「精市…!せ…!!……、幸村さん…っ!!!」


カタリと、幸村さんの部屋の窓が空いた。
そこから幸村さんが肘をついて私を見ているけれど、この場所からじゃどんな表情をしているかわからない。


「今俺を呼んだのはA?」

「そうです!ゆ、幸村さんの馬鹿……!」


私が更に手すりから身を乗り出して大声で叫ぶと、幸村さんは眉間に皺を寄せた。


「…なんだって?」

「ギャア!!…だ、だって、嘘ばっかり吐くから…!お父さんのことも、赤也のことも、私たちが…幼なじみだってことも、全部知ってたくせに!!知ってて私を、迎えに来てくれたんじゃないですか…!」

「それは…思い違いだよ、A。」


幸村さんはちらりと柳さんの部屋の方を見て苦い顔をした。
仁王さんと柳さんとお父さんが三人でいるのを、あの部屋からなら見えるのだろう。


「約束なんか…いらなかったんです……!」

「なに、」

「あんな子供の頃の約束なんかのために、苦しんで頑張って、私はもっと幸村さんが幸せになれるような生活をしてほしかった…!!そんなことのために…!!」

「わかったような口をきくな!俺は…!」


幸村さんがまた苦しそうに声を荒げた。
最近はずっと、幸村さんのそんな表情しか見ていない。
私はそれが悲しいんだって、どう言えば伝わるんだろう。
幸村さんが苦しいと思う事、悲しいと思う事、全部傍で取り除いてあげたい。
私がそんなことを言うのはおこがましいかもしれないけど、私、私だって、幸村さんに私を忘れて欲しくないって。


「…幸村さん」


私は幸村さんの顔をよく見たくて、瞳を見たくて、更に上の階にいる幸村さんの部屋の方へ必死に手すりから身を乗り出した。
幸村さんと目が合うだけでこんなに眩暈がする。


「好きです…。」


ああ、ようやく、言えた。


ズルリと腕が手すりから落ちた。
そう言えば昨日は一睡もしてないんだった。
体がふわりと浮いて、急速に地上へ引っ張られるように落ちていくのを感じた。


「……、……!!――――A…!!!」


―――それから暗転。








火事だ、という大声で目が覚めた。

手や足を動かして自分の無事を知る。
体の節々が痛いけれど、抱き締められている暖かさに安心感でいっぱいだった。


「…A、…A…。」

「……う、んん…?幸村さん…?」


ゆっくり目を開けると幸村さんが泣きそうな顔で笑った。
紫色の夕空と赤々と明かりに照らされた幸村さんの顔が見える。
何が起こったのか考えられない頭で周りを見渡すと、嫌な明かりが目に入って慌てて体を動かした。
少し離れたところで立海遊郭、遊郭街まで轟々と燃えている。

今いるのは高台にある東屋だ。
私は木製の長椅子の上で横になっていたらしい。
風向きのせいかこちらには炎の熱も音もほとんど飛んで来ない。
首を伸ばすと着物や高価なものを持って逃げ回っている人が見えた。


「まだ安静にしていて。」


長椅子の隣に座っていた幸村さんに手を引かれてまた横に寝かせられた。
優しいような疲れたような幸村さんの声がゆったりと静かに炎の音に混ざって流れる。


「頭を打ってるかもしれないから、医者が来るまで眠っていた方がいい。」

「他のみんなは…?」

「逃げ遅れた人たちを助けに行ってもらってるよ。大丈夫、みんな無事だから…。」

「遊郭…が…、」

「泣かないで。」

「でも……っ」


幸村さんの遊郭がなくなってしまう。
幸村さんの今までの苦労や沢山の想いが詰まってるのに。

幸村さんは私の目の上で優しく手を滑らせた。
閉じられたまぶたから一筋涙が流れた。
静かすぎる周りに不安が募る。
その不安を取り除くように幸村さんがゆったりと口を開いた。
そのゆったりした口調が私を落ち着かせるためではなく、疲れからきているような気がして身じろいだ。


