私は恋人を作るということを、ご飯食べて寝て学校行ってとかそんな物と並べていた。
例えば、お腹が空いからご飯を食べるとか、暇だから友達にメールをするとか。

周りがそうしているから。
そうすることが当たり前みたいだから。
だから、なんとなく彼氏を作った。

好きだと言って、キスをして、体を預けて、ケータイの待ち受けを彼氏とのツーショットにして、記念日にはプレゼントを交換する。
彼が好きかと聞かれたらもちろん好きだと答えただろうし、実際ちゃんと好きだったような気もする。

ドラマや小説で見る恋愛は決まって羨ましいくらい甘くて切なくて綺麗だったけど、そんな恋がしたくても現実の恋愛には思った以上に何もなかった。
ドキドキも苦しさもないわけではなかったけれど、心に劇的な変動なんかなくて、でもそれがずっと私の「普通の恋愛」だった。

要は、私はただ単に、恋に恋していただけだったんだと思う。





一目惚れ、をした。


生まれて初めて、息がつまるほどの衝撃を受けた。
冷めたぬるま湯につかっていた私の世界に天変地異が降りそそいだ。
それ以来、私の目には柳生くんしか映らない。




何の因果か、何度席替えしても隣の席になる腐れ縁の仁王と、先日部活を見にくるという約束をした。
私でも何がなんだかわからないうちに了承してしまったようだ。
今思い出してもあの会話、本当に意味がわからない。


「A、その落書きを今すぐ消しんしゃい。」


机の端に私が書いた落書きを仁王が胡散臭そうな目で指摘したのが事の発端だった。
縦に並べられた正の字は、もうじき折り返し地点を迎えるところである。
これは仁王が今の席になってから、女の子に告白された数・私調べだ。
先日柳に褒められたところを見ると、おおよそ正確らしい。


「何の統計なのか…もしかしてバレた…?」

「消・せ。」

「く…っ!私の集大成が!お、覚えてるし別にいいけどさ…。」

「おお?お前さんの記憶から消さんといかんみたいじゃの?幸村でも呼ぶか?」

「人間凶器は反則――――!!!!!」


ここからの会話が問題だ。
仁王が言ってることが意味不明すぎて私の頭には残っていないんだけど、売り言葉に買い言葉でうまく仁王に乗せられたのだと思う。

仁王が言うにはどうも私が何か怒らせるようなことを言ったらしく、仁王が詐欺師の本気を出したとかなんとか、全く末恐ろしい中学生がいたものだ。
自分と知り合いだとは思いたくない。

まぁいくら仁王が変人でも、約束をしたからには部活を見に行くしかないだろう。
仁王が怒った代償が、部活を見に来ることだって言うなら安いものだと納得して、私は放課後テニスコートに足を向けた。

五分だけ見て帰ろうと思ったけど、フェンスを取り巻く女の子たちの隙間から見えたその人に思わず足が止まってしまった。
一瞬で仁王なんか目に入らなくなった。
眼鏡以上に存在が輝いていた柳生くんは、あっという間に私の心を奪取した。


ああ、そうか。
恋をするって、こんなに落ち着かない。


部活が終わって、周りのファンの子たちが帰っても、私はその場を動けなかった。
誰もいなくなったコートを見つめながら、私は柳生くんの姿を何度も思い出していた。
柄にもなく赤くなる顔に恥ずかしさでうめき声をあげた。

日が傾いて空の赤が遠くなる頃、着替え終わったらしい仁王がフェンス越しにやってきた。
柳生くんはまだ着替えているのか、部室のドアから明かりと誰かが騒ぐ声が聞こえる。


