いつか迎えに行こうって、雪空を見て思うのはそんなことばかり。


Aという存在だけでどんなに苦しい地獄も乗り越えられた。
それを話すつもりはないけれど、お前に俺がどんなに救われたのか、それはAに知っておいて欲しい。

ねぇ、いつになったらお前は俺を思い出してくれるんだい?

手のひらで包んでも、強く握り締めても、手を開けば何もない。
雪が落ちる空の下、いつも思うだけで口にできない言葉があった。
切なく悲しいほど君には雪がよく似合うから。




「着いたぜ。…ここ。」

「…誰の家?」

「俺の。」


建て付けの悪い戸口を開ける。
ガタガタと音がして開いた扉から光が差し込んで、部屋の中を照らす。
薄く積もった埃は、少しの間の主人の不在を告げていた。


「ちょっと前、親父と大喧嘩してさ、飛び出してきたんだ。」

「そう…なんだ…。」

「その後親父がどうしたか知らねぇけど、出てったみたいだな…。」


小さな小屋の中に入って窓を開け、適当に埃を散らすと赤也は私を床に座らせた。


「会わせてやりたかった。」

「赤也のお父さんに…?」

「違う。」

「?」

「本当の親父じゃ、なかった。」

「……育ての親…?」

「わかんねー。半年しか一緒に暮らさなかったし。変な成り行きで一緒に暮らすことになってさ、だけど、親父には元々別の家族がいて。」

「………。」

「いつもいつも娘の心配ばっかりしてた。俺…うるさい親父と暮らすの楽しかったけど、娘のことばっかり言う親父に段々腹がたってきて、多分嫉妬してたんだ。今まで俺には親父がいなかったから。ようやくできた親父にさえ必要とされてないような気がして。それで喧嘩した。その娘の顔一度見てやるっつって出て行った。」

「……あか、や…。」

「町で探してたら親父はかなり有名になってた。借金踏み倒して立海遊郭から逃げた猛者だって。その娘は捕まったって。」

「………!!」

「だから立海遊郭に行った。そこでナンバーワンになって、親父の借金の噂も、俺の母親のことも、全部帳消しにしてやるって考えた。黙ってて…ごめん…。」


一気に言い終えると赤也は黙った。
私は赤也の言葉を何度も反芻して飲み込んだ。

赤也の親が私のお父さん…?

理解するたびに頭が真っ白になる。
なのに疑問は次から次に湧いてきて、私は言葉に詰まってしまった。


「どうして…赤也はお父さんと暮らすことになったの…?」


赤也は気まずそうに拳を強く握ると、長くなるけどって断ってから説明し始めた。
私はそれを静かに聞いていた。


「立海遊郭に戻ってきたのは半年くらい経ってから。昔は秘密で住んでたからほとんど知ってる人はいなかったし、働きたいって言えば誰も不思議に思わなかったみたいでさ。仁王先輩と柳生先輩は昔馴染みだから知ってた。…柳先輩と幸村部長は昔はほとんど喋ったことなかったけど俺のことは知ってたっぽい。丸井先輩とジャッカル先輩はよくちびっ子と遊んでるから一々覚えてないと思う。俺見たって何も言わなかったし。」

「………。」

「真田副部長はどうしたって聞かれたけど、俺が家を出てきてからはわかりませんって言った。」

「……。」

「俺が知ってるのは、これで全部。」


私が言葉を失っている間、赤也はじっくり待っていた。
今までの疑問が暗闇にすとんすとんと落ちていく感覚がした。
そして新たに疑問が生まれた。

どうして仁王さんや柳生さん、幸村さん、柳さんたちは、事情を説明してくれなかったんだろう。
それに、幸村さんはどうしてお父さんが逃げた理由を借金と言ったのだろう。
赤也の存在をあまり知らなかったから、他に考えられる理由としてそう思っていたのだろうか。
幸村さんはお父さんが消えたことをどう考えたんだろう。
赤也の存在を知っていた上の偉い人たちは赤也が消えて何も思わなかったのか。

いいや、幸村さんが遊郭を引き継いだのなら遊郭の全ての事情を知らないはずがない。
仁王さんのことも赤也のこともお父さんのことも、あの幸村さんが知らないはずがない。

それじゃあ、幸村さんが借金という嘘を口実に私を連れに来たのは?
あんなに親切にしてくれたのは?
本当は借金なんか存在しないと知っていたから?
それともお父さんが、客の女の人を説教して帰したり赤也を連れて行くために暴れたり、遊郭にもたらした損害が借金ってことになってるの?

駄目だ、直接聞かなきゃ何もわからないことばかりだ。


もしかしたら、お父さんと幸村さんは友達みたいな関係で、私はその娘だから優しくした。
父親も母親も逃げてしまって取り残された私が可哀想だから。


もしかしたら……
そうだったのかな…


私は肩が軽くなると同時にズキンと胸が重く痛むのを感じた。
私が特別扱いみたいにされてたのは、きっと友達の娘だからだ。
別に、気があったとか、そういう、わけじゃなかったんだ。

ぽたぽたと涙が握りしめた手の上に落ちた。
膝に染みを作る。
幸村さんに貰った着物に。

そうだ、だって幸村さんには好きな人がいる。
幸村さんが選んだ人に私が並べるはずない。


赤也が慌てて私の傍に来てよしよしと言いながら背中を撫でてくれた。
涙が止まらない。
悲しくて苛々して、何に対しても八つ当たりしそうだ。

なんで、なんで、仁王さんも柳生さんも柳さんも幸村さんも、私にお父さんのこと隠してたの。

ああもう何に対して悲しくてムカついてるのか、わからなくなった。


「お前があそこにいる理由って、ないじゃん。」

「………え?」


鼻声で返すと赤也が真剣な顔で私を覗きこんだ。


「お前が、遊郭にいる理由なんか、ないだろ。」


もう一度区切って言う赤也に目を丸くした。


「…ここで二人で暮らそう。俺が幸村部長に話をつけに行くから、お前はここで俺を待ってろ。」


A、と言われて、私は返事に詰まってしまった。




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