誰にだって地雷はある。
埋まっていてわからないのに偶然一つ踏んだら、連鎖していく。暴かれる。
だけどそうしないと前に進めないとしたら。

一歩を踏み出すためには、何が必要なんだろう。



いつもの仕事をこなしていく。
掃除洗濯が終わって午後になると、ちょこちょこ人が起き出してくる。
炊事場からブン太にお菓子を横流しして、廊下で外国人のお坊さまとすれ違って驚いたり、ブン太がジャッカルさんって紹介してくれたり、ばったり会った柳生さんに挨拶をして、それが後から仁王さんだと知ってびっくりしたり、炊事場のおばちゃんに小言を言われたりして。
そしていつも通り夕方になった。
今日は柳さんと幸村さんには会っていない。
柳さんは大体毎日外に出ているらしく昼間は会わないことが珍しくない。
幸村さんは…。


「赤也くん赤也くんっと…。」


今日からきちんと赤也くんのお世話をしなくちゃ。
意気込んで私は赤也くんの部屋を探した。
晩酌しながら酔う前に幸村さんに赤也くんのことを色々聞いておいて良かった。
赤也くんの部屋は石蕗の間。
イワブキの花言葉は「困難に傷つけられない」である。
強く生きるという信念が見える。とても赤也くんらしい。
赤也くんの成長を見込んでつけられたみたいだ。
幸村さんは子供に名前をつけて暖かく見守る親のような顔をしていた。
ここにいる人たちは皆、幸村さんが保護者なのだ。


幸村さんに会わない方法は一つ。
問題なく仕事に打ち込むこと。
呼び出されなければ私も幸村さんの部屋を訪れることはあまりない。
問題がなければ呼び出されなくてもすむだろう。
つい先日、赤也くんは大部屋を出て個室を貰ったらしい。
入ってきたばかりだけどその容姿と明るさと生意気な感じがお姉さんたちに人気なようだ。
私は遊郭から出ないからよく知らないけど、城下でもじわじわと噂が広まっているとかいないとか。
確かに手はかかりそうだけどあんな弟がいたら可愛いかもしれない。


「赤也くん。」


何度か呼んでみたが返事がない。
そろりと襖をあけると大の字に寝転んでスヤスヤと熟睡する赤也くんが見えた。
襖を開けて中に入り窓を開けて光を通す。


「赤也くん!赤也くん起きて!」

「うーん…」

「赤也くん!…ご飯私が貰っちゃうよ。」

「飯!?」


飛び起きて寝ぼけたまま頭にハテナを浮かべる赤也くんを見て私はくすくすと笑った。
年頃の男の子はどうしてこうご飯に反応するんだろう。


「赤也くん、もうそろそろ起きないと。」

「あんたなんで勝手に部屋に入ってんだよ…って、うわ!もうこんな時間!やっべ丸井先輩に飯全部食われちまう!」

「準備しとくから先にご飯食べに行ってきていいよ。」

「……まじ?」

「うん。」

「……えっと、サンキュ。」

「うん!」


笑顔を向けると赤也くんはちょっと笑って急いで走っていった。
普通自室を持つ花魁は自室でご飯を食べることが多いけど、立海遊郭では幸村さんの方針で食事は地位関係なくみんなで一緒にとることになっている。
みんなの仲が良いのはそのおかげだ。

私はまず布団のシーツやカバーを取り替えてから部屋の掃除をした。
着物を出して着替える準備をする。
そうしていると赤也くんが戻ってきた。


「はーっ、食った食った。」

「お帰りなさい。着替えの準備できてるよ。」

「へいへい。」

「赤也くん。」

「今度はなんだよ。」

「寝癖ついてる。」


笑って跳ねた髪の部分を撫でてやると赤也くんは顔をそらして「触んなって」と短く拗ねるような声を出した。


「癖っ毛なんだよ。」

「直してあげようか?」

「直んの…?」


赤也くんって、可愛いかも。

私はにこりと笑って頷いた。







「それで昨日の客がさぁ」

「あはははは!!」


二、三日もすれば私たちはすっかり意気投合していた。
その仲の良さに柳生さんや仁王さんやブン太が首を傾げたほどで、ジャッカルさんはなぜかすごく喜んでくれた。
気が合うのだろう。
一度話し始めれば話が途切れることもなく、ちょっとした話でも盛り上がった。

