「ぬおお〜〜〜っ!」

「A…」


穏やかな幸村の声に一瞬にして息が詰まった。


「何をやっているのか、今すぐに答えてくれないかな。」


決して相手に有無を言わせないどころか相手を恐怖のどん底に落とすような言い方で、幸村は笑った。

授業が始まる前。
今日の朝練はミーティングだから着替える必要もなく、みんなは部室でそれぞれ好きなことをやっていた。
私はというと部誌を読むのに熱中している部長様の前の席に座って、まるで魔女っ子のように棒付きの小さなキャンディをくるんくるん回していた。
当の幸村に向かって。

そりゃ最初の方は幸村も気づいてなかったというか完璧に無視されていたというか。
私を見たジャッカルはギョッとしてなんとか私を止めようとしていたけど、こっちだって必死だったのだ。

確かにうざかったのは認めよう。
幸村が怒るのも認めよう。
ただちょっとは可愛いと思ってくれたっていいんじゃないのかなーなんて思ったりして…。


「どうして黙るんだい?まさか可愛いなんて思ってたんじゃないだろうね。」

「まままさか!えっと…いや、これは…」

「チラチラ視界に飴が入ってきてものすごく集中できない。」

「す、すみません……。」


冷や汗を流している私の後ろで柳生が呆れていた。


「だからやめておきたまえと忠告したでしょう。」

「だって…!」

「A、俺はまだ『何してるのか』の質問に答えてもらってないんだけど。」

「だ、だから、催眠術かけようとしたのよ!!」

「催眠術…?」


何事かとみんなが集まってきた。
ブン太とジャッカルだけは部室の隅でオセロに熱中していた。
最近部内ではオセロが大流行だ。
鍵当番もオセロで決めるようになってるけど、頭脳戦で負けない人がいたりイカサマしたりする人もいて、結局負けるのはいつも私と赤也だ。
お前たち二人では不安だと最終的には真田が進んで鍵当番をするから負けたって別にどうってことないけど。

ブン太とジャッカルをのぞいたみんなは事情を飲み込むと可哀想なものを見るかのように私を見つめため息を吐いた。


「なによその目は!あんたたちこの飴が欲しくてもあげないからね!」

「A先輩…その飴なんなんスか?」

「よくぞ訊いてくれたわね赤也。お礼に後で催眠術かけてあげる。これはなんと催眠術がかけられる飴なんだよ!」

「いや、いいっス…。なんかろくな催眠術にかかりそうにないっすから。つーかそれ嘘でしょ先輩。」

「嘘じゃないって!!」

「そんなもの小学生だって信じませんって。どこで買ってきたんスか。」

「恐らくは駅向こうの駄菓子屋だろう。」

「正解!さっすが柳!」

「あの店は客に物を買わせようとする執念が並大抵ではないからな。」

「え、それって遠回しに私が騙されたんじゃないかって言ってる?」

「騙されたんじゃないかではなく、騙されたと言っている。」

「嘘よ!だって教室でやった時、ブン太には効いたもん!!ね!柳生!」

「いえ…あれは。」


私は柳生を遮り真田を押しのけて部室の隅に行くと、未だオセロをしている二人の横に座ってブン太の顔の前に飴を出した。


「ブン太〜ブン太〜。あなたはどんどん飴が食べたくなる〜。」

「あっ!ジャッカル、てめ、今のはなしだろぃ!?」

「そっちに気を取られて、こっちの黒は見逃しただろ。」

「ブン太〜飴だよ〜。」

「ジャッカルのくせに。でもまだ俺が勝ってんだぜ。」

「これからが勝負だぜ。」

「ブン太〜。」

「A、邪魔だからあっち行ってろぃ。今ガム噛んでるから飴はいらねぇよ。」

「…………。」


机に戻って絶望的な顔で突っ伏した私を再びみんなが不憫な目で見た。
幸村がため息をついて私の手から飴を抜き取る。


「ところでAは俺にどんな催眠術かけようとしたんだい?すごく力入ってたけど。」


言えません。
幸村がもっと優しくなりますようにとか言ったら殺られる。


「ふーん…催眠術ね。」


フフ、と幸村が意味深に笑うから少しぞくっとした。


「もう一度やってみたらどうかな。今度は催眠術にかかりやすいように信じてあげるから。」

「はあ!?」


叫んだのは私だけじゃなかった。
オセロは終わったのかいつの間にかブン太とジャッカルまで混ざってみんな幸村気まぐれに素っ頓狂な声をあげる。


「ど、どうしたの幸村。」

「暇つぶしにはいいかなと思ってさ。」


私は半信半疑のまま飴を回した。
幸村は面白そうに私を見ていた。








「A、お前そういう催眠術かけたかったわけ?マジで、引いていい?」

「それはちょっとレッドカードだと思うぜ。」

「ち、違う!!そんな目で見ないで!!」


白い目を向けるブン太とジャッカルに必死で言い訳をしながら、さっきから距離が近い幸村を押しのける。
みんなは幸村を見ながら信じられないような顔をしてそれぞれ口々に話し合っていた。


「A…、A。」

「幸村うるさい!あっち行って!」

「でもA…。」

「なに!?」

「大好きだよ。」

「ヒイィ!!!」


私は青ざめながら幸村の顔の前で飴をぶんぶん振り回した。


「ももも戻れ!!」

「え?その飴くれるの?」

「言ってないから!手を離して〜…っ。」


催眠術にかかっても幸村ど力が強いのは変わらない。
幸村は私の手から簡単に飴を取って口に入れた。


「ぎゃあ!私の食べかけ…!」

「フフ…うん、美味しい。Aの味がする。」

「か、神様仏様ーー!!」


私は半泣きになりながら目についた柳にすがりついた。


「柳…!お願い助けて!」

「興味深いな。Aに催眠術の才能があったとは。」

「そんなことどうでもいいよ!に、仁王!なんとかして!」


柳は幸村の観察に忙しくてあまり話を聞いてくれなかったから、隣で笑ってる仁王に助けてを求めた。


「今のうちに幸村の弱みでも探そうかのう。Aに熱愛しとったっちゅうだけでも面白いネタじゃ。ククッ…笑いが止まらん。」

「ちょ、人をネタにしないでよ!!柳生!あんたの相方があくどいんですけど…!」

「ミ、ミステリーですね。」


ちょっと興奮気味の柳生が気持ち悪かったのでスルーした。


「あ、真田!真田のビンタ、幸村に一発いれたら幸村も目覚ますんじゃない!?」

「むぉっ!?」


今まで蚊帳の外だったのに急に話をふられてよくわからない返事をした真田にも今はいちいちつっこんであげる余裕はない。真田のビンタを受けるのは幸村にとってすごく屈辱なはずだった。


「先生、お願いします!」

「う、うむ…。」


真田は幸村の前に立った。


「どうかした?真田。」

「幸村…こ、これも部のためだ。」

「そうか…。よくわからないけど、俺が悪いみたいだね…。わかった。Aのためなら…やってくれ。」

「…………。」

「真田っ!行けっ!」

「…やはり無理だ!罪もない幸村を殴るなど俺にはできん!」

「じゃあ私がやる!」

「待てA!不当な暴力は断じて許さん!」


部活は騒がしくなってミーティングができる状態じゃなく、やむを得ず一時解散になった。
幸村と違うクラスで良かったと思う。
その反面、逆にそうじゃなかったら良かったのにと思った。




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