マネージャーを始めて今年で三年ともなれば合宿に来るのも今年で三回目になるのだがこんなに気を遣う合宿は初めてだ。
幸村が退院しての合宿ということで「色々と無理をさせないように」というのが事前に私たちが幸村に内緒でこっそり決めたスローガンだった。
色々と、の部分にはまあ色んな意味が含まれているわけなんだけどこれは正当な部員の人命保護にあたる。
病み上がりだからというのももちろん理由だけど、幸村は退院してからかなりやる気満々なご様子。
しかも幸村自身はフォローされるとか気を遣われるとか、プライドを刺激されるのが大嫌いだ。
だけど私たちだって命は惜しいわけで。
幸村は鋭いからさり気なくフォローしていかないとすぐにバレるだろうとあれほどみんなで話し合ったっていうのに…。
「む、幸村!そんなことは俺がやるぞ!」
あのオヤジイィ!と部員一同が胸中でハンカチを噛んだ。
「これくらい大丈夫だよ、真田。」
「心配はいらん。俺がやる。」
真田は優しい笑顔を浮かべながら幸村からラケットを取り上げる。
幸村の笑顔が凍ったのがわかった。
「ちょっと真田!」
「なんだ。どうした。」
「幸村へのフォローはさり気なく、でしょうが!」
「さり気ないではないか。」
「どこが!?」
「心配するな。人からの好意を嫌がる奴などおらん。お前も自分の仕事に専念しろ。」
「ちょ、真田…!」
合宿初日、幸村の笑顔が何度凍っただろう。
「幸村。」
「真田、もういいからお前とレギュラーは先にあがって風呂に入ってきたらどうだ。」
「しかしだな」
「もう今日はこれで終わりだし、ここの風呂は広くてなかなか気持ちがいいらしいんだ。汗を流すにはもってこいだと思わないか?真田、お風呂好きだろう?」
「だ、だが…」
「お疲れさま。」
幸村に笑顔でそう言われて、真田とレギュラー陣は渋々お風呂に向かった。
「俺、なんか嫌な予感するんスけど…。」
「みんな思ってることだろぃ…。」
「幸村が言うなら大人しく風呂に入るしかなさそうじゃのう…。」
「気が重いですね…。」
「そ、そう言うなよ。ここの浴場、温泉らしいぜ!」
「ジャッカル…。それは恐らく幸村の嘘だ。この辺りで温泉が湧いているというのは聞いたことがないし、地形的にも考えにくい。」
重いため息をつく部員の中、真田だけは幸村がそう言うのだから本当に大丈夫なんだろうとようやく納得し、浴場に向かう足取りが軽かった。
「マネージャー。」
「ん?なに?」
「もうすぐ部活が終わるからみんなを夕飯の前に入浴させたい。今のうちにタオルを持っていってくれないか。」
「オッケーオッケー。」
私は幸村に言われてタオルが詰め込まれたかごを持つとお風呂場へ向かった。
脱衣所に入ると意外に広くて綺麗だったので、私は周りを見回して歓心した。
マネージャー専用のシャワールームはあるけど、せっかくだし夜にでも幸村に許可をもらって一人貸し切りでここに入ろうか。
素敵な計画に胸をときめかせているとその瞬間、誰もいないはずの浴場のドアが開いた。
「ぎゃああああ!!!」
「ぬおおおおお!!!」
ほぼ同時に私と真田が叫んだ。
般若のような顔をして叫ぶ真田の後ろでは慌てて湯船に飛び込もうとして豪快に転んだ赤也が見えた。
「すすすすまない!!!」
真田は慌てて浴場の扉をピシャッと閉めた。
幸村が今のうちにというくらいだから誰もいないのだろうと思いこんでいたが、よく見るとちらほら服がある。
私はタオルを棚に押し込むとお風呂場を出た。
幸村のせいかと思えば怒りが収まらないんだけど、さっきの真田と赤也を思い出したら笑いが止まらない。
「あははははは!!!」
「うわ、マネージャーの笑い声が聞こえる…。俺湯船につかってて良かった…。天才的回避だぜ。」
「してやられたのう。」
「真田くんご愁傷様です。」
「き、気にすんなよ真田!な!」
「うわー!絶対俺も見られたっス!!」
私は自分の部屋に飛び込むと思う存分笑った。
「ぎゃっはっはっは!!笑いすぎてお腹痛い〜!あははははは!!」
まだ合宿が2日も残ってるのに初日からこの波乱具合。
みんなに次に会ったら笑いを堪える自信がない。
「あー笑ったー。っていうか真田…………でか。」
(その次の日…)