「………。」

「俺の顔に何か付いてる?」


別に、と小さく呟いてさっきからガーゼや包帯を器用に扱う幸村から視線をそらす。
私がうつむくと幸村は皮肉たっぷりのため息を零した。
静かな保健室には二人だけ。
部活の途中だったから私も幸村はジャージのままだ。

今すぐにでも保健室から…いや幸村から逃げたかったけれど、がっしりと掴まれてびくともしない右足に大人しくしているしかなかった。
幸村は椅子に座らせられている私の前で膝をついて甲斐甲斐しく私の傷の手当てをしている。
見た目ほど傷は深くなかったらしく、さっきまで流れていた血ももう止まっていた。
これなら病院に行かなくても大丈夫だろう。
そんなことをぼんやり考えていたら、幸村が消毒液を取り出したので私は慌てて幸村の腕を掴んだ。


「…なに?」


笑顔で不機嫌そうに言う幸村の顔にはうんざりの文字が浮かんでいる。


「も、もう大丈夫だから!」

「じゃあAはこのまま傷口からばい菌が入って大変なことになってもいいのかい?」


傷口からばい菌が入ったらどうなるのかをとつとつと語り始めた幸村に降伏するしかなかった。
幸村はいつだって私に選択権をくれない。
そんなことを知ってか知らずか幸村は「素直が一番だよ」なんて最上級の笑顔で笑ってみせた。
むかつく。
大体私が怪我をした原因の一つに幸村も入ってるっていうのに。


「本当にドジだね。普通あんな転け方はしないよ。ねぇA、聞いてる?フフ…。」


私が転ぶ姿を思い出したのか優しくでも確実に嘲るような笑みを零す幸村に反抗したくてツンと無視をすると、消毒液を必要以上にかけられた。


「ぎゃああ!!」

「ごめんね。手が滑った。」


しれっという幸村に今のはわざとじゃん!!という言葉をぐっと抑えた。

私だってそこまでのろまじゃない。
普段はあんな変な転け方しない。
だけど、だって、幸村が久々にテニスしてるところみたら嬉しくてついつい見入っちゃって、前見てなくて。
ボール拾いをしていた私はフェンスに突撃、落ちてちょうど私の足元に転がったボールに半回転、バランスを保とうとした体が反動で投げ出されてスライディング。

一部始終を見ていたブン太なんて笑い転げてた。

「ぎゃっはっはっはっは!!!やっべ死ぬ!!笑い死ぬ!!!」

笑い死ね。

テニスコートは笑いの渦と化した。
何が起きたかわからず呆然としている私の腕を掴んで幸村はとりあえず私を起こした。


「あはははは!」


立ち上がった私の肩を叩きながらお腹を抱えて軽快に笑う幸村にポカンとしていたけれどやがて沸々と怒りがこみ上げてくる。
それでも行き場のない怒りに涙目になって耐えるだけだった。


「ごめんごめん。大丈夫かい?」

「大丈夫じゃない!」

「そうだよね。フフッ…あんな転び方してフフッ…大丈夫じゃないよね。」


笑い死ね。笑い死んでしまえ。


「もしかしてと思うけど、今俺に死ねって思った?」

「滅相もありません。」


それから微妙に不機嫌になった幸村は私の足の怪我を見つけて注意が足りないと叱った。
笑った後は説教かと「へいへい」とか「そーですね」とかやさぐれた返事をしていたら幸村は笑顔で言った。


「そんなに怪我したいんならコートの向こう側に立ってさぞ良いサーブの的になってくれるんだろうね。ああ、すっごく試してみたいな。」


私はものすごく反省した。
説教が終わると幸村は私を保健室に連れて行った。
椅子に座るよう指示されてなすがままにされる。
そこまではいつものことだけど、幸村が私の足を掴んだ時は叫びそうになった。


