「苦い。」

「そうだろうね。」


精市はフフと笑った。


「うえ…よくわかんない味。でも、ブラックより苦いかも。」

「コーヒーは美味しいよ。」

「飲むものじゃないよあれは。」


精市は私の頬に手を寄せると唇を重ねた。


「これで口直し。」

「今までで一番苦いキスだった。」


私が拗ねると精市は口元だけで笑った。
もう一度触れるように唇を重ねて離れた後、まだ余韻が消えないうちに私はふと思い出したように話した。
「精市が好きすぎて泣ける」と親友に言ったら「それ本当に好きなの?」って言われたこと。


「なんかそう言われると自信なくなっちゃってさ。」


私が悪びれる様子もなくそう言うと、精市の笑顔が凄まじく歪んだ。
昼下がりの屋上。
お昼を食べた後そろそろ教室に戻るかという頃になってそんな話をした。
立ち上がった私は目の前に出された精市の手を取って座ったままの精市を引っ張り上げる。
甘える精市は、二人だけの時限定。
そして私はそんな精市の甘さがすごく好きだ。
立ち上がった精市はそのまま私の手を掴んで離さない。


「つまり、Aは泣くほど俺が好きってことが言いたいんだよね?」

「違うよ。泣くほど精市が好きなのか自信がなくなっちゃったってことが言いたいの。」


精市は額に手を当ててため息をついた。


「フフ…くだらないこと、言うね。」


口元は笑ってるのに言葉に鋭い棘がある。
額に当てた手のせいで目が見えなくて表情が読めなくなったことがさらに恐怖を助長した。
私は慌てたように言葉を付け加えた。


「ほ、ほら、自分の気持ちがわかんなくなることってたまにあるでしょ?」

「え?ないよ。」

「……あの、私の話をですね、きちんと聞いてます?」

「聞いてるじゃないか。」


だから、と続けようとした私の顎を掴んで上を向けさせると精市は上から私の顔を見下ろした。
言葉を止められた私はなすすべもなく怯えたように精市を見つめる。


「Aが自分の気持ちがわからなくなったって言うなら、俺がわからせてあげてもいいんだけど?」


精市が笑う。
私は身じろいで苦笑いを浮かべた。
一歩後退ると壁にぶつかった。
精市はよくこうして私を追い詰めるのだとわかっていたのに、私は毎回それに捕まる。


「じ、自分で考えます。」

「遠慮しなくていいよ。」


そう言って精市は私の足の間に入ってくるとスルリと足を撫であげた。


「ギャー!!」

「Aは泣き叫ぶほど俺が好きなんだってわからせてあげる。」

「ギャアァァ!!すみませんすみません大好きです!!」


半泣きになりながら精市の手から必死に抜け出すと精市は吹き出したように笑い出した。
笑う精市を見て順に自分の制服を見ると半分以上脱がされているのが目に入ってさらに怒り半分泣きそうになった。
この男は手が早い。ついでに言うと気も早い。


「次そんなこと言ったら、本当に泣かせてしまうよ?」

「イエッサー…。」


精市は私から目をそらして微笑んだ。

私は、


「私は、」


精市の存在がこの上なく好きだ。
表情の一つ一つに強さや信念や、精市の全てが見えるのが好き。


「精市が」


精市が、いないと私は息もできないと思う。
正面も横顔も後ろ姿も雰囲気も全部好きで、私は余すところなく精市の全部が好きだ。


「好き。」


好き、が溢れて胸がつまる。
なんでこんなに好きになってしまったんだろう。


「うん。わかってる。ありがとう。」


精市は私の言葉にならない気持ちを受け取ってくれる。
精市がそれを大事に受け入れるのをよく私は目の前で見せてもらう。
贅沢だと思って。


「精市は私のこと泣くほど好き?」


精市は笑うようにため息をついて私の頬を撫でた。


「一生泣き叫んでも足りないくらい好きだよ。」


私を抱き締める精市の腕は微かに震えていた。
私はゆっくり抱き返して目を閉じた。


痛みに耐えないで欲しい。
たまには泣いて、叫んで欲しい。

精市は何も言わない人だから溜め込んでしまう。
そうして溜め込んだ傷が悲鳴をあげて崩れだす。
ほんの少しの擦り傷だって、ほっとけば酷い傷になってしまうのに。


「さよならだね、A…。」




精市の時間の秒針には傷が入ってる。

擦り傷みたいなものだって精市は言ったけど、それが一生にかかわるものだって私はすぐに気づいた。
それを癒したくて、私はキスばかりを精市にねだった。

最初は得体の知れない恐ろしいものに見えていた薬を精市が昼食後に飲むのも、もう見慣れたものになっていた。
精市が飲む薬は、コーヒーよりも苦くて、やっぱり得体の知れない味がした。
だけど今はそれが精市を生かしている。
私は精市が薬を飲むたびに私を思い出せばいいと、そう思った。


精市は明日から学校に来なくなる。
明日から精市には会えなくなる。
弱さを見せたがらない精市らしい拒絶の仕方だったから、私はそれを受け入れるしかなかった。
だから精市とは今日でお別れ。


「さよなら…精市。」


精市は静かに屋上を出て行った。
残された私は、精市が病気だと聞かされた時から今初めて泣いた。

私は精市が泣くほど好きだ。
今だって泣いてる。
好きだから泣いてる。


だけど、ああ…そうだよね。
泣き叫んでも全然足りないや。


大好きだよ、精市。
あなたがいないと息もできないのに、明日を過ごせるはずがない。
精市がいない時間を私は絶対に進めたりしない。

私は精市が入院する病院には行かない。
私は精市が苦しむ姿は見ない。
全部何もなかったことにしよう。

たとえ精市がいなくなっても、私はそれを知らずに生きていける。
こうして何もなかったように足踏みをしていれば、いつか精市が帰ってくることを信じて笑っていられる。

だから、私をここに置いていって。
精市が元に戻るまでの、ほんの少しの間だけ。


涙に似た嗚咽が零れた。
合わせた手の指先が冷たい。
それが唇に触れると、私はまるで神に希うように両膝をついた。








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