仁王のあだ名は詐欺師だ。
みんなは仁王になんだかんだで騙されたことがあるらしいが、運良く私にはまだない。
今は誰々にこんな悪戯を仕掛けているという話を仁王は私にはよくしてくれた。
だから私は信頼している。


「何か考え事ですか。」

「柳生。」


柳生は柔らかく笑って、難しい顔をしていた私の前に座った。
放課後の教室には私たちしかいない。

柳生とは小学校が一緒だった。
中学生になって一年、思春期に入って性別を意識し始めてからは、異性に話しかけると周りにからかわれてしまう。
柳生は律儀にもそんな素振りを見せず、しかし私が気まずくならないようにと一人でいる時に話し掛けてくれる。

仁王は私のクラスメイトだ。
そこから私を介して柳生と仁王が知り合った。
二人はクラスが違うのに一緒にお昼を食べるほど意気投合したらしい。


「仁王は?」

「先ほど見かけましたが、テニス部も終わったようでしたのでもうすぐ来ると思いますよ。」

「そっか!」

「では、私はお二人の邪魔にならないよう先に帰ります。」


笑う柳生のまだ幼さが残る横顔を見る。
眼鏡のレンズの隙間から細められた目元が見えた。


「あのね、柳生。」

「はい。なにか?」

「私と仁王って何に見える?」

「え?……恋人でしょう?」

「そうだよねぇ…。」

「うまくいってないんですか?そんな感じには見えませんでしたが…。」


柳生の黒目が斜め上に動いた。
部活前に私と仁王が仲良く話していた様子でも思い出しているのだろう。
私も仁王から告白された時のことを思い出していた。


付き合ってくれんかのう。


正しくは、『恋人のふりをするペテンに』という前振りがつく。
いつものように、仁王は私にだけはペテンの裏側をバラしてくれた。
仁王曰わく、「事情があって、とにかく全校生徒に俺には彼女がおるっちゅう嘘を信じ込ませたいんじゃ。A頼む!」らしかった。
噂を流すだけだとリアリティがないから、一番仲の良い女友達である私に協力を依頼したという。

事情というのは、どうせ女の子絡みだろう。
仁王は入学当初からとても目立っていてとてもモテていた。
しつこい女の子でもいるか、告白を断るのが面倒臭いか、多分そんなところだ。
そう思った私は真剣に考えてみた。

私には好きな人もいないし、周りから「彼氏作ろうよ!」とか「あいつAのこと可愛いって言ってたよ!付き合っちゃえば!」とか言われるのもうんざりしていた。
仁王はかっこいいし、仲が良い友達だし、まあいいか程度で仁王に協力することになって、私たちはめでたくもなくカップルになった。

それで、問題はここからだ。


「え!?は……………………………………!!!!」


実は仁王とは本当に付き合ってるわけじゃないことをカミングアウトすると、柳生は口を開けて固まった。
いつもは全力のゴルフスイングをしてもズレない自慢の眼鏡がズレている。


「え?ま、待ってください…。本気ですか!?あなた、あなたの人生それでいいんですか!?」


私の人生を心配された。


「え…そんなに驚くこと…?いつもの仁王のペテンだよ?」

「それにしても考えが無さすぎますよ!恋人ですよ?わかってるんですか?」

「なによ人を馬鹿みたいに…。仁王が困ってるんだったら仕方ないかなと思ったんだもん…。それに私は何も困らないし。」

「それ絶対何か騙されてますよ!」

「えーまさか!仁王からはちゃんとペテンだって聞いてるし、嘘だってわかった上で協力してるんだから騙されてないでしょ…?そりゃ何も言わずに付き合って、後から嘘でしたとか言われたら私だって騙された!と思うけど。」

「う、うーん…言われてみればそうですね…。合意の上なら恋愛詐欺ではないですね。」

「恋愛詐欺!アハハハハハ!なにそれ!」


柳生の口から恋愛詐欺なんて言葉が出てくるとは思わなかった。
そのギャップに私が爆笑していると、柳生は頭に手を当てため息をついて深く椅子に座り込んだ。


「ごめんって柳生。でも仁王はいつもちゃんと私にペテンの全貌を明らかにしてくれるんだ。私に詐欺したことまだないんだよね。」

「はあ…それは意外ですね。いかにもネギを背負った鴨のような顔をしていらっしゃるので。」

「どんな顔よ。」


柳生がまだまだ腑に落ちない顔で必死に頭を捻っていたので、私はなんだかおかしくなって笑った。
柳生は拗ねたように「Aさんは多分仁王くんの本性を知らないんですよ。」と言い訳をした。