赤也くんの話は面白い。
だから私は、幸村さんのこともあの晩のことも段々と落ち着いて忘れていくことができた。
モヤモヤするよくわからない気持ちと一緒にこのまま綺麗さっぱり忘れてしまえばいいと思った。
赤也くんは自分のことについて様々なことを教えてくれた。
遊郭は面白いこと。
先輩たちにいじめられたこと。
ここで一番になるために色んな苦労をして努力をしたこと。
時々すごく苦しくなること。


よく聞けば、赤也くんは生意気な男の子じゃなくて成長したくて必死にもがいている男の子だった。
一生懸命で、不器用で、優しくて、強い男の子だった。
沢山苦労したのにそれを微塵も感じさせることなく、明るい笑顔を向けてくれる。
弱い顔を見せてもすぐに自分で立ち直ることができる。


「Aといるのってすっげー楽しい!俺今まで友達ってあんまいなかったから、友達といるのってこんな楽しいんだって初めてわかったぜ。」

「うん!私も、赤也といるの楽しいよ。」


だから、


「あ、もうこんな時間か…。準備しねーと…。」

「あ…そうだね。」

「あーあ、めんどくせぇなー。いっそ客取るのやめようかな。」

「そ…れは…。」

「俺が客と遊ぶの、Aは嫌じゃないのかよ?」

「そりゃ大変な仕事だし友達がやってたら色々あるかもしれないけど…、それで赤也のことを嫌いになるわけじゃないし…あ、でも、赤也が嫌ならやめた方が…。」

「冗談冗談。んなマジになんなって。やめたら食っていけねぇし…。でもほんと、」


だから、

だから忘れていた。


「帰ろっかな…。」


どうして赤也が遊郭に入ったのか。
どこから来たの。
昔何があったの。
一番最初に会った時私の名前に攻撃的に反応した理由は。

何も知らない私は話の途中でふと口にしてはいけなかった質問を出した。


「どこに、帰るの?」


忘れてしまえばいいと、思ってた。
赤也の第一印象も、あれから数日全く会っていない幸村さんのことも。
真面目な顔で近寄ってきた赤也に私はどきりとした。


「なぁ…教えてやるって言ったら一緒に来てくれんの?」

「あか…」

「Aだって、こんな所全然似合わねぇよ。」


赤也が私の手を強く掴んだ瞬間、拒めなくなった。
これは多分いけないことだ。
一緒に行くってことは、私は今の生活もお父さんも…幸村さんも捨てて、赤也を選ぶってことになるんだ。
戻って来るつもりだけど、そうだとしても、きっと幸村さんは許してくれないだろう。

私は幸村さんに拒まれた時どんな顔をするのかと考えてしまった。
幸村さんの壁を作る威圧感と悲しそうな目が頭をよぎる。

―――覚えていて。
どうか俺を覚えていて。


(違…う…!私のことじゃない…!)


私は頭を横に振った。


「急がねぇと夕方になる!準備に忙しいこの時間ならバレないから…客が入って来る前に…!」

「………っ。ま、って…!」


悩む前に引っ張られるがままになった。
頭の端に幸村さんがちらついて、一瞬胸が詰まった。


忘れることなんか、できもしないくせに。
そうだ、もう自覚してる。
地位も容姿も何もかも隣には並べないけど、私いつの間にか幸村さんのことが好きで好きでたまらなくなった。
キスされた日から転がり落ちるように自覚する。

叶わない辛さをこれから徐々に感じるくらいなら、逃げて、走って、忘れてしまえばいいと思った。
幸村さんには違う想い人がいるんだから。




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