「A…、好きって言ってくれて嬉しかった…。」

「幸村さん…?」

「お願い、そのまま…」


ゆっくりと、意志を持って唇が重なった。
触れるだけの愛しい口づけになぜか涙が出そうになる。
唇から血の味が伝わってきて、私は幸村さんの手を外そうと抵抗した。


「幸村さん…!幸村さ…ん…!」

「……好きだ…。ずっと…君に…、会いたかった……。」


幸村さんの手がするりと外れて私は倒れる幸村さんの体を支えた。


「幸村さん!!」

「……っ、…う」


薄暗くてわかりにくいけど、よく見れば幸村さんの綺麗な着物はぼろぼろで、至るところに擦り傷があった。
腕や肩や背中に血が滲んでいるのを見つけて、私はとめどなく落ちてくる涙を拭いながら必死に止血の応急処置をした。
見た感じ致命傷はないようだけど医者に診てもらうまではわからない。


「…、私をかばったんですか…?」


幸村さんの傷と、幸村さんに比べれば断然少ないけれど自分の体についている傷が同じものであることに気付いた。
私が身を乗り出していた手すりの下は吹き抜けになっていて、そこには植木や灯籠がある中庭があった。
あそこから落ちたのなら助かるためには植木の上に落ちなければならない。
大小様々な枝で引っ掻いたのだろう。
何も答えない幸村さんにまた涙が落ちる。


「どう…して…」

「………泣くほどの…ことじゃないよ…。」

「幸村…さ…ん…!」

「A!!!」


大きな声で呼ばれて振り返るとお父さんがいた。
後ろからみんなが走ってくるのが見える。
お父さんの着物は所々焦げているものの怪我はないみたいだ。
それよりも真っ赤になった目や鼻の方が重傷にみえる。


「A…!!良かった…!!無事に目が覚めたんだな!」

「お父さん…!幸村さんが!!」

「ああ、医者を連れてきた。お前も診てもらえ。」


お父さんが言った通り、みんなと一緒に医者が走ってきた。
大丈夫なのかと大げさに心配するみんなにお礼を言って、私が幸村さんを見るとみんなは痛々しい顔をした。


「あの、幸村さんは…」

「大丈夫。命に別状はありませんよ。」

「…そうですか。」


てきぱきと手際良く処置していく医者を見ながら、私は何が起こったのかをみんなに聞いた。


私が落ちた時、幸村さんは私を庇うために上の階から一緒に落ちた。
幸村さんが部屋から飛び出した瞬間、窓際にあった蝋燭が倒れて畳に引火したらしい。
火の回りは予想以上に早く、それでも消火しようとしていたみんなに幸村さんは「もういい」とストップをかけた。

遊郭なんてものはなくなった方がいい、と言う幸村さんにみんなは何も言えなかった。

大切な物を別の場所に移動させ、他の遊郭にも逃げるように言って回った。
炎は遊郭街を包み込み、一夜にして栄華を極めた街は消えた。
天国とも地獄とも言われる遊郭は、客の快楽も遊女の悲痛も一緒に巻き込んで燃えてしまった。







「じゃあ大きくなったら私たち結婚しようね!絶対!絶対ね。」
「うん、約束。」


生意気にも仲の良かった男の子とそんな指切りをしていたあの頃は、将来私は一国のお姫様になれるような気がしていた。
見上げるだけで近づけない天へとそびえ立つお城に憧れて、私はよく親を困らせたものだった。
大きくなるにつれて、夢は夢でしかないと知った。
子供はそれなりに現実を受け止めて、身分相応の生活を親から受け継ぐのだ。


「じゃあ俺がAをお姫様にしてあげる。
町を見渡せるくらい立派なお城を建てて、綺麗な着物を用意して、いつか俺と結婚しよう。
俺の家はなくなったからもうここにはいられないけど、約束は絶対に忘れない。
覚えていて。

それまで、さよなら。」




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