「おーA!約束通り来てくれたんじゃな!」

「……………おー…。」

「で、俺のテニスを見た感想は?相手の裏の裏をかく予想不可能な頭脳プレイ。もう二度と仁王雅治を馬鹿にできんほどに、脳の髄まで痺れたじゃろ。」

「うん、まじで、やばい、ほんとう、痺れたわ。輝いてたね。仁王が自慢するだけあるわね。」

「だーから言ったじゃろ?いやぁわかってくれて嬉しいのう。お前さんもそうやっていつも素直にしてれば少しは可愛気があ…」

「ほんと、柳生くんって素敵ね!!!」


鋭い目がチャームポイントの仁王(って言うと怒る)がその顔に不釣り合いなほどにっこりと笑顔を浮かべていた。
それと反比例してフェンスを握る手がみしみしと軋んだ。


「…おまんという奴はどこまで詐欺師を馬鹿にすれば気がすむんじゃろうのぉ。おうコラ聞いとんのかワレェ。」

「うっわー!仁王その口調にその声だと極道みたいだよ!ドン引き!……ご、ごめん。冗談だから。イッツアジョーク!」


仁王がドスのきいた声でぼそりと不穏な言葉を吐いたので私は素直に謝った。
ていうか仁王ネクタイすごい汚いねと悪気なく言うと仁王は着替え途中なんじゃとまた怒った。
着替えてる途中で外に出るなと思ったけど、もう余計なことは言えなかった。


「仁王くん帰りますよ。…と、そちらのお嬢さんは…?」


この声!この柔らかで上品な声は!
目を向けると、正しくはあまりの眩しさに直視できなかったけど、背景に夕陽をオプションにつけた柳生くんがいた。
神さま、柳生くんをこの世に誕生させてくれてありがとうございます。生命の神秘に感謝。
柳生くんに向かって手を合わせて涙ぐんでいると仁王がぎょっとした目で私を二度見していた。


「あ…あぁ…こいつはAじゃ。俺のお隣さん。この通りちょっと変わった奴でな…。」

「あぁ、先日仁王くんが話されていた方ですか。初めまして。柳生比呂士と申します。」

「は、初めまして…。」


柳生くんは朗らかに笑った。
仁王と違って裏表のない純真な笑顔に私の心は舞い上がった。

駄目だ、今自分がどんな顔してるかわからない。
こういう時なんて言えばいいんだっけ。
どう言えばもっと仲良くなれるんだっけ。
そう言えば柳生くんの好みも調べないと。
ああもう仁王と帰る雰囲気になってる。
どうしよう、何か言わないと、何か。


「では、私たちはこれで…」

「や、柳生くん!!!」

「は…はい。」


何か?と目を丸くする柳生くん。
眼鏡で見えないけど、多分目を丸くしたはずだ。
どうしよう呼び止めたのはいいけど、何を言ったらいいんだろう。
柳生くんが困ってる。早く、早く何か言わないと、早く。


「ネクタイ歪んでます!!」


予想以上に大きく出た声に仁王と柳生くんと私の目も点になった。

今私なんて言ったっけ?

柳生くんのネクタイを見てもそれはもうピシっと完璧でどこにもズレなどない。
やっぱり馬鹿だ私。ぐちゃりと曲がっているのは仁王のネクタイだ。
それがさっき気になったとは言え、短絡的な頭はそのイメージを全面的に押し出していた。
それもこれも仁王のネクタイの汚さがあまりに印象的だったからだ。
そうだ仁王のせいだ。
柳生くんは自分のネクタイに視線を落として、口元を震わせた。
仁王のネクタイがね!とそう全てを仁王のせいにして自分の失敗を回収しようとした私の言葉を、柳生くんが遮った。


「すみません!お見苦しいところをお見せいたしました…!」

「え……。」

「ノットがいつもより甘かったようです。部活の後だからと言ってそんな風に怠慢になってしまうとは…。お恥ずかしいかぎりです。今後一切このようなことがないように気を引き締めて努めます。毎日何百という生徒のネクタイを見ている風紀委員以上にお目がきくのですね。ありがとうございました。私もぜひともAさんを見習いたいです。」

「え…なに。の、のっと…?」

「着替えなおしてきます!」


柳生くんは爽やかに部室へ戻って行った。


「におー……。」

「おー…。」

「ノットってなに…?」

「ネクタイの結び目のことじゃな…。」

「へぇ…。」

「…ま、気にしなさんな。お前さんと同じくちょっと変わっとるけど良い奴ぜよ。」

「うん、いい人すぎだよ柳生くん……感動しちゃった。」

「は?」
「私がとっさに変なこと言ったのに…。歪んでもないネクタイを歪んだことにしてくれるなんて…紳士的…。」


ぽかんとする仁王を無視して、私はうっとりと部室の扉に熱い視線を送った。
ついて行けん、と頭を振る仁王をよそに、それがきっかけで私たちはノットのごとく固く結ばれる運命にあるのだということを、このとき私と柳生くんがすでに薄々感づいていたのは言うまでもない。








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