「ゆゆ幸村…!!」

「ん?」

「自分でやるから!!」

「いいから。まず傷口を洗わないとね。」


そう言って私の上靴を取り靴下を脱がそうとする。
なんだかそれが妙に恥ずかしくて思わず足を引くと幸村は何を考えているのかわからない笑顔でフフ…と笑った。
足を引いても掴んだまま離してくれない幸村は再び私の足を自分の方に引いて靴下を脱がしにかかった。


「……っ、くすぐった…い…ってば…!」

「ふうん…知らなかった…。足弱いのか。」


にやりと笑った幸村に非難の目を向けると幸村は私の足からようやく手を離して水道で傷口を洗い流すよう言った。
洗い流すと血はもう止まっていて、逃げるタイミングを伺っていた私に幸村が隙を見せるはずもなく再度椅子に沈められる。
消毒を終えてガーゼを当て、丁寧に包帯が巻かれていく自分の足を見ていると幸村がふと私を見た。


「どうして転んだの?」

「え…?」

「躓いたわけじゃないよね。何かに気を取られて前を見ていなかった。そんな感じだったかな。」

「………。」

「当たったみたいだ。何を見てたの?」


黙り込んだ私に幸村が私の名前を呼ぶ。
それでも口を閉じたままの私に幸村は無言で視線を下に落とした。


「……っ!」


次の瞬間ぞわりと鳥肌がたった。
繰り返し幸村の指先がふくらはぎを撫でる。


「…っ、…幸村!」

「俺のこと、見てたよね。」


幸村は口元だけ歪ませて笑った。


「どうしてか聞きたいな。」

「や…っ、やめ…!う…っ。」


抵抗しようとしても足を掴まれたままじゃなかなか抵抗らしい抵抗ができない。
幸村の肩を押し返そうとすれば足を引かれて、バランスを保つために慌てて両手で椅子の横を掴んだ。
今にも落ちそうな私は自分を支えるのに両手が塞がっていてますます幸村の思うがままになる。
ふくらはぎを撫でていた指先が太ももへするすると移動した。


「…!く…くすぐったいって…っ。」


我慢して唇を噛む様子を幸村は満足げに見ていた。
私の足を少し持ち上げると太ももの外側から伝って裏側を優しく撫で回した。


「わ…っ、ちょ…、やめ。」

「本当に足弱いんだね。これだけでイけるんじゃない?」

「…っ!さ、最低!」


キッと睨んでも幸村は嫌味な笑顔を返すだけだった。
幸村の手が内腿に触れるとびくっと足が震えた。


「なんで俺のこと見てたの?」

「…、…っ。」


まさか答えるまで止めないつもりなのか。
顔をしかめて耐えながら幸村を見ると目があった。
なんとなくそらすと幸村が首筋に唇で触れた。
生暖かいぬるりとしたものが這う感触に今度はびくっと肩をふるわせる。
これ以上はやばいと私は観念して小さな声で「仕方ないでしょ…!」と乱暴に言葉を放り投げた。


「退院して、幸村が久々にテニスしてるの見たら…昔のこととか思い出してなんか感動して、ま、前見てなかったんだから…!!」


幸村の笑顔が少し固まってそれから緩やかに私の足を解放してくれた。
私の頭を撫でて見とれるような華やかさで笑う。


「ありがとう。A。」

「う、うん。」

「フフ…涙目。」

「誰かさんの意地悪が悪いからだもん。」

「……意地悪が悪いのはどっちだか。」

「は?なんで?」


首を傾げて怪訝な顔をする私を見て、「まあまだ遊ぶのもいいか」と呟いた幸村が、本当は私に転けた理由は自分を好きで見とれいたからだと答えて欲しかったらしいことはもう少し後に散々言われることになる。
実はあの時保健室に入った時から押し倒してやろうかなんて物騒な考えを幸村が持っていたということもだ。
私が憤慨すると幸村は私が無防備なのが悪いだけで自分は悪くないと、当たり前のように言い放った。
まあ今となっては意地悪な恋人の気紛れで悪趣味な悪戯で済む話ではあるんだけど。








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