「まじで?……実は性格悪いとか?」

「それくらいなら可愛いものです。」


柳生はどこか遠い目をしていた。


「仁王くんは嘘は吐かないけど本当のことは言わないんですよ。わかりますか?はは…わかりませんよね。すみません。」

「ちょ、わからないけど…わからないけどさ…!」

「仁王くんのあだ名をご存知ですか?」

「ペテン師だっけ?まあ屁理屈ばっかり言うしね。でも基本は良い奴だと思うよ?」

「だから質が悪いんです。」

「柳生、仁王が嫌いなの?」

「いいえ。友達なので言わせてもらうんです。」

「そ、そっか。なんか、苦労させてごめん…。今度から仁王にペテンを聞いたらこっそり柳生に教えるね。」

「それはもう教えていただけるとありがたいですね。仁王くんには一度びしっと仕返ししなければいけませんから。」

「ごめん…。」


容赦なく言い放った柳生に、柳生は怒らせると怖いと先に仁王に言っておく必要があるなと思った。
柳生にはあまりペテンを仕掛けない方がいいと仁王に助言しておこう。


「Aさんが謝ることはないでしょう。悪いのは仁王くんですから。」

「でも一応彼氏だから…。形式上。」


柳生が複雑な顔をした。
放課後のグランドで野球部が景気良くボールを打つ音が聞こえた。
カキーン!と高い金属音が夕方の学校に届く。
ホームランを打ったのかもしれない。
仁王のペテンは少なくとも柳生の頭にホームランしただろうし。

今さらながら、柳生に私たちのことをバラしても良かったのかと不安になる。
柳生ならいいか、と私は楽観的に考えることにした。
後で仁王には言っておけばいい。


「それで、まだ何か悩んでいるんでしたね…。」


柳生はげっそりした様子だったけど、私の話は覚えていたようだ。
そう話は戻るが、私にとって問題はここからなのだ。
申し訳なくなりながらも相談できるのは柳生くらいなので、私はぽつぽつと喋り始めた。


「このペテンいつまで続けるんだろうと思って…。毎日一緒に帰ったりお昼ご飯食べたり、時々、本当に付き合ってるんじゃないかって勘違いしそうになるんだよね。」

「ああ……。それは仕方ないかもしれませんね。人の頭は案外単純ですから。Aさんだけじゃありませんよ。安心なさってくださいね。」

「私の頭どんだけ馬鹿にされてんの。」

「仁王くんに言ってみたらどうですか?Aさんが嫌ならすぐに止めることもできますし、仁王くんも何も言わないでしょう。」

「やっぱり?そうだよね…。うん。相談に乗ってくれてありがとう柳生!!別に困ったことはないから嫌じゃないけど……一度仁王に言ってみるね!」

「ええ。それがいいでしょう。」


私が笑うと柳生はようやくほっとした笑顔を浮かべた。
柳生の笑顔を見て私も安心する。
仁王のことをよく分かっている柳生のアドバイスに従えば間違いはないはずだ。


「はー!良かったー。いや〜〜遠回しに仁王に聞いてもいつも何となくはぐらかされちゃってさ〜〜。昨日帰る時に、映画の話題の流れで、今度の日曜日二人で遊びに行こうって話になったんだけど、本当にデートみたいだなって思ってから深く考え過ぎちゃって。あはは!あーすっきりした!」

「は、はあ…。まあお二人は元々仲が良いですしね。」

「最近はますます仁王の演技にも拍車がかかってきてね、突然手繋いできたり、抱き締められたりするから私もう慌てちゃって。『そこは笑顔で抱き返すと満点じゃのう』とか、仁王の恋人のふりの演技指導厳しいんだよね。」

「ん…?」

「好きとか真顔で言うし、二人でいる時は雅治って呼ばないといけないし、メール返さないと怒るし。ベタベタな王道カップルって感じだよね!周りと恋人の話する時のネタにするのかな?ちょ、ウケるんだけど。あはは!」

「え?」

「恋人のふりも色々大変なんだよね〜。」


まあ私たちのペテンに?騙されてるみんなには?この大変さわからないだろうけどね?フッフッフッフッフッ
上から目線で、私たちが恋人だと信じて止まない全校生徒を見下し、私はニヤニヤと笑った。
柳生の驚いた時の顔を思い出したら更に笑顔が深くなった。
仁王がペテン師になったわけが私にも少しわかった気がする。

高笑いする私の目の前で、ようやく仁王のペテンの目的に気付いた柳生は、声を大にして叫んだ。


「あなた!!しっかり騙されてますよ!!!」

「えっ。なにが?」











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