今年も毎年恒例の合宿に来た。
跡部の別荘を借りるのも今年で三回目なのに、私は未だにここの構造が覚えきれない。
うっかり冒険心を出そうものなら迷ってしまう。
現に私は過去二回の合宿で何度も迷子になり、跡部家の使用人フル動員で救出にあたられるという大惨事を引き起こした女なのだ。
「おい、お前。」
「ん?なに?」
「今年も迷子になってみろ。今回ばかりは置いて帰るからな。」
「うっ!こ、今年は大丈夫だもん…。」
「フン、どうだかな。」
鼻で笑いながら合宿所に入っていく跡部の背中を私は恨めしげに眺めた。
「どちくしょうオォ!庶民の方向感覚なめんなよ!?」
どこもかしこも同じような装飾。
右に曲がっても左に曲がっても同じだなんてわからなすぎる。
だけど、さすがに今年も迷惑をかけるわけにはいかない。
「おおマネージャー様!お部屋はこちらでございますよ!」
「あ、お嬢様!そちらはお化粧室となっておりますが大丈夫でしょうか?」
「マネージャー様、お出かけになる際はぜひ我々にお申しつけくださいませ。」
主であるはずの跡部を素通りして私の周りに群がる使用人方。
「三日間お世話になります…。」
ほんとすみませんと土下座をして謝りたくなる雰囲気の中、私は気合いをいれて合宿に乗り込んだ。
すぐに練習が始まり、私は私なりに一生懸命仕事をした。
別荘の中を歩いていてもなんとなく道は覚えていた。
なんだ。やればできるじゃん私!
「フッ…覚えてなさい跡部。今年の私は一味違うわよ!」
スコアボードをいじりながら私は跡部の背中にピシピシとよからぬテレパシーを送った。
跡部はというと部員全員を集めて全員まとめて俺様が相手をしてやるぜアーン?なんてカッコつけている。
一つのコートに入る200人の部員。
つーか狭!あんな状態でテニスができるわけないのに!
「お前もう少しそっちに寄れよ」と先輩に押されてコートからはみ出している後輩が可哀想だ。
反対側のコートに一人ぽつんと立ってサーブを打つ跡部。
いるよなぁ…。参観日に張り切る奴。
遠くてよく見えないが別荘の窓から優雅で上品なご両親が見える。
二人ともお茶をしているようでテニスコートなんて見ていないようにも見えるが。
「ハーッハッハ!俺様の美技に酔いなァ!」
「うわ!こっち来た!」
「やめぇやがっくん!俺を盾にしたらあかんて!あ、うわ!あかん!あかん!」
跡部のボールと奇妙な掛け声にドン引きする部員たちは、わらわらとボールを避けて逃げ惑っている。
最近じゃ跡部の破滅への輪舞曲を受けた者は部長に酔わされる→呪われるとまで言われている。
輪舞曲を打つ跡部の表情は完全に自分に酔っていた。
私はため息をついて別荘へ戻った。
「マネージャーさま、どちらへ?」
「あ、トイレに…。」
「あちらを右に曲がって突き当りを左でございます。ついてまいりましょうか。」
「い、いえ。大丈夫でございます。」
心配そうな使用人に会釈してから私はトイレに向かった。
いくらなんでもトイレの場所くらいは覚えてるのに。
私はトイレを済ませてから自分の部屋にタオルや日焼け止めやノートなど必要なものを取りに行った。
私の部屋は玄関からかなり離れた場所にある。
そりゃ部員優先で玄関から部屋割りしてるし、厨房や洗面所は逆に私の部屋の方が近いから妥当と言えば妥当なんだけど。
コートから自分の部屋に戻るのって面倒なんだよね、と一人ぼやきながら私は廊下へ出た。
しばらく歩いたところで少し見覚えのある横道を見つけて私はふと足を止めた。
(あ、確か去年迷った時…こっちに行ったら近道だったよね。)
私はそっちの通路にふらりと入って行った。
(そうそう、ここにこの銅像があって…)
思い出しながら順調に進んで行くとつきあたりにドアがあった。
(あ、ここかな?外に繋がるドアが…)
私はにこやかに扉を開けた。
「ぎゃああああ!!」
扉を開けて対面したのは一糸纏わぬ跡部様だった。
「アーン?なんでお前がそこから出てくるんだ。」
お前部活もう終わったのかよとつっこみたくなるのも我慢してシャワーを止める跡部から目をそらすが衝撃で体が動かない。
どうやらここはシャワールームらしい。違う壁際に正しい入口を見つけてじゃあこの扉はなんだと頭がパニックになる。
なんでお前がそこから出てくるんだ、なんて私が聞きたい。なんだこのお笑いコントは。
わからない。お金持ちのデザイン趣向がわからない。どういう構造になってるのよ。こっち側は普通の廊下なのに。
固まる私を見て跡部はフッと笑みを零し前髪を掻きあげて近寄ってきた。
「ままま前隠して!!こっち来ないで!!」
「ここにいるってことは俺様の裸が見たかったんじゃねぇのかよ。」
「断じて!!」
「まぁ…その気持ちはわからなくもないぜ?美しさは罪だよなァ。ハーッハッハッ!」
「は?今なんて言った?」
「オラ、今なら見放題だぜ…。」
「違うっつってんでしょ!!ちょ、来ないで!来ないで!!だ、誰かー!!」
私は無我夢中で走った。
「景吾様、マネージャー様がどこにもいらっしゃいません。」
「アーン?またかよ。まったくしょうがねぇなあいつは。」
(ハッ…!ここどこ!?)