*R-15




忍足の背中を直視できない。

学校指定のシャツを着ていてもわかる。
肌の色も、筋肉のつき方も、それは女を色濃く誘うものでしかなかった。
私はそれが酷く苦手だった。

忍足が廊下を通れば、女の子はみんな足と息と時間を止めて、誘われるように振り返った。
その本能のままに熱い視線を送り、忍足の完璧な背中に目を細めては喉を鳴らす。
忍足は人知れず口の端を吊りあげ、何も気付いていないふりをして歩いていく。
私の隣を通りすぎて行く。
忍足の匂いが風に乗って届いて、私は目をそらした。

忍足は毒々しい。

忍足が通る場所からじわじわと廊下が妖しげな雰囲気に満たされる。
その空気に染められないように、私は逃げるように教室に入った。





“今日、暇?”


そんなメールに返ってきた返信は“ええよ”の一言だけだった。
でもそのたった一言のために、少なくとも一週間は待っていたのだ。

忍足には体だけのお友達がたくさんいて、私はその中のたった一人。
それでも忍足のセフレになりたがる女の子はもっとたくさんいて、実際にセフレになると妙な優越感すら感じた。
かっこよくて、頭が良くて、優しくて、みんなが憧れる存在のあの忍足とほんの少しの時間だけ二人でいられて、ほんの少しだけ優しくしてもらえる。
それだけのために自分の体も時間も全部犠牲にして、それで喜んでいるなんて私はとても可哀想だ。

忍足は私のことを何とも思っていない。
私が今忍足との約束をドタキャンしたとしても、誰かが私の空席に舌舐めずりして入り込んでくるだけ。
気がつけば私は、必死にその席を守っていた。


「今日は、大人しいんやな。」

「緊張してるの。」


わかりやすい冗談に忍足が笑いを零した。


「じゃあ優しくしてやらなあかんな。」


その言葉とは裏腹に少し強めに肩を押されて私は後ろからホテルのベッドの上に倒れ込んだ。
転がった私の上に忍足が乗ると二人分の重さでベッドが少し沈んだ。
体勢を直しながら忍足の足が私の足の内側をわざとらしくなぞっていく。
温い体温が足の付け根まで来るとその先を期待して足が震えた。
忍足が私の制服のボタンに手をかけ、私はそれに応えるように手を伸ばして忍足の眼鏡を外した。
眼鏡を持ったままの私の手を忍足がベッドに沈めると同時に唇が重なる。


「ん…。」


忍足のいつも通りの巧みな手順に全身の力を抜いた。
制服を脱いで露わになった胸に忍足の指の長い手が吸いつくように滑る。
絡まっていた舌を解いて唇が離れた。
忍足の濡れた唇が首から胸、おへそへと落ちていき、茂みのギリギリ上で止まると小さく声が漏れた。
ぞわぞわと指が足の付け根の窪みを這って、唇はそのまま太ももとふくらはぎの内側とを辿り、足首の腱に柔らかく噛みついた。


「あっ…、や…!」


ゾクッとして体が跳ねた。
付け根をなぞっていた指が愛液を滲ませているそこへ移動して、人差し指を立て下から上へなぞりあげる。


「んん…、んぅ…!」


茂みの上の突起の先まで指が通るとたまらず背中が浮いた。
涙が滲んだ目を動かすと、動きやすいように少し崩した制服の隙間から忍足の鎖骨が見えた。

忍足の体は、沢山の女の子でいっぱいだ。
それと同時に誰の物でもない。
傷一つつきそうにない綺麗すぎる肌に、忍足との疎外感を感じた。
妖しげな色気があるのにはっきりとした女の陰が見えないそのギャップで、忍足には何物にも汚されないような気品みたいなものがあった。
誰も自分の内側に入れない冷たさの中にいるその孤高の姿は、女の子たちの恰好の餌だ。
女の子たちが忍足の檻で飼われているのか、それとも忍足が誰も近づけない檻の中で見世物になっているのか。
器用に動く忍足の指に体を開きながら愛液が肌を伝って落ちていくのを感じた。


「ん…、忍足…。」

「…ん?暑い…?冷房つけようか?」

「ううん。…っ、あ…。忍足…。」

「どないしたん…?」

「あのね…、私、今日で最後にするから…。」


なんで、と言いかけた口を閉じて忍足はそうかとまた一言で返した。
少し気まずくなった空気を壊すように私は一層高い声をあげた。


「ん、ん…ぁ…っ。」


ゆっくりと中に押し込まれていく忍足のものをぎゅうと締め付ける。
体に力を入れると快感を得やすくなるけど、力が抜けた状態で迎える終わりの方が何倍も気持ちがいいことを忍足は知っている。
そういう焦らし方が得意で、体の相性が合ったこともあって、忍足との行為はとても気持ちが良い。
抜き差しされる動きに合わせて内壁が波打って言い知れない快感に酔った。
イきそうになるたびに焦らされて、先延ばしにされるたびに腰の力が抜けていく。
段々と短くなる感覚の波を感じながら私は忍足の全てを受け入れる。


「あ、あ…っ、ぁ…!」

「な…A…。」


動きは止めずに忍足が目にかかっていた私の前髪を優しくはらった。


「最近、綺麗になったって言われへん…?」


本音なのかお世辞なのか、私はただ微笑んで返した。


「そう…かも、ね…?」


十の指より不純な関係の方が多いくせに、忍足は下品な女の子が嫌いだ。
忍足に好かれたくて、言葉づかいも仕草も姿勢もボディケアにも気を遣ってきた。
周りも綺麗だと褒めてくれるようになった。
忍足なんかよりよっぽどマシな男の子に告白されたりもした。
今何か言いたげな忍足にあえて気付かないふりをした。


「あ…、ぁ…っ。」


私を守ってくれない忍足の背中、それでも忍足を好きなケナゲな私。
牙を剥かないと知って無防備に見せつけられる後ろ姿、飼いならされた私は、私だけを見てほしいとは口に出せずその背中に痛いほどの目を向けて歯を食いしばってきた。
今忍足が振り向いて、私が忍足に縋ったとしたら、きっと私は一生都合の良い女だ。
忍足の寂しさは私自身へ向けられるものではなく、気が合う友達の別れに近いことを私はよく知っていた。
だからきっと別れの痛みは一方的に私の方が重たい。
でもそれが長い間無意味な関係を続けたことへの代償なら、やっぱり甘んじて受け入れるべきなんだろう。


「あぁ、や…、イく…!侑士…っ。」

「A…、………つっ!」


せいぜい可愛らしく甘えて忍足を抱き寄せ、思いっきり爪をたてた。
忍足の端正な顔が苦痛に歪むのを見て、真っ白になる頭の中でざまーみろと思った。
先一週間は他の女と遊ぶたびに、背中に引かれた赤い線をあざとく見つけられる。
きっと誰もが目の色を変えて「わたしも」「わたしも」とその背中に傷痕を残したがるはずだ。
ハイエナのように群がって、骨になるまで忍足が喰い尽くされてしまえばいい。
クールぶったポーカーフェイスが崩れた忍足の私を批難する目に自然と口の端が吊りあがった。
置き土産は満足してもらえたらしい。










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