*狂愛リクエストです
気分が優れない方は読まない方がいいです













そして真夜中はやってくる。


あまりの寒さにゆるゆると意識が戻っていく。
まるで臓器の代わりに氷を入れ替えたかのように体が冷たい。
まばたきをすると睫毛から水滴が頬に落ちた。
腕を動かす隙間がない。
狭い。

小さなユニットバスの中で、私はぎゅうぎゅうになっていた。
お湯はすっかり冷水に変わり、時間の経過を告げている。
濡れた髪もぞっとするほど冷たい。
着たままの洋服は水を吸って重くなっていた。
ゆっくり手を曲げ、水の中でふわふわと揺らいでいる服を触るとしっかりした生地の質感が指先に伝わった。

そうだ。制服のままだった。
私はふと思い出す。

電気がついておらず、小さな風呂場の中は真っ暗だった。
ほとんど視界が見えない中、とにかく暖かいシャワーを浴びたくて、私は足に力を入れ身を捻った。
力が入らない手でタイルとバスタブを掴み、手探りでシャワーのノズルを探した。

寒さで手が震える。
きっと唇は気持ちの悪い紫色をしているだろう。

いくらタイルを撫で回しても目的の物は見当たらない。
ようやく自分が蛇口がある方とは反対側を向いていることに気づき、私は足元の方に手を伸ばした。
蛇口をひねってシャワーを出すと暖かいお湯がスコールのように降ってきた。
もっとお湯によく当たろうと湯船から出る。
ばしゃりと水音が響いた。
久しぶりに聞いた大きな音に耳がわんわんと響いた。

それをきっかけに、時間が動き出した。
扉の向こうでバタバタと走る音が聞こえ、風呂場の扉が勢いよく開いた。
突然電気が灯り、あまりの眩しさに私は目が開けられなくなった。


「A…!!」

「ゆ……し……?」


恋人の名前を呼ぶと暖かい手が私の冷えた手を掴んだ。
眩しさに耐えながら目を開くと侑士の泣きそうな顔が目に入った。


「………さむ、い。」


侑士は濡れるのも構わず私を抱き寄せた。
侑士の震える肩に顔をうずめて、侑士の温もりと匂いを体いっぱいに吸い込んでから私はようやく力を抜いて泣きじゃくった。








「やっぱり熱出てもうたな…。」


苦笑いする侑士に私はまた謝った。
侑士は何も言わずに私の頭を撫で、毛布を肩まで引っ張った。
部屋は暖房で暖かく、窓からは昼間の明るい光が差していた。
ベッドの横の机には侑士お手製のお粥が乗っている。
侑士は料理が上手だ。
お粥の立ち上がる湯気を眺めていると私のお腹がぐうと音を立てた。


「食べさせたる。」

「………食欲ないの。」

「お腹鳴ってるやん。ええから少しでも食べや。薬飲まれへんやろ。」

「………いいのに…。」

「ほら、口。あーん。」


侑士が笑って私の口元にスプーンを運んだ。
私は渋々それを口に含み、ごくりと飲み込む。
溶けたお米と水分とほんの少しの塩分が喉を流れていく。
味はどうかと尋ねられ、私がおいしいと言うと侑士は嬉しそうに再びお粥をスプーンですくった。
私は侑士のお粥を半分ほど食べたところで、凄まじい吐き気に襲われ戻してしまった。
侑士が慌ててビニール袋を私の口にあてる。
ぐるんぐるんと意識が回り、私はお腹をこれでもかというほどにへこませて、胃の中身を全て吐き出した。
胃が痙攣を起こし、喉からおかしな音が出た。
あっという間に入れたばかりのお粥を出すと、もう胃には何も残っておらず、胃液の苦い味が食道をえぐり、舌を焦がし、唇を溶かし、それでも外に押し出ようとする。
苦しさに涙と鼻水が止まらず、顔や目が充血した。
気持ちが悪い。
脳まで溶けて出てしまいそうだ。

侑士は私の背中を何度も撫でた。
侑士の心配そうな手つきが柔らかい。


「、っおぇえぇ…ゲホ!ぅゲホゲホ!うえ、ぇつ!ぐ、げっぇ…ぇ」

「A…A…。」


侑士が手間暇かけて作ってくれる美味しい料理を、私はいつも食べ切れずに戻してしまう。
侑士はそれでも何度も作ってくれる。
何度でも何度でも作ってくれる。
私が風邪を引けば侑士で学校を休んで、侑士は甲斐甲斐しく看病してくれる。


ずっとずっと、二人だけの、時間。


私が怪我をすると侑士は優しく手当てをしてくれる。
私が泣くと傍にいて慰めてくれる。
私が素直ないい子になると頭を撫でて褒めてくれる。
櫛で髪をとかして、ヤスリで爪を整えて、制服のシャツにアイロンをかけてくれる。


ねえ侑士、私体重が10kgも落ちちゃったよ。
腕なんか骨しかないみたい。
これじゃ学校のカバンも重たいかもしれないよ。
歩くだけで足も震えて、靴もぶかぶかなの。
これじゃ学校まで歩けないよ。
友達にも会えないよ。


侑士は吐くだけ吐いて真っ青になった私の頬にそっと触れる。


「俺がずっと一緒にいるから、無理したらあかんで。Aには俺がおる。せやからなんも心配いらへんで。」


優しい侑士。


「だから昨日みたいに俺に黙って学校行こうとしたらあかんで…?びっくりするやろ…?」


優しい侑士。


「Aは俺がおらんと生きていけへん。そうですって言えや。なあ。」


侑士はまだ半分器に残っているお粥を、私が胃液を戻したビニール袋の中に捨てた。
べちゃりとビニール袋が重くなる。
侑士はいつも、私が残した料理を未練もなく捨てる。
絶対に自分では口にしないそれは、まるで最初からゴミを作っているかのようだ。

家に帰りたい。


ある日の朝、起きたら私は侑士の家に監禁されていた。
訳も分からず怖がって抵抗する私に学習したのか、侑士はひたすら私から力を奪うことに専念した。
その前の日の夜、侑士とまともな会話をした最後の時間、体を重ねた真夜中に、熱に浮かされた頭で、強い嫉妬を押し込めていた侑士が決壊するのを見た。
高熱はもう二週間も続いている。
あの時の熱が残って、私を内側から灰にしてしまおうとしているみたいだ。
侑士が私の額のタオルを冷たいものと取り替えた。


「私のこと、すき…?」


ぼんやりと小さく口から言葉が出たけど、自分で自分が何を言っているのかわからなかった。
もう瞼を持ち上げる力もない。
ただ、一瞬侑士の肩が震えた。
それにまだ安心している自分がいた。









>for はんな姫様


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -