「仁王先輩がもし女の子だったら。」


そう言うと普段は適当な返事しかしない仁王先輩が妙に乗ってきた。


「おう、なんじゃ。言うてみんしゃい。」

「柳生先輩を落とすんだったらどう落とすのか、聞いてみたいです。」


参考までに、と付け加えると仁王はあからさまな溜息を吐いた。


「はー…もし女の子だったらって言うからうっかり色々期待したぜよ…。がっかりじゃあ…。」

「なに期待してたんですか。」

「ヒミツ☆」


即答した仁王先輩の横顔を疑心暗鬼な目でじろりと見ると鼻で笑われた。
これはこれで腹立たしい。
でも仁王先輩は柳生先輩の親友だし、頭がいいからやっぱり柳生先輩を落とすなら仁王先輩は避けては通れぬ茨の道である。


「それで質問の答えは…もらえるんでしょうか。」

「あー…答えね、答え。ちょっとボタン開けてスカート短くして迫ってみると…」

「みると?」

「面白いことになると思う。」

「もう!!私は真面目に質問してるんですよ!」

「あーははは。」

「柳生先輩の好みは真面目で清楚な感じの子なんですからね。リサーチ済みです!」


私が捲し立てると仁王先輩は私の頭をがしっと掴んだ。
せっかく柳生先輩のために整えた髪がもしゃりと音を立てる。
整えているだけじゃない。毎日のケアも欠かしたことがない。
風でなびくたびにサラサラと音をたて、微かに香るシャンプーの匂い。
まさに最高峰の頭髪である。
もちろんこの絹糸のような髪は柳生先輩のために誂えたものであって、仁王先輩にぐしゃぐしゃにされるためじゃない。

仁王先輩は女の子の気持ちをもっと考えた方がいい。
どうしてこの先輩がモテるのか、私には全く謎だ。
御顔が随分よろしいようですからねと嫌味を言っても、仁王先輩は全くその通りだとでも言うかのように真顔で頷きそうだ。
仁王先輩は私の頭を鷲掴みにしたまま、自分の方を向かせた。
そのまま仁王先輩の顔が近付いて、そりゃあもう悪魔のような顔で笑った。


「ええか?いくら柳生が紳士でもあいつだって男じゃ。……試してみるか?」

「く…っ!けっこうです…!」


仁王先輩の口車に乗せられるのは一番危険だ。
試してみるか、と言われて今までろくなことがなかった。
柳生先輩か私のどちらかが毎度酷い被害をこうむるのだ。


「先輩に相談した私が愚か者でした。」

「お前さんと柳生を見守る俺は相談されるたびに必死になっとるのに…俺の無償の愛は無駄ってことか…。」

「先輩、無駄どころか有害です。」

「おおよう言ったな。お前さんいつか俺に土下座して感謝させちゃるけぇの。」

「ハッ!そんな日が来たら先輩のプリとかピヨとかいう宇宙語を私も使って先輩と一緒に周りから白い目で見られてやりますよ!」

「え…あれ…今までそんな風に思ってたの…?」


私は思いっきり啖呵を切ってやった。
いけない。こんな大声をあげているところを柳生先輩に見られたら嫌われてしまうかもしれない。
もう仁王先輩なんか頼ってはいけない。
私は私の力でこの恋を成就してみせる。
私はその勢いに乗ったまま柳生先輩の教室を訪れて、放課後一緒に慎ましく下校する約束を取り付けることができたのであった。



「すみません。遅くなってしまって…。」

「いいえ、柳生先輩気にしないでください。…私、自習していましたので時間が経つのも感じませんでした。」

「あぁ…とても素晴らしいです。私もその勤勉さを見習わなくてはいけませんね。」


真っ暗な廊下は不気味だったけれど、私は柳生先輩と一緒にいるだけで怖くなかった。
教室から出て私たちは靴箱へと向かった。
その途中の曲がり角に差し掛かった時、廊下の隅で青白い何かが蠢いていた。


