「…っ、…う。」



ずっと苦しかったから知ってる。



悲しい繋がりの、連鎖。






雨が降る音は私をあやす言霊みたいだった。

頭上にかざす傘は私を護る砦のようだった。
傘の端から垂れていく雨粒は私の代わりに泣いていて、私が掴む取っ手は唯一縋る支えだった。


雨は嫌い。
私を匿うから。





仁王はマネージャーが好きで、マネージャーはブン太が好きで、ブン太は少し前私に告白した。

私は仁王が大好きだった。


うまくいかない。
気持ちも想いもタイミングもまったく。

仁王がマネージャーに告白するのを私は屋上の反対側で偶然聞いていた。
お昼を食べた後少し眠ったらそのまますっかり寝過ごして、人の声で目が覚めた時にはもう仁王の声が揺れていた。
私は皮肉にも、その瞬間まで仁王が出てくる暖かでどこまでも幸せな、そんな夢を見ていた。


「おー……わかっとった…。ありがとな…。」


なんでそんな簡単に頷くのよ。
マネージャーのことずっとずっと好きだったくせに。


「ごめん…なさい。」


マネージャーはそう言って屋上から出ていった。
仁王はしゃがんで頭に手を当ててずっとうつむいていた。

それを見てぼろぼろ泣いてた私はもうかなり病気だ。



痛む。
悲しみの連鎖が切れようとしてる。
それも繋がった全員が傷を負う最悪の形で。

仕方がないのか、全員の意地がいけなかったのか、全員が黙って諦めれば良かったのか、それとも努力が足りなかったのか。

私はその日の放課後、仁王と一緒に帰った。
仁王は何も喋らなかった。
降り続く雨がみぞれに変わり出した時、私は足を止めて仁王を見た。


仁王が大好きだった。
私のと比べれば大きい仁王の傘。
その下でうつむき加減になってる仁王。
その表情に滲む悲しみ。
どれも大好きだった。

みんな傷ついて、みんな傷つかないと連鎖が終わらないなら、私は仁王だけを傷ついた状態にしたくなかった。
私はどうせなら仁王と一緒に傷ついていたかった。
最後に少しでも仁王と一緒に傷つきたかった。
私の最初で最後の我が儘。


「私、仁王が…すき…。」


頭の中では、仁王とこうしたいとかああなりたいとか都合がいいことばかり考えて。
今も昔も変わらない想いが空虚な空想で重さばかりを増して。

叶わないのは知ってる。
叶えなくていい。
一緒に幸せにならなくていいから。
だから一緒に傷つけて欲しい。


「すまん……。A…ごめ……。」


仁王は小さな声で本当に小さく呟いた。
震える声が涙を抑えて必死に繋がる。
私はハッとして血の気が引いた。


「仁王…っ、もういいから、もういいよ…!泣かないで…泣かないでお願い…。」


最悪なことをしたと気づいた時にはもう手遅れで。


「…っ、私…ごめん…!ごめん…っ!!」

「はは…なんでAが謝るんじゃ…。」


仁王はむりやり笑顔を浮かべた。
仁王のそんな顔を私は今まで見たことがなかった。
マネージャーが仁王にそうさせるんだと思うと胸の奥が軋んだ。


「に…お…、」


よりによって同じ日なんかに仁王を傷つけた。
私は馬鹿だ。
自分のエゴや着飾った優しさで仁王を傷つけた。
私は頭をさげて仁王に謝ることしかできなかった。
最悪な終わり方だった。


「ごめ…ん……ね。」


ねぇ仁王は…、どんな風にマネージャーを好きになって愛して、傷ついて今どんな風に感じてるの?

今の私と同じ?
それとも、もっとつらいのかな?


雨は嫌い。
仁王を匿うから。

私と違う世界を仁王の傘の下に作るから。
仁王が泣きそうなのを隠すから。
仁王を抱き締めたいのに傘が邪魔だから。
泣き顔は見せたくないと意地を張るのにちょうどいいから。



雪が降る音は、涙を我慢して吐き出す白い息に似ていた。
頭上で広がる傘は、静かに痛みが積もるのを受け止めていった。
分厚い雲は真っ白に心を塗りつぶして、傘の柄は私を救うために私の手を掴む。


「初雪じゃのう…。」


仁王にとって、私にとって、この日凍結した心は初恋だった。
きっとブン太も、マネージャーも、この雪空の下傘を広げて歩いてる。
足元に落ちたものは凍って、やがてその上を自分自身で割って歩く。
いつか誰にだって、そういう日はくるんだ。


「帰るか…A…。」

「……もうちょっとここにいる。」
連鎖が終わってしばらくしてから、ブン太は違う人とマネージャーは違う人と付き合っているのを私は見ることになる。
みんな幸せそうでそれはどこか悲しげに見えた。


「寒いぜよ…。お前さん俺を凍死させる気か。」

「先に帰っていいって…。」

「Aー。」

「…っ、う……ぅ…。」


仁王は私が泣き止むまで隣にいた。
そんな風に優しくされたら期待しちゃうのに。


「帰ってよ…。」

「嫌じゃ。」

「なによ…ばか…。」

「お前さん屋上おったじゃろ。今日…。」


私が驚いて傘を上げると仁王はやっと出てきたと呆れたように言った。


「そん時も泣きよった。まったく、泣きたいのは俺の方じゃ…。」

「だ、だって…。」

「なのにお前さんはこんな日に俺に一人で帰れって言う。」


仁王は白い息をつきながら寒いと震えた。


「そ、そんなこと言ったって―……。」

「俺に一人でいろって言うんか。」

「だって…、だって……っ。…うっ、…。」


仁王は泣く私を見て自分のマフラーに顔をうずめた。


「俺を一人にせんで…A。」




寒さで震える手を私たちはどちらともなく繋いだ。
泣きそうな仁王の声に私は決壊したように涙を流した。
仁王の言葉が寂しさを紛らわすものなのか、私を受け入れるものなのか、仲間を励ますものなのか、自分をいたわるものなのか、私にはまったくわからなかったけど、それでも泣き続けようと思った。
泣きたいのを我慢している仁王の代わりに、私は勝手に泣き続けた。

初雪が降る傘の下。









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