


急に足元が見えなくなるような不安感に襲われた。
仁王がいなくなってしまうような気がして言葉につまった。
私が知らない仁王が、まだ私が知らない領域にいて、それを知ってしまったら仁王が変わるんじゃないかと思った。
私を好きだって気持ちごと、変わってしまうんじゃないか。
もしかしたら仁王は消えるかもしれないし、私のことをすっかり忘れてしまうかもしれない。

うつむいた私に赤也はそっか…と遠い目で大人びた横顔をしていた。


「俺の勘違いだよな。」


赤也は悪ィと謝って歩いて行った。
その背中を私はただ黙って見ていた。




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