私は。

それでも、長太郎の恋を応援している自分が嫌いじゃなかった。


長太郎の相談に心の底から返事を返す。
長太郎の真剣な眼差しがほろりと緩む。
私の心がじわっと温かくなる。

私は長太郎の優しく動く目が好きだ。
口が裂けてもそう長太郎に言うことはないけど、もう何度も心で思ったことだ。

こうして、長太郎の相談に乗って、長太郎の役に立っている間だけは、自分の想いが無駄ではないと感じることができたので、とにかく私は泣かなくて良かった。

大好きだから、長太郎にはずっと幸せでいて欲しくて、一瞬ですら悲しみを感じて欲しくなくて、私は長太郎の悩みを必死に聞く。
長太郎が好きだからこそ、私は長太郎の力になれる。
痛みしか生まない一方通行の想いが、違う形になったとしても長太郎に届くのだから。


「長太郎。」

「はい。」


ケーキちょっと甘すぎたねと言うと、長太郎は美味しいですよと笑って答えた。
調理実習で作った、苺のショートケーキだ。
定番中の定番のケーキが、いつもよりうまくいったから私は長太郎にあげることにした。
少し強張った顔をしている長太郎の緊張が、砂糖の甘さで少しでもほぐれたらいいと思いながら、私は長太郎の口の中に消えていくケーキを見ては溶けていく様子を想像した。


「うまくいけばいいね。」

「……本当はとても自信がないんですが…。A先輩が応援してくださった分、精一杯頑張ってみます。」

「大丈夫だよ。絶対。」


私の言葉が長太郎の背中を押す。
長太郎はそれで幸せになれるのかもしれない。
そう思うと胸が痛んで、喉がぴりぴりと悲鳴をあげて鳴った。
きっと嬉しいからだと、自分に言い聞かせた。
手が震えた。
私が緊張してどうするんだと、自分におどけてみせた。

律儀にもケーキを全部たいらげると、長太郎はもう一度嬉しい褒め言葉を述べた。
ケーキがなくなった紙皿が急に寂しくなって、思わず元の面影を探して目を落とした。


「じゃあ…時間なので、行ってきます。」

「いってらっしゃい。」

「はい。」


長太郎が席を立った。
愛しいあの子に想いを伝えるために、約束の場所へ。
二人しかいない放課後の教室に椅子を引く音が響く。
長太郎の教室、長太郎の席に向かい合って座って、長太郎の相談に乗る。
顔も知らない後輩の女の子を喜ばす方法を、私は長太郎の前で考えた。
短かったような長かったような時間をかけて、長太郎の恋の成就はもう目前だった。

麗らかな日差しが窓から差し込んで、立ち上がった長太郎の髪に天使の輪を作った。
長太郎の微笑みが一層暖かく見えて、私はもう二度と長太郎に会えないとでも言うかのようにその長太郎を見つめた。
歩き出そうとした長太郎がそんな私を驚いたように見た。
それから眉根を寄せて首を傾げ、心配そうな表情を浮かべた。


「先輩どうしたんですか。俺、何かしましたか?俺が…。」


長太郎は戸惑って私にハンカチを差し出した。
濃紺色のハンカチにはアイロンがぴしっとかかっていて、ズレることなく綺麗な正方形に折られていて、花のような洗剤の匂いが微かに漂っていて、長太郎のシャツもそう言えばいつも同じ洗剤の匂いがしていたと思うと、それまでの長太郎との思い出が一気に、一気に、つんと熱くなって溢れ出た。

私はただ目の前に差しだされた長太郎のハンカチを反射的に受け取った。
それが長太郎の手だったらどんなに良かっただろう。
泣いているのだと気付いたのはそれからだった。

長太郎は時計を見て、申し訳なさそうに何かを伝えると教室を出て行ってしまった。
私のせいで時間に正確な長太郎が約束に遅れてしまったら取り返しがつかない、と申し訳ない気持ちになっても涙は止まらなかった。

洗って、アイロンをかけて、綺麗にたたんだとしても、もう元には戻らないだろうから。
長太郎が教室からいなくなった後でも、私はやっぱり長太郎の匂いがするハンカチを使うことはできなかった。

それからどれだけ時間が経ったかわからない。
長太郎が私を心配して教室に戻ってきてくれた時、いよいよ抑えきれなくなって、私は長太郎の名前を呼んでしまった。
もうその名前も、笑顔も、他の人のものかもしれないのに、長太郎は教室を出る前と変わらない優しさで私を心配する。

震えが止まらない唇は噛んで白くなっていた。
ひどい顔をしているだろうとは思ったけど、好きだと言う言葉だけは言うわけにはいかなかった。










窓から差し込む光に反射していた流れる涙が頭に焼き付いて、そういえば彼女が泣いたのを見たのは初めてだと思うと、それまでの彼女との思い出が、一気に、一気に、じわっと熱く溢れ出て、告白する前の軽い会話の途中で引き返してきてしまった。
(side 長太郎)






Forゆく様




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