「おぉぎゃあぁぁ!!!」

「なんですか!女性がそのようなはしたない声をあげていてはいけませ…ヒッ!イヤアァァァァァ!!!!」

「柳生先輩…!柳生先輩!だ、大丈夫ですか?」


柳生先輩は叫ぶなり立ったまま硬直してしまった。
心なしか曇った眼鏡の奥で白目を剥いているような気がしなくもない。
いたわしい柳生先輩の姿に私はキッと元凶を睨みつけた。
青白い何か、大きな白い布の下からぴょうと仁王先輩が顔を出した。


「仁王先輩!なんてことをするんですかっ!!」

「人をお化け扱いした挙句その態度はなんじゃ。指導!」
「痛いです!」


仁王先輩はふざけて私の頭に手の側面を垂直におろした。
何の指導だ、何の。


「俺は善意で今度の体育祭の横断幕を運ぶ手伝いをしてただぜよ。」

「いいえ、悪いことは全部仁王先輩のせいに決まっています。柳生先輩の心臓に何かあったらどうするんですか。」

「こういうのは叩けば治る。」

「柳生先輩は故障した家電製品じゃないんですけど…。」

「プリッ!」


仁王先輩が可愛らしい効果音で柳生先輩の背中を力強くどついたので、私は両手を頬に当てて悲鳴をあげそうになった。
野蛮人!と叫ぶとまた頭を鷲掴みにされて脅された。
口調といい目つきといい仁王先輩は絶対その筋の才能があるに違いない。


「…は!…おや?私は今まで何を……?」

「おお気がついたか柳生。心配したぜよ。」

「仁王くん…私は何をしていたんですか…?」

「俺はたまたま通りかかっただけなんじゃけど、こいつがお前さんに告白して、お前さんが頷いたところで事故が起こったわけじゃ。どうじゃ、何か思い出せるか。」

「に、仁王先輩!?」

「なななな、なんですって…!いけません。片鱗すら記憶にないようです…。」

「あーあー紳士が聞いて呆れるのう。女の子がどんな思いで告白したと思っとるんじゃ!それを踏みにじるとは…柳生、見損なったぜよ。」

「ちょ、ちょっと待ってください。え、ええ…確かに何か衝撃的なことがあったような…。それがその、そういうものかは断定できませんが、薄ぼんやりと覚えているようないないような…何か恐ろしいものを見たような…えっと…?」

「そうじゃろそうじゃろ。あれだけ嬉しそうに頷いとったんじゃから当たり前ぜよ。な?」

「え!?」

「は…しかし私と彼女はまだあまりお互いを知った仲というわけでは…。」

「そんなことないじゃろ。ちゃんとこの目で見たんじゃ。もう一回ちゃんと返事してやりんしゃい。」

「ええ!?」

「く…すみません…。事故とは言えこのような形になってしまって…。きちんとお詫び申し上げます。それから、こちらこそよろしくお願いします。」

「えぇぇ!?」

「そういうわけじゃ。おめでとさん。」

「………仁王…せんぱい。」

「何か言うことはあるか?ん?」


仁王先輩は私の頭を掴んで目を細めた。


「は…離してくださ…!」

「お礼は?」

「あ、ありが…、」

「聞こえん。」

「うぐぐ…。」

「そう言えばこの間何か言っとったのう。宇宙語がどうとか。クックックッ…ほれほれプリッて言ってみんしゃい。」

「………プ」

「約束じゃろ。」

「………プ」

「ご、よん、さん、に、」

「………プ、…プピーナ…。」

「な、なん……。」

「いたいけな女性に乱暴はよしたまえ!」


仁王先輩の言う通りになるのが悔しくて、私は咄嗟に似て非なる宇宙語を喋った。
その瞬間、それまで目を点にして見ていた柳生先輩が、仁王先輩の首根っこを大和男子のような勇ましさで掴みあげて私を救いだしてくれた。
私はまた柳生先輩に惚れ直してしまった。

それから仁王先輩はなぜかプピーナを気に入ったようだった。
仁王先輩がますます宇宙人に近づいていく気がしてならなかったけれど、決して私のせいだとは思いたくない。
私は宇宙の解明よりも仁王先輩の解明の方が、人類にとっては難題なのかもしれないと